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安藤のフーガ、すべてのチェックランプがついた件〜エンジンも心も、もう限界〜

朝。大学駐車場。

安藤凪斗がフーガY50に近づいた。

水色のワイシャツにネクタイ。

いつも通りだった。

「今日も俺のY50、完璧な輝きだな。高級車ってのは、オーラが違う」

ドアを開けた。

「そこら辺のフーガと格が違う。なんせインパルのフルエアロだからさ。」

エンジンスタートボタンを押した。

ピーッ。ピーッ。ピーッ。ピーッ。

「……え?」

メーターパネルが光っていた。

全部が光っていた。


⚠ CHECK ENGINE

⚠ ABS

⚠ SRS

⚠ VDC

⚠ オイル

⚠ バッテリー

⚠ TCS

⚠ エアバッグ

⚠ タイヤ空気圧

⚠ イモビライザー


「……全部、光ってないか?」

安藤がメーターを見た。

メーターが安藤を見た。

全部が光っていた。

「俺のY50、大丈夫か?」

フーガは答えなかった。

ただ光り続けた。


呉自動車。

呉がフーガのメーターを見た。

「ほう……クリスマスツリーじゃないか」

「いや、クリスマスツリーじゃなくて——」と安藤。

「クリスマスツリーだ」と加賀。

「神の啓示レベルっすね」と準。

「"光るフーガ"というアート作品だ」と雅紀。

「アートじゃない」と安藤。

「症状は何だ」と呉。

「走るには走る。でもブレーキを踏むとナビが再起動する」

呉が少し間を置いた。

「……バッテリーとアースが死んでるな」

ボンネットを開けた。

「うわ、アース線がサビてるじゃないか。それとこれ——社外ホーンに直で繋いでないか」

「配線がわからなかったから勢いで——」

「お前さ」

「ごめんなさい」

「勢いで電気系統を触るな。フーガは電子制御が複雑だ。一箇所おかしくなると全部連動する」

「だから全部のランプが——」

「全部点いた。当然だ」

加賀がボンネットを覗き込んだ。

「アース線のサビと社外ホーンの誤配線——それだけで全ランプが点くのか」

「VDCとABSは電圧降下で誤作動する。エアバッグ系も同じだ。イモビライザーはアース不良で暴走する」

「全部繋がってるんだな」

「繋がってる。電気は繋がってる。直さないと走れない」

安藤がフーガを見た。

光り続けていた。

「……俺のY50、怒ってるのか」

「怒ってない」と呉。「ただ壊れてる」

「ただ壊れてる、という言い方が怖い」

「怖くない。直せるから壊れてる」

「直せないものは」

「それは壊れてるとは言わない。終わってると言う」

「Y50は終わってないか」

「終わってない。直せる」

安藤が少し間を置いた。

「……よかった」


「なんか俺のフーガ、もはや"霊車"だよ。生きてる気配ない」と準。

「除霊しておくか?」と朱音。

「やめろ。霊じゃない」と安藤。

「でも全部のランプが光ってる車は普通じゃない」

「普通じゃないが霊ではない」

「霊的な何かが宿ってないとはどこにも書いてない」

「書いてなくても宿ってない」

「確認したのか」

「確認してない」

「では可能性はある」

「可能性で除霊するな」

「除霊は保険だ」と朱音。

「保険として除霊するな」

凛が来た。

駐車場の端に立って、フーガを見ていた。

「……どうした」と安藤。

「……何でもない」

「何でもないという顔じゃないぞ」

「……何でもない」

「フーガが心配だったのか」

凛が少し間を置いた。

「……フーガは、かっこいい」

「今はランプが全部光ってるぞ」

「……それでも、かっこいい」

安藤が止まった。

「……ありがとな、灰島」

「……うるさい」

「ありがとと言われてうるさいはおかしくないか」

「……うるさい」

「おかしくないか」

「……きえろ」

「消えないぞ」

「……」

凛がフーガを見た。

フーガが全部のランプを光らせながら止まっていた。

「……早く直ってほしい」

それだけ言って、凛が歩いた。

安藤がその背中を見た。

「……凛」

「……なんだ」

「心配してくれてたのか」

「……フーガが心配だっただけだ」

「フーガと俺は一緒だろ」

「……違う」

「俺がいるからフーガがある」

