マイケルの呪い〜狭霧、封印を解くとき〜
翌日。E塔裏。
マイケルが頭を抱えていた。
「マイケル、また車と喋ってるのか」と細田。
「ヤー、でも今度はやばい。オレの頭の中でレガシィが二重に喋るんだ」
「二重?」と雅紀。
「一つはいつもの。でももう一つが——トラディショナルっぽいの」
「トラディショナルとは」と準。
「古語、というか——なんか重い。"汝の魂、機械に染まりゆく"みたいな」
全員が止まった。
「……お前、それ呪いだろ」と加賀。
「多分な」
「軽い。呪われてるのにテンションが平常運転なのをやめろ」と朱音。
「でも走れてるしYO」
「走れてるのか」と加賀。
「昨日普通に峠行ったYO」
「呪われてるのに峠に行ったのか」
「気持ちよかったYO」
加賀が額に手を当てた。
「……走り屋的には正しいが呪いとしては問題だ」
「どっちが正しいんだ」と細田。
「走りたい気持ちは正しい。でも呪いはほっておくと悪化する」
「対処法は」
「狭霧に聞く」
「それしかないな」と全員。
その晩。霧ヶ崎神社。
鳥居の前に、狭霧が立っていた。
空気が重かった。
風が渦を巻いていた。
「……"言霊"を操る力。人の域を越えた異邦の力にして、呪詛に最も近い」
朔夜が横に立っていた。
「……ねえちゃん、マイケルどうなるにゃ」
「放置すれば、彼の"魂"は機械の中に取り込まれるやもしれぬ」
「つまり——"レガシィの中のマイケル"になるってことにゃ?」
「左様」
「……それは困るにゃ。マイケルは便利な人間だから」
「そういう理由で心配するな」
「……でも心配はしてるにゃ」
狭霧が少し間を置いた。
「……それでいい」
瑞羽が木の陰から現れた。
「のう一尾よ、これは妾の管轄外じゃが——面白そうじゃのう」
「来るな」と狭霧。
「もう来ておるぞ。して、異国の走り屋を救うのか」
「救う」
「一尾の力で足りるかのう。三尾の妾が——」
「足りる」
「でも妾が加勢すれば確実じゃ」
「加勢は要らない」
「なぜじゃ」
「お前が加勢すると何か余分なことが起きる」
「余分なことが面白いのじゃが」
「面白がるな」
「面白いから面白がるのじゃ」
狭霧がため息をついた。
「……離れていろ。邪魔をするな」
「離れてはやるが——妾も見ておるぞ」
「勝手にしろ」
準とS・H・Bが集まってきた。
「マイケルを助ける方法はあるのか」と準。
「一つだけある。"呪音"を鎮める儀だ」と狭霧。
「字面がすでに不穏だ」と雅紀。
「必要なのは三つ。"レガシィのキー"、"彼の心臓の鼓動"、そして——"埼玉県民の魂"」
「最後のやつ範囲でかすぎだろ」と加賀。
「走り屋の魂で代替できる」
「代替できるのか」
「走り屋の魂は埼玉に深く根ざしておる。地脈の話だ」
「第38話の話か」と細田。
「そうだ」
「地脈に走り屋の怨念が流れてるやつだな」と加賀。
「怨念ではなく魂だ」
「魂だったな」
狭霧が袖を翻した。
風が止まった。
狐火が灯った。
「——天なる誓い、地なる血潮よ。霧ヶ崎の巫女が命ず。人と機械の境を、今ここに断つ」
狐の耳が揺れた。
尾が淡く輝いた。
「スゴイ、ハリウッド級デスネ……」とマイケル。
「黙していよ。貴殿、半分向こう側に行っておる」
「What the——」
ズドンッ。
衝撃と光が弾けた。
「……なぁ、あの光、県境超えたよな」と細田。
「ニュースになるやつだ」と雅紀。
静寂。
「……オレ、生きてるか?」とマイケル。
「うむ」と狭霧。「だが貴殿の"聞く力"はもう制御せねば暴走する。今後は我が封印の監視を行う」
「つまりオレ、また狭霧と一緒に?」
「……妾の監視下におく。逃げるでないぞ、異国の走り屋」
準が小声で言った。
「またマイケルだけモテてるのはなんでだよ」
「あれはモテてるのではなく監視対象だぞ」と細田。
「監視でも狭霧が来てくれるじゃないか」
「お前への来訪理由とは違う」
「どう違うんだ」
「……準殿への来訪は我の意志だ」と狭霧。
「え、今の発言——」と準。
「何でもない」
「今何でもなくはない発言をした」
「何でもないと言った」
「でも——」
「何でもない」
瑞羽が木の陰から言った。
「のう一尾よ、今"我の意志"と言ったのう」
「言っていない」
「言ったぞ。妾は聞いておった」
「言っていない」
「言ったぞ」
加賀がマイケルに言った。
「呪いは解けたか」
「ヤー、頭の中が一つになったYO」
「レガシィの声はまだ聞こえるか」
「聞こえるYO。でも古語じゃなくなった。いつもの声に戻った」
「いつもの声とは何か」
「"ちゃんと整備してくれ"ってYO」
「それは正常だ」
「そうだYO」
マイケルがレガシィのボンネットを叩いた。
優しく。
「……心配かけたYO。でも呪われても走りたかったんだ」
「走り屋の発想だ」と加賀。
「そうだYO。走り屋はどこにいても走りたいんだ」
「呪われている間も走ったのか」
「走ったYO。峠で少し速くなった気がしたYO」
「呪いが追い風になったのか」
「そうかもしれんYO」
加賀が少し間を置いた。
「……走り屋らしい話だ」
「褒めてるか」
「褒めてる」
「ワオ、加賀に褒められたYO」
マイケルが満面の笑みになった。
レガシィのEJ20ターボが、夜の空気の中で静かに唸った。
朱音がメモ帳に書いた。
「マイケルの呪い:レガシィのボンネットに頭を挟まれたことで車の声が聞こえるようになった。悪化して古語が混ざり始めた。狭霧が儀式で解呪。監視対象になった——呪われている間も峠に行っていた。加賀が"走り屋らしい"と褒めた——記録しておく」
「狭霧:"準殿への来訪は我の意志だ"と言った。否定した。瑞羽に指摘された。否定した——記録しておく」




