友達の友達
「由美ちゃん、今夜泊めてくれない? 」
放課後の教室で背後から声をかけられて、わたしは振り返った。
後ろにいたのは、茶髪のショートヘアの女の子。どこかで見たことのある顔だった。
「えっと……、」
女の子を見詰めて言葉をつまらせるわたし。
彼女の名前は何だっけ?
記憶をたぐりよせるけど、なかなか思い出せない。
わたしの気持ちがわかったのか、女の子はさらさらの髪を揺らして自分の名前を言った。
「わたし、聡子だよ。覚えてないかな? この間、一緒にカラオケ行ったんだけど」
「ああ、晴香の友達」
わたしの言葉に、女の子はうなづいた。
なるほど覚えていないわけだ。彼女は友達の友達。
四月に大学に入ってから、まだ一ヶ月しか経っていない。
正直、人の顔を覚えるのは苦手だった。
なんて返事したらいいかわからず、ただ黙っているわたし。
女の子はアイラインばっちりのぱっちりした目で、こっちを見詰めている。
「ねぇ、だめかな? 一週間だけでいいから、泊めてほしいの」
女の子がもう一回同じことを言った。
泊める。一週間。
名前も知らなかった女の子を?
とまどっているわたしを、女の子はうるんだ目でみている。
まるで子犬のような眼差しに、わたしはついつい根負けしてしまった。
「うん、いいよ」
「ほんと? やったー! ありがとう由美ちゃん」
両手を挙げて、女の子がぴょんぴょん跳ねる。とっても嬉しそうだ。
ああそうだ、いつから泊まるかきいておかないと。
一人暮らしだから親のことは気にしなくていいけど、あの散らかった部屋を見られるのは恥ずかしい。
わたしはクールでキレイ好き、ということになっているのだ。
彼女が泊まりにくる前に、部屋を片付けなくっちゃ。
「いつから泊まりにくる? 金曜日? 」
ぼんやりとそう考えながら、わたしはたずねた。
女の子はにっこり笑って、そうまるで天使のような微笑で、わたしの問いに答えた。
「今から」
どさり、と音がして、わたしの眼が無意識にそっちを見る。
大きな大きなボストンバッグが、いもむしみたいに机に乗っかっている。
「――え? 」
思わずききかえしてしまった。
女の子は相変わらずにっこり笑っている。天使のような笑顔で。生を感じさせない微笑で。
その表情には、有無を言わせない雰囲気があった。
わたしはそれ以上何も言えなかった。
五月の昼下がり、ツツジがキレイな大学の教室の中で。