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雅紀、従兄弟からDQN型落ちアルファードを借りる

朝。S・H・B部室。

雅紀が満面の笑みで言った。

「今日は俺の従兄弟から車を借りた。これで池袋に行こうぜ」

「お前の従兄弟って、金髪スポーツ刈りの族上がりの人か」と加賀。

「そう。アルちゃん(アルファード)がキマってるらしい」

「嫌な予感しかしない」と準。

「俺も」と細田。

「楽しそうデスYO」とマイケル。

「マイケルが乗り気なのが一番不安だ」と加賀。

5分後。

駐車場に音が響いた。

ブオォォォォン。

白いアルファードが来た。

マフラーが社外品だった。

爆音だった。

車高が落ちていた。

タイヤが外向きに傾いていた。鬼キャンだった。

窓が全部スモークだった。フルスモだった。

「OH MY GOD、これはマジでDQN VAN」とマイケル。

「これで池袋に行くのか。恥で死ねるぞ」と細田。

「死ぬな」と加賀。「でも乗りたくない」

「でも乗るか」と雅紀。

「乗る」

「なんで」

「池袋に行く方法がこれしかない」

「理由がなくなった」

「行かなければいい」

「でも行く」

「なんでだ」

「……お前が楽しそうだから」

「加賀にもそういう面があるのか」と準。

「ない。今日だけだ」


車内。

LEDがピンクに光っていた。

謎の香水の匂いがした。

「合コンで盛り上がる100曲」が流れていた。

「なあ雅紀、なんで"合コンで盛り上がる100曲"が流れてるんだ」と準。

「従兄弟がそれしか入れてなかった」

「全部これなのか」

「全部これだ」

「100曲全部合コン用なのか」

「全部だ」

「……」

マイケルが助手席に座った。

「助手席、腰が痛くなるYO」

「サスペンションが死んでる」と加賀。

「乗り心地がひどいYO」

「わかってた」

「なんでわかってた」

「この手の車はだいたいサスペンションが死んでる。走り屋が乗る車じゃないから誰も気にしない」

「走り屋なら気にするのか」

「走り屋はサスペンションの感触で路面を読む。感触がなければ走れない」

「じゃあこの車は走り屋には無意味か」

「無意味だ」

「でも乗ってる」

「今日だけだ」


池袋。サンシャイン通り前。

アルファードが停まった。

「ナンバーが"所沢 88-88"だ」と細田。

「所沢……そういうことか」と準。

通行人が見た。

「え、なにこの車。VIPカーの化石?」

「ナンバー88-88……あっ(察し)」

「やめろやめろ、みんな見るな。俺たちは走り屋なんだ」と雅紀。

「今日の俺たちは社会の迷惑車両だろ」と準。

「そんなことはない」

「そんなことはある」

加賀が車を降りた。

「セリカで来ればよかった」

「セリカは今呉の工場にあるんだろ」と雅紀。

「ある。だからこれしかなかった。でも——セリカに申し訳ない」

「車に申し訳ないという感情があるのか」と細田。

「ある。俺はセリカに乗る走り屋だ。この車に乗るのは裏切りに近い」

「裏切りは言い過ぎだろ」

「言い過ぎかもしれない。でも——セリカに謝る」

「今すぐ謝るのか」

「帰ったら謝る」

「車に謝るのか」

「謝る」

「走り屋は車に謝るのか」

「走り屋は車を大切にする。だから謝る」

細田が少し間を置いた。

「……かっこいいな、加賀」

「かっこよくない。当然のことだ」


なぜか二輪会と鉄研も池袋にいた。

近藤が来た。

「おい、S・H・B……その車、どうしたんだ」

「借りた」と加賀。「反省はしてる」

「反省しながら乗ってるのか」

「今日だけだ」

「走り屋が鬼キャンの車に乗るのか」

「今日だけだ」

「サスペンションが死んでる音がしてたが」

「死んでる。乗り心地がひどい。路面の感触が全くわからない」

「二輪なら路面の感触が体に直接来るぞ」

「それは認める。バイクの路面感触は車より直接的だ」

近藤が少し驚いた顔をした。

「お前が認めるとは思わなかった」

「事実は認める。でも走り屋は4輪だ。それは変わらない」

「なんでだ」

「俺はステアリングを握る。ハンドルを切る。それが走り屋だ」

「バイクにもハンドルはある」

