男だって萌の力で同人誌
深夜。大学構内のベンチ。
細田が準に言った。
「準先輩、俺たちもやりましょう。萌で反撃を」
「やるって、どんな方向の話だ」
「正統派萌えです。清楚で神秘的でちょっと古風な子が俺たちの心を救う——そんな同人誌を」
「……瑞羽と狭霧がモデルだろ」
「お察しの通りです」と細田(ドヤ顔)。
「瑞羽は傲慢で人を舐め腐ってるぞ」
「それが良いんです」
「狭霧は古語で話す数百年生きた妖狐だぞ」
「それも良いんです」
「……わかった。やる」
「利害が一致しましたね」
「一致した」
タイトル案会議。
「"狼の耳は夜に濡れる"とかどうだ」と準。
「18禁感が強すぎます」と細田。
「じゃあ"尻尾のぬくもりと恋の温度"とか?」
「それは逆に文芸誌です」
「……"萌は救い、いや、宗教"」
「タイトルで捕まりますよ」
「"三尾の金狐、埼玉に降臨す"は?」
「実話に近すぎます」
「"一尾の守護狐と春の和歌"は?」
「文芸誌寄りですが悪くないです」
「じゃあ合体させよう。三尾と一尾と和歌と春と萌を全部入れる」
「入れ過ぎです」
「タイトルは"もふもふ日和〜狼巫女は見た〜"でどうだ」
細田が少し考えた。
「……神だ」
「決まった」
「"狼巫女"は誰のことですか」と細田(確認)。
「瑞羽だ。振袖を着てるから」
「巫女じゃなくて妖狐の正装です」
「似てる」
「全然違います」
「進める」
「進めましょう」
翌日。呉自動車。
準と細田が段ボールを持って入ってきた。
「お前ら、またウチで刷る気か」と呉。
「頼む呉さん。今回は文学的なんだ」と準。
「"文学的"ほど信用できない言葉はない。前回も文学的だったぞ」
「今回は本当に文学的です」
「前回も本当に文学的だと言った」
「今回は更に文学的です」
「グラデーションをつけて誤魔化すな」
「A5サイズの光沢紙で刷りたいんです」と細田。
「塗装ブースで光沢紙を刷るな。機材が汚れる」
「でも発色が——」
「刷るな」
準が頭を下げた。
「呉さん、頼む」
呉がメガネを外した。
「……タイトルを見せろ」
準が原稿を出した。
「"もふもふ日和〜狼巫女は見た〜"」
「……」
「第1話は"三尾の金狐、埼玉に降臨す"です」
「……」
「第2話は"一尾の守護狐と春の和歌"で——」
「内容は聞いていない。タイトルだけでいい」
呉が沈黙した。
「……印刷はしない。でも光沢紙がガレージの棚に余ってる。勝手に持っていくのは知らん」
「棚はどこですか」と細田(即反応)。
「言ってない」
「でも——」
「言ってない」
準と細田が棚を探し始めた。
「……三番棚の左から二番目だ」と呉(独り言)。
「ありました」と細田。
「知らん」と呉。
その瞬間。
加賀がガレージに入ってきた。
セリカのオイル交換のためだった。
原稿用紙がセリカのボンネットに一枚張り付いていた。
「……俺の車で薄い本を作るな」
「風で飛んだんです」と細田。
「風が吹いていない」
「……ごめんなさい」
二輪車同好会が乱入した。
近藤が原稿を手に取った。
「こいつら、マジで刷ってるぞ」
「"ケモミミ整備工房編"ってなんだこれ」と小林。
「整備工房でケモミミが出会う話です」と細田。
「……いい感じの同人誌だ」と佐藤(真顔)。
「理解者だ」と細田。
「愛は理解から生まれる」と準。
「"バイク×ケモ"編も作りましょう」と細田。
「作れ」と近藤。
「待て」と加賀(外から)。
「入ってないのに聞こえてるのか」
「声がデカかった。作るな。呉さんの機材をこれ以上汚すな」
「正論だ」と呉(棚の影から)。
その頃。霧ヶ崎神社。
狭霧と瑞羽が境内にいた。
「……また準殿が何か作っておるな」と狭霧。
「のう一尾よ、今度は何じゃ」と瑞羽。
「……同人誌とかいうものらしい」
「同人誌? 妾は知らんが——」
瑞羽が少し間を置いた。
「……妾は、出てきておるのか?」
「知らん」と狭霧。
「知らんとはなんじゃ。三尾の妾が出てこなくて一尾が出てくるのは——」
「格の話をするな」
「するぞ」
「するな」
狭霧が少し間を置いた。
「……どうせ出てくるだろ、お前は」
「なぜわかる」
「……準殿は出会った者を全員描きたがる。お前も対象になっているはずだ」
瑞羽が扇を動かした。
「……そうか」
「満足したか」
「……少し気になっていただけじゃ」
狭霧が尾を揺らした。
「……正直だな、珍しく」
「妾はいつでも正直じゃ」
「傲慢と正直は違う」
「同じじゃ」
「違う」
「同じじゃ」
完成した。
「できたな」と準。
「完璧です」と細田。
表紙には金の髪の三尾の狐と、銀の髪の一尾の狐が並んでいた。
「……これ、俺の卒論より魂込めた気がする」と準。
「愛とは、こういうことなんですよ準先輩」と細田。
「たぶん違う」
「違いません」
準がページをめくった。
走り屋用語と和歌と毛並みの描写が、全ページに詰まっていた。
「……呉さんに見せたいな」
「見せるな」と呉(ガレージの奥から)。
「まだいたんですか」
「ここは俺の店だ」
舞花と朱音が来た。
「またやったわね」と舞花。
「"もふもふ日和"をシュレッダーにかけるとは」と朱音。
「データ版配布がそんな罪か」と準。
「罪だ。大学のサーバーが落ちた原因だ」
シュレッダーが回った。
バリバリバリバリ。
「三尾が細かくなっていく」と朱音。
「感想を言うな」と舞花。
「記録者だから」
「記録しなくていい場面もある」
「ない。全部記録する」
バリバリバリバリ。
「一尾の銀も細かくなった」と朱音。
「やめろ」と舞花。
「第2話の"夕暮れに三尾が揺れる"も——」
「やめろと言っている」
ズガガガガガ。
全部裁断した。
細田が言った。
「やっぱり萌は燃えるんですよ、物理的に」
「印刷代も燃えたけどな」と準。
「でも——作ってよかったです」
準が少し間を置いた。
「……俺も、よかったと思う」
「なんで」と加賀。
「魂を込めたから」
「卒論に込めろ」
「卒論より魂が出た」
「それは問題だ」
「でも——走り屋も同人誌も、好きだから全力でやるという点では同じだと思う」
加賀が少し間を置いた。
「……それは認める。でも呉さんの機材は汚すな」
「次回は呉さんの機材を使わない方法を考えます」と細田。
「次回を前提にするな」と加賀。
朱音がメモ帳に書いた。
「男子同人誌:完成、シュレッダーで裁断、データ版はサーバーを落とした。加賀:"好きだから全力でやるという点では同じ"を認めた——記録しておく」
「瑞羽:自分が同人誌に出てくるか気にしていた。狭霧に"出てくるだろ"と言われて扇を動かした——記録しておく」




