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もの音

 それから数分後。


 聡子ちゃんはお風呂に入っている。

 開けっ放しのボストンバッグを眺めていたわたしは、ごはんを作るため台所に立った。


 野菜を洗うために触れた蛇口が、ひんやりと手に温度を伝える。

 その冷たさが背筋を震わせ、なんだか妙に心細くなった。

 ぶるっと体をふるうと、野菜包丁を手に握る。


「……もう、考えすぎよ。あの子はただ、泊まりにきただけじゃない」


 そう、それ以上でも以下でもない。

 けれど、なぜか不安になるのだった。


 心の中にうずまくモヤモヤをまぎらわすために、キャベツを細かく刻む。


 トントンと一定のリズムに合わせて、聞きなれない物音がした。


「――? 」


 手を止めて、耳をすませる。

 聞こえるのはただ、聡子ちゃんが歌う調子はずれの流行歌。


「気のせい、かな……」


 キャベツを千切りする作業に戻ろうとした、その時。


 がたん。


 と、大きな音がした。


「――! 」


 間違いない、今度こそ。

 思わず身がすくみ、包丁を取り落としてしまった。

 真直ぐに落ちた包丁が、床に当たって跳ねる。

 それにあわせるように、もう一度。


 がたん。


「な、なに――? 」


 震える手で包丁を拾い、わたしは家の中を見回す。

 そんなことをしても、音のもとなど見つかるはずもなく。


「……聡子ちゃん? さっきの音、聞こえた? 」


 お風呂場の戸の向こうに呼びかけても、聞こえるのは調子はずれな歌だけ。


 なんだかとっても不安だ。

 なんだかとっても心細い。


 こんな気持ちは、引越しを手伝ってくれたお母さんが、実家に帰ってしまったとき以来。


 いつのまにか、ひざまで震えていた。


 布団に潜り込んで寝てしまおうと駆け出したそのとき、玄関扉の向こうで誰かの声が聞こえた。


「そと……? 」


 振り返るわたしの目に映ったのは、少しペンキのはがれた玄関扉。

 その覗き穴に目を当てて外をのぞく。誰もいない。

 ううん、今何か見えた?


 包丁をケースに戻し、わたしは恐る恐るドアノブを回した。

 ただ、確認したかった。確認して、恐怖の源の正体を知って、なぁんだ、と安心したかった。


「えいっ」


 思い切って玄関扉を開けたそこには。

 誰もいなかった。


 二戸しかない短い廊下は、がらんとしていて人気ひとけもない。


「……やっぱり、気のせいだったのかな」


 つぶやくわたしの耳に、小さな物音が聞こえた。


 カタカタ、カタカタ。


 下のほうから聞こえてくる。

 周りを見回し、足元を見下ろす。いつもと何も変わらない。


 カタカタ、カタカタ。


 止まらない物音。


 だけど、今度は怖くなかった。

 わたしはそのまま廊下の手すりのほうへ進む。

 身を乗り出して見つけたものは。

 風に揺れる排水パイプだった。


「――なぁんだ。これの音だったのね」


 ほっと胸を撫で下ろし、わたしは家の中へ駆け足で戻っていく。

 それを急かすように、排水パイプは身を震わせて音を立て続けた。


 カタカタ、カタカタ。

 カタカタ、カタカタ、と。

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