狭霧vs朔夜vs瑞羽vs鈴木準
午前10時。S・H・B部室前。
空気が張り詰めていた。
ドアに張り紙があった。
「恋の決戦・狐と猫又と妖狐とケモナー」
「……なんだこれ」と加賀。
「決闘の張り紙だ」と雅紀。
「"妖狐"が増えてる」と細田。
「瑞羽が加わったな」と加賀。
「止めなくていいのか」と細田。
「止められる気がしない」
マイケルが前に出た。
「ホワイ、ケモナーが戦場にいる理由はなんデスカ」
「準がいるから全部巻き込まれてる」と加賀。
「愛は平和ダヨォ」
「この場合、平和じゃない」
ドアが開いた。
三人が現れた。
狭霧——白い和装、一本の尾。目が細くなっていた。
朔夜——将校マント、軍帽、ライフル。おっとりした顔で。
瑞羽——薄桃色の振袖、金糸の刺繍、三本の尾が広がっていた。
「……鈴木殿」と狭霧。「そなた、我が眷属を惑わせし張本人なり」
「……ぼくも、準にゃんのことが好きにゃ」と朔夜。
「のう準とやら」と瑞羽。「妾はお前に興味はないが——」
瑞羽が狭霧を見た。
「——一尾よ、この場に妾を呼ばなかったのはなぜじゃ」
「呼んでいない」と狭霧。
「なぜじゃ」
「お前が来ると収拾がつかなくなる」
「それは失礼じゃのう。妾は整理してやろうと思って来たのじゃ」
「整理できる立場ではない」
「できるぞ」
「できない」
「できるぞ」
準が真顔で言った。
「……地獄の三重奏が四重奏になった」
「詩的だな」と加賀。
「褒め言葉として受け取れない」
「狐たる我は、神の血筋に連なる存在。愛も格も格別なり」と狭霧。
「ぼくは狐なんかに負けないにゃ。準にゃん、ぼくが一番そばにいるにゃ」と朔夜。
瑞羽が扇を広げた。
「のう一尾よ、こんな場所で格を語るとは。みっともないのう」
「お前が言うな」と狭霧。
「妾は三尾じゃ。一尾より格が上じゃ」
「格の話をするな」
「するぞ」
「するな」
「するぞ」
準が叫んだ。
「俺はどこに行けばいいんだ!!」
「どこにも行かせん」と狭霧。
「ぼくのそばにいるにゃ」と朔夜。
「妾はお前に興味はないが——一尾がこんな場所で独占しようとするのは面白くないのう」と瑞羽。
「独占しようとしていない」と狭霧。
「しておるじゃろ」
「していない」
「一尾が嘘をつくのう」
狭霧の目が細くなった。
「……瑞羽、余計なことを言うな」
「余計ではないぞ。妾は事実を言っておる」
「事実ではない」
「事実じゃ」
細田が加賀の隣で言った。
「……俺、今日フィットのオイル交換に行こうと思ってたんですが」
「行け」と加賀。
「行っていいですか」
「行け」
「行きます」
細田が帰った。正しい判断だった。
舞花と朱音が来た。
「またあなたたちね」と舞花。
「今回は何、獣耳版バチェラーですか」と朱音。
「違うんです。俺はただ純粋に文学的関係を——」と準。
「黙れ」と舞花。
「捕獲」と朱音。
狭霧、朔夜、瑞羽が同時に威嚇した。
「貴殿ら、神域に手を出すか」と狭霧。
「準にゃんを守るにゃ」と朔夜。
「妾はこの人間に興味はないが——この一尾の邪魔をする者は妾が排除する」と瑞羽。
「お前が一番邪魔だろ」と舞花。
「失礼じゃのう」
「事実だ」
朱音がイヤホンを外した。
「うるさい」
爆発音。
三者同時に吹き飛んだ。
病院のベッドで準が目を覚ました。
「……おはよう、準。なんでいつもこうなるんだ」と加賀。
「夢の中で、三人が俺の上でケンカしてた」
「リアルでも同じだったぞ」と雅紀。
「病院の外、まだ狐の結界が張られてるから出れないぞ」と細田(戻ってきていた)。
「オイル交換は終わったのか」と加賀。
「終わりました。戻ってきたら結界が張られてたので待ってました」
「真面目だな」
「ロマンティック修羅場デスネ」とマイケル。
「ロマンティックじゃない」と加賀。
「でも——誰かに必死になってもらえる人間は幸せじゃないデスカ」
加賀が少し間を置いた。
「……準への言葉か」
「そうデス」
「準に言え」
「準は今、意識が戻ったばかりデス」
「……まあ、そうだな」
病室の前の廊下。
狭霧が一人で立っていた。
「愛とは、まこと厄介なものよ。狐すら惑わす……」
朔夜が横に来た。
「……ねえちゃん」
「なんだ」
「……ぼく、今日の戦い——勝ってないにゃ」
「誰も勝っていない」
「……じゃあどうすればいいにゃ」
「……それは、お前が考えることだ」
朔夜が少し間を置いた。
「……にゃ」
瑞羽が廊下の窓から覗いていた。
「のう一尾よ、お前——本当に鈴木殿が好きなのか?」
「……関係ない」
「関係あるじゃろ。今日の顔が赤かったぞ」
「赤くなかった」
「赤かった。妾の目は誤魔化せんぞ」
「……うるさい」
「否定しないのう」
「……するな」
「するぞ」
「……するな」
「するぞ」
病室の中から準の声が聞こえた。
「やめろお前らああああ!!」
三人が同時に黙った。
「……元気になったのう」と瑞羽。
「よかった」と狭霧(小声)。
「今、"よかった"と言ったのう、一尾よ」
「言っていない」
「言ったぞ」
「言っていない」
「言ったぞ」
朱音がメモ帳に書いた(廊下の端から)。
「狭霧:"よかった"と言った。瑞羽に指摘されて否定した——しかし否定しきれていなかった。記録しておく」
翌朝。
加賀がセリカのエンジンをかけた。
病院の駐車場だった。
「……準、退院できそうか」
「今日中に出れるらしい」と雅紀(電話で確認済み)。
「結界は」
「狭霧が解いた」
「瑞羽は」
「帰った。でも"また来る"と言って帰った」
「……来るな」
「来るだろうな」
「来るな」
「来るだろうな」
加賀がシフトを入れた。
ヴォォォン。
「走ってくる。退院したら連絡しろ」
「どこ走るんだ」
「川越街道。いつもの道だ」
「修羅場の後に走るか」
「修羅場の後こそ走る。頭がクリアになる」
「走り屋療法か」
「療法じゃない。生活だ」
セリカが、病院の駐車場を出た。
朱音がメモ帳に書いた。
「狭霧vs朔夜vs瑞羽vs準:決着なし。全員吹き飛んで病院送り。瑞羽は"また来る"と言って帰った。狭霧は"よかった"と言った——走り屋は走ることで正気を保つ。加賀、今日も走りに行った——記録しておく」




