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バッグの中身

 いきなり泊めて欲しいという無理なお願いに、わたしは混乱していた。

 一度「いいよ」と言ってしまったら、「やっぱりだめ」とは言いにくい。


 ぐるぐると悩んでいる間に、わたしは聡子ちゃんに連れられて気が付いたら地下鉄に乗っていた。


「……でね、バイトの先輩とメアド交換したいなーって」


「ああ、うん」


 一人でよく喋る彼女に生返事をする。

 彼女は楽しそうに話を続ける。


 肩から下がるボストンバッグが、ゆらゆらと不安定に揺れていた。


 それなりに話をして、それなりに彼女がどういう人間か分かってきた。

 明るくて可愛くて、行動的にみえて、本当は内気。人の目が気になって仕方ない。

 ほんの数ヶ月前まで高校生だった気分を、そのまま引き摺っている。

 そんなどこにでもいる女の子。


「ねぇねぇ、由美ちゃんはどんなタイプの子が好きなの? 」


「……うーん」


 揺れる地下鉄の車両の中で、よくある恋愛談義。

 家に着くまでの間、他愛ない話をたくさんして、それなりに仲良くなった気がした。




「ここが由美ちゃんの家かー」


 茶髪を揺らして、聡子ちゃんが古いアパートを見上げた。

 白いタイルが黄色くなった、五階建てのアパート。


「何階? 」


「五階だよ。今、エレベータ壊れてるから階段でのぼるけど」


「えー、そんなぁ」


 大きなボストンバッグを肩から下ろして、聡子ちゃんがその場に座り込んだ。

 そんなと言われても、エレベータは使えない。

 誰かが階表示のボタンに悪戯いたずらしたから。


「明後日には修理終わるって。階段のぼるの嫌だったら、修理終わってから泊まりにおいでよ」


「え、それはダメ」


 急に立ち上がり、聡子ちゃんは階段をのぼり始めた。

 絶対に自分の家に帰りたくないみたいだけど、何があったんだろう?

 そんなことを考えながら、彼女の後をついてのぼる。


 五階につく頃には、聡子ちゃんはすっかり疲れ切っていた。

 はぁはぁと肩で息をする彼女の横で、家の鍵を取り出す。

 ドアを開けると、何かの勧誘のチラシが数枚入っていた。

 玄関で靴を脱ぐわたしの後に、聡子ちゃんも続く。


「あれ、ワンルームかと思ったけど、けっこう広いんだね」


 感想にうなづく。

 間取りは2DKだ。

 本当はもう少し狭い部屋でもよかったけど、合格が決まったのが遅かったから学生向けの物件は残っていなかった。

 もちろん広さを持て余していて、北側の部屋は物置になっている。

 この数週間、部屋のドアを開けたこともない。


 フローリングの床を軋ませて、彼女を南側の部屋に案内した。

 ふすまをひく音に、聡子ちゃんが一瞬びくんと震えるのが見えた。


「え、和室? 」


「うん。たたみのほうが落ち着くから」


 嫌そうな顔をする聡子ちゃんに背を向けて、荷物を畳に下ろす。

 押入れから布団を出すわたしを見て、聡子ちゃんがぽつりと呟いた。


「おしいれ、あるんだ……」


「……? 」


 振り返って見た聡子ちゃんの顔は、無表情で、なんだか生きてる人じゃない感じだった。

 まるで真黒な穴みたいな目だ。

 おもわず布団から手を離してしまった。


 布団が落ちる音を聞いて、聡子ちゃんの顔にも表情が戻った。

 困ったような顔をして、わたしから目を背けている。


「えっと、お風呂借りてもいいかな。階段のぼって汗かいちゃった」


「――うん。あ、蛇口はレバーを上げたらお湯が出るからね」


 バッグからバスタオルを出すと、聡子ちゃんはお風呂場へ行った。

 だらしなく開いたバッグの口の中が、光の加減でうごめいているように見えた。

 うん、きっと気のせいだと思う。

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