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女子勢、同人誌を刷り始める——埼玉中央総合大学、最悪の二次創作バブルが始まった

朝。E塔裏。

「結局、峠での友情走行のせいで誤解が深まったな」と加賀。

「SNSトレンドに"ホモ走り"って出てるんだが」と雅紀。

「俺、もう留学する」と準。

「ソーリー準。でも友情はホンモノデース」とマイケル。

「その言葉が火に油だ」と葵人。

「友情の走行だったのに」

「友情の走行をした結果がホモ走りとしてトレンド入りしている。現実を見ろ」

「……見たくない」

加賀が言った。

「走り続けることで解決しようとしたが、走ったことが原因になった。珍しいパターンだ」

「フォローになってない」

「フォローじゃない。分析だ」


同日。軽音部の部室。

「はい。今月の新刊テーマは"埼玉中央愛の轍"ね」と榎本麻衣。

「麻衣先輩、まさか——」と奈々。

「マイ準本、きた」と阿部(嬉しそうに)。

「タイトルは『ブローオフバルブに口づけを』——どう?」と澪。

「詩的すぎてムカつく」と奈々。

「でも正確にはブローオフバルブはターボ車の部品で、マイケルのレガシィにはついてるけど準のノートにはついてない」と奈々(なぜか詳しい)。

「走り屋サークルにいると覚えるんだよね、こういうの」と麻衣。

「覚えた知識の使い方がおかしい」

「だってタイトルに説得力が出るでしょ」

「同人誌のタイトルに走り屋の整合性を求めるな」

作業が始まった。

「準くんの"文学的喘ぎ声"ってどう描く」と阿部。

「そういう台詞は文学部らしく古語で書く。"あな……恐ろし……"みたいな」と澪。

「それはただの平安文学だ」と奈々。

「でもキャラに合ってる」

「合ってるのが余計に困る」

「サブタイトルは"狐耳の彼女が見ていた"で匂わせもいける」と麻衣。

「狭霧先輩を引き込むな」と奈々。

「でも構図として最高じゃない? 窓の外から狭霧が見ていて、でも部屋の中では——」

「やめろ」

「サークル名は"軽音は美音、性癖は地獄"で」と澪。

「やめろ」と奈々。

「サークル名が実態を正確に表している」と麻衣。

「正確だからこそやめてほしい」


同時刻。呉自動車。

呉がインクジェットプリンターを凝視していた。

なぜそこにあるのか、呉には理解できなかった。

「……なんでウチが刷ってんだこれ」

「インクジェットだと発色が悪いじゃないですか」と阿部(にこにこ顔で)。

「そういう問題じゃない」

「呉さんのコンプレッサー、圧力が安定してるから綺麗に出るんですよ」

「コンプレッサーは塗装ブース用だ。同人誌を刷るために導入してない」

「でも綺麗に出るじゃないですか」

「……出るけど」

「出るでしょ」

「……出るが、問題はそこじゃない」

阿部が一枚刷り上がったものを持った。

「見てください、この発色」

呉がそれを見た。

「……確かに綺麗だな」

「でしょ」

「……それはそれとして、帰れ」

「もう3部刷り終わりました」

「帰れ」

「あと27部あるんですが」

「帰れ」

「でも綺麗に出るんですよ」

「帰れ」

チャイワットがコンビニの袋を持って入ってきた。

「呉さん、お昼買ってきましたよ。……なんですか、その紙」

「同人誌だ」と呉。

「どうして自動車修理工場で同人誌を」

「俺も知りたい」

「……エビオイルみたいなものですか?」

「違う」

「でも似たような状況ですね」

「……そうかもしれない」


同時刻。鉄研の部室。

「"友情の軌跡"というタイトルで便乗しよう」と高坂。

「またですか会長」と佐野。

「Nゲージサイズの準フィギュア、作っておきました」と三輪。

「有能だ」と高坂。

「……なんで作ったんですか私」と三輪(自分で作っておいて言った)。

「資料として使える」

「走り屋の同人誌に鉄道要素は入れられますか?」と佐野。

「入れる。"峠を越える電車と、峠を走る走り屋の交差"という構図だ」

「それはもはや別ジャンルです」

「ジャンルを超えたところに新しい文学が生まれる」

「文学じゃなくて同人誌です」

「同人誌も文学だ」

「……会長、俺たちS・H・Bに嫌がられてますよね」

「関係ない。愛があれば距離は問題じゃない」

「愛があるんですか」

「創作への愛だ。誤解するな」

佐野がカメラを構えた。

「これ撮っていいですか」