「バイクのハンドルとステアリングは違う感触だ。俺にはステアリングが合ってる」

近藤がまた少し考えた。

「……まあ、そうだな。俺にはバイクのハンドルが合ってる」

「そういうことだ」

珍しい会話だった。

高坂が遠くで鉄道の写真を撮っていた。

佐野が池袋駅を撮影していた。

「あいつらはあいつらで楽しんでるな」と準。

「棲み分けができてる」と加賀。

「棲み分けができれば共存できるということか」

「共存はしてない。各自が好きなことをしてるだけだ」

「それが棲み分けだろ」

「そうかもしれない」


帰り道。首都高。

「合コンで盛り上がる100曲」の3周目が流れていた。

「俺もう二度とDQN車は乗らない」と準。

「同じだYO」とマイケル。「アメリカに帰ってもこのトラウマは忘れないYO」

「アメリカに帰るのか」と雅紀。

「いつかはYO。でも今は埼玉にいるYO」

「じゃあまだ乗せられるぞ」

「乗せるな」

「乗せないよ」

「乗せないよな」

「乗せない。今日だけだ」

加賀が窓の外を見た。

首都高の夜景が流れていた。

「……セリカで走りたいな」

「早く帰ってくるといいな」と準。

「呉さんに連絡してみる」

「板金の途中だろ」

「途中でも聞く。声を聞くだけでも違う」

「セリカの声を聞くのか」

「エンジンをかけてもらって電話口で聞く。それだけでいい」

「……走り屋だな」

「走り屋だ」

「「「「「走り屋だ」」」」」と全員。

「合コン100曲を流しながら走り屋を名乗るのか」と細田。

「名乗る。どんな車に乗っていても走り屋は走り屋だ」

「それが走り屋の誇りか」

「誇りではない。事実だ」

「かっこいいな」

「かっこよくない。事実だ」

「それがかっこいいんだよ」

「そういうことにしておく」

合コン100曲の4周目が始まった。

全員が少し黙った。

「……曲、変えていいか」と加賀。

「変えろ」と雅紀。

「何かあるか」

「頭文字DのEurobeat入ってないか探す」

「このアルファードにEurobeatが入ってるとは思えないが」

「ない」と細田。「確認した。合コン100曲しかない」

「……そうか」

「諦めろ」

加賀が窓の外を見た。

首都高の夜景が続いていた。

「……早く帰ろう」

「そうだな」と全員。

アルファードが、首都高を走った。

爆音マフラーが、夜の空気を震わせた。

でも中には走り屋がいた。

それだけは確かだった。


翌日。

「お前ら、俺の工場の前にそのアルファードを停めるな」と呉。

「すみません。帰りに呉さんのところに来たくて」と加賀。

「なんで来た」

「セリカの声を聞きたかった」

「板金の途中だぞ」

「エンジンをかけてもらえますか」

呉が少し間を置いた。

「……しょうがないな」

ガレージの奥で、セリカのエンジンがかかった。

ヴォォォン。

2ZZ-GEが、朝の空気の中で目を覚ました。

加賀がその音を聞いた。

「……ただいま」

「セリカに挨拶するな」と呉。

「してる」

「……まあ、いい」

呉がエンジンを切った。

「板金、明後日には終わる」

「助かります」

「それまでDQN車に乗るな」

「乗りません」

「乗ったらセリカに言いつける」

「セリカに言いつけるのか」

「お前がセリカに謝るのが大変そうだからな」

加賀が少し間を置いた。

「……呉さん、全部聞いてたのか」

「聞こえた。お前らの声はデカい」

「……すみません」

「謝らなくていい。でも——走り屋は自分の車を大切にしろ。他の車に乗るときも、比べながら乗れ。それがいい走り屋になる方法だ」

加賀がメモ帳を出した。

「……書いていいですか」

「書くな」と呉。

「でも——」

「言葉より走りで覚えろ。走り屋だろ」

「そうですね」

「そうだ」

朱音がメモ帳に書いた。

「DQNアルファード遠征:池袋に行った。合コン100曲が4周した。加賀はセリカに謝ると言った——翌日、本当に呉の工場に行ってセリカのエンジン音を聞いた。走り屋は走ることで正気を保つ——今日はそれを改めて確認した——記録しておく」

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