「……それはそうだが」

「つまり凛は俺のことが——」

「……きえろ」

「消えない」

「……きえろ」

「消えない」

凛が歩き去った。

安藤がフーガを見た。

全部のランプが光っていた。

「……お前も見てたよな、今の」

フーガは答えなかった。

ただ光り続けた。

「……証人になってくれ」


修理中。

「アース線の交換とホーンの配線修正——2時間かかる」と呉。

「俺、何をすればいいか」と安藤。

「待て。触るな。勢いで何かするな」

「勢いで触ったのが原因か」

「原因だ」

「反省する」

「反省したら次から触るな」

「触らない」

「本当か」

「本当に触らない」

「……まあ、触りたくなったら俺を呼べ。それだけだ」

安藤が呉を見た。

「呉さん、俺のこと嫌いじゃないですよね」

「嫌いだ」と呉。

「嫌いなのか」

「嫌いだが面倒を見る」

「なんで嫌いなのに面倒を見るんですか」

「修理屋だからだ。持ち込まれたものは直す。好き嫌いは関係ない」

加賀が言った。

「呉さんは全員の面倒を見てる。俺たちのことが好きかどうかは別の話だ」

「加賀のことは嫌いじゃない」と呉。

「なんで俺だけ」

「ちゃんと点検に来るからだ」

「点検は当然だ」

「当然のことをやってるやつは嫌いじゃない。安藤は——当然のことを勢いで飛ばすからだ」

安藤が黙った。

「……すみません」

「謝らなくていい。次から点検に来い。それだけだ」

「来ます」

「本当か」

「本当に来ます」

「まあ、来てみろ」


2時間後。

ランプが消えていった。

ピポポ……ピポ……

一個ずつ、静かに消えた。

全部消えた。

メーターが、暗くなった。

普通のメーターに戻った。

安藤がメーターを見た。

「……眩しくないメーターって、こんなに美しいんだな」

「眩しいのはお前の自意識だ」と凛(戻ってきていた)。

「お前、また来たのか」

「……フーガが直ったと聞いた」

「誰から」

「……朱音から」

「朱音が連絡したのか」と安藤(朱音に)。

「凛が直ったかどうか聞いてきた」と朱音。

「……聞いてない」

「聞いてた」

「……きえろ」

「記録した」

凛がフーガを見た。

全部のランプが消えていた。

「……直った」

「直った」と安藤。

「……よかった」

「フーガが?」

「……フーガが」

「俺は?」

「……お前は関係ない」

「俺がいなければフーガもない」

「……それはそうだが」

「つまり——」

「……きえろ」

「消えない」

呉が工具を片付けながら言った。

「"点検"は"愛"だ。走り屋なら忘れるな」

「走り屋じゃないんですが」と安藤。

「ナルシストもフーガも愛しいなら、点検しろ。愛するものは面倒を見る。それだけだ」

安藤がフーガを撫でた。

ボンネットを。

「……ごめんな、Y50。ちゃんと面倒を見る」

フーガが答えるわけはなかった。

でも全部のランプが消えたメーターは、静かだった。

加賀がセリカのキーを回した。

「走ってくる」

「また走るのか」と雅紀。

「点検の後は走る。呉さんが直してくれたものを走らせる。それが礼儀だ」

「フーガも走らせてこい」と呉(安藤に)。

「え、今から?」

「直したら走らせろ。走らせないと意味がない」

安藤がフーガに乗った。

エンジンをかけた。

ヴォォン。

VQ35DEが、静かに目を覚ました。

全部のランプが消えたまま。

普通のエンジン音が、駐車場に広がった。

「……これが、正常か」

「そうだ」と呉。

「今まで気づかなかったのか」

「正常だと、当たり前すぎて気づかない」

「当たり前を大切にしろ」

「……肝に銘じます」

フーガが、呉自動車の前を出た。

凛が、そのテールランプを見ていた。

朱音がメモ帳に書いた。

「安藤のフーガ:バッテリーとアース不良で全ランプ点灯。原因は社外ホーンの誤配線と勢いによる作業。2時間で修理完了。凛:フーガが直ったと聞いて戻ってきた——"フーガが心配だっただけだ"と言った。フーガと安藤は切り離せない——これを凛は知っていると思う——記録しておく」

「呉:"点検は愛だ"——走り屋の基本原則として記録しておく」


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