「撮るな」と高坂と三輪(同時)。

「いいシャッターチャンスで——」

「撮るな」

「フヒヒww」

「笑うな」


部室。マイケルと準が座っていた。

「葵人、俺もう人間不信だ」と準。

「本屋に俺たちの薄い本が並ぶのは大学崩壊レベルだぞ」と葵人。

「My motherに送ったら"日本すごいね"って返ってきたデース」とマイケル。

「母親公認にするな」と加賀。

「でもアメリカの母には日本文化として理解されたYO」

「理解させるな」

「理解はされたけど内容は伝えてないデース」

「内容を伝えなかったのは正解だ」

「翻訳したら内容がわからなくなる気がして」

「わかるように翻訳するな」

準がスマホを見た。

「……Amazonのおすすめに出てきた」

「見たのか」と加賀。

「おすすめに出てきただけだ」

「タイトルは?」

「『ブローオフバルブに口づけを』」

全員が黙った。

「……AIまで汚染されてる」と雅紀。

「AIは汚染されたわけじゃなくて購買行動を分析した結果だ」と朱音(来ていた)。

「俺は買っていない」

「見た履歴がある」

「見ただけだ」

「見ただけでおすすめが変わる」

「……インターネット、怖い」と準。

「走り屋として走っている限り大丈夫だ」と加賀。

「どういう論理だ」

「走っていれば余計なことを考えない。余計なことを考えなければ余計なサイトを見ない」

「走り屋療法か」

「療法じゃない。生活だ」


翌日。舞花と朱音が軽音部の部室に来た。

「印刷物を回収する」と舞花。

「了解。浄化作戦開始」と朱音。

段ボールが積まれていた。

タイトルが書かれていた。

「埼玉中央愛の轍」

「走り屋たちの夜」

「峠は抱擁のカーブ」

「レブリミットを越えた夜に」

「アイドリングが止まらない」

「シフトダウンする心臓」

「タイトルが全部走り屋用語で作られている」と朱音。

「それが余計に悪い」と舞花。

「なぜ」

「走り屋用語を知っている人間が作ったということだ。S・H・Bに長くいすぎた」

「感染者が増えている——記録しておく」

シュレッダーの音が響いた。

バリバリバリバリ。

阿部が部屋の隅で言った。

「検閲された同人誌って、逆に売れるんですよね」

「売るな」と舞花。

「舞花さんにバレるスリルが最高なんですよ」

「スリルを楽しむな」

「でも——」

「次にやったら軽音サークルの活動を一週間停止する」

「……やめます」

「止まるのか」と澪(残念そうに)。

「……禁断の恋は加速する」

「加速させるな」

「……はい」

奈々が言った。

「誰か、本当に止めてほしかった」

「止めた」と舞花。

「もっと早く止めてほしかった」

「要請があれば早く来た」

「……次から要請します」

「そうしろ」


その夜。

峠。

加賀がセリカで一人走っていた。

峠の空気が、秋に変わっていた。

ステアリングを握りながら、加賀は思った。

(「ブローオフバルブに口づけを」)

(「峠は抱擁のカーブ」)

(……走り屋の言葉が、全然違う意味で使われた)

(でも——)

(その言葉を作った人間は、走り屋の言葉を覚えていた)

(それはそれで——)

加賀がシフトを上げた。

ヴォォォン。

2ZZ-GEが、夜の峠に吠えた。

(まあ、悪くない)

(走り続けることで、言葉が生まれる)

(それが変な方向に使われても——走り続けていた証拠が残る)

セリカが、夜の峠を駆け抜けた。


翌朝。

「昨夜、峠で走ってたのか」と雅紀。

「走ってた」と加賀。

「同人誌事件で気分転換か?」

「違う。走りたかったから走った。それだけだ」

「でも走り屋の言葉が同人誌に使われたことは気になったんじゃないか」

加賀が少し間を置いた。

「……走り続ける人間がいれば、走り屋の言葉は本来の場所に戻る。それだけだ」

「かっこいいな」と準。

「かっこよくない。事実だ」

朱音がメモ帳に書いた。

「走り屋の言葉が同人誌のタイトルになった。加賀:"走り続ける人間がいれば言葉は本来の場所に戻る"——これが走り屋の矜持だと思う。記録しておく」

「呉自動車で同人誌が印刷された。呉の発言:"確かに綺麗だな"——これも記録しておく」

作者コメント(後日):

「この回は完全に地獄でした」

「でも印刷精度は高かったです(呉談)」

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