表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/59

朔夜の耳を食べてみたい

夜。部室。

準と朔夜がいた。

朔夜が縁側に座っていた。

将校マントを羽織って、尻尾をゆっくり揺らしながら。

準がその横で、ぼんやりしていた。

「……今日もモフられたにゃ」と朔夜。

「癒される……ケモノの極致ここにあり……」

「……準にゃん、目がガチになってるにゃ」

「なってない」

「なってるにゃ」

朔夜が耳をピクピクさせた。

夜風に反応した動きだった。

紺色の耳。白い内側の毛。

準がその耳を見た。

(……あれ)

(あの耳……)

(おいしそう……)

「……朔夜」

「なんにゃ」

「その耳、食べられるか」

朔夜が固まった。

「にゃっ?」

加賀がドアを開けて入ってきた。

「何言ってんだお前」

「加賀、タイミングが完璧だ」と準。

「褒め言葉として受け取れない」


「ニュース速報。"文学部3年男子、猫耳食べようとして通報寸前"」と雅紀(どこからか来た)。

「準、また頭のネジ落としたのか」と細田。

「違うんだ。俺はただ、耳の触感というか、あの毛の密度が——」

「食感の話をするな」と加賀。

「食感じゃなくて触感の話をしてる」

「食べたいと言った」

「……言ったけど文学的な意味で——」

「第42話の狭霧と同じ言い訳だ」と朱音(入ってきた)。

「言い訳じゃない」

「"食べたい"は"文学的に味わいたい"の意味だと言いたいんだろ」

「そうだ」

「狭霧の時はまだわかった。朔夜の耳に対して同じ論理は通用しない」

「なぜ」

「狭霧は和歌を詠む。耳は和歌を詠まない」

「耳そのものが詩だと言いたい」

「言うな」


朔夜がおっとりした顔で言った。

「……食べていいにゃ」

全員が止まった。

「食べていいのか」と準。

「……うんにゃ。噛むなよ、とは思うけど」

「噛まないのか食べるのか」

「……なでるように食べるにゃ」

「なでるように食べるというのが意味不明だ」と加賀。

「……200年生きてるから、そのくらいのことは慣れてるにゃ」

「慣れてるのか」

「……猫又は人間と暮らすことが多いにゃ。たまにこういうことを言う人間がいるにゃ」

「たまにいるのか」と細田(引いてる)。

「……にゃ。だからぼくは別にいいにゃ」

全員がまた止まった。

「……一番怖いのは朔夜が許可を出したことだな」と雅紀。

「許可が出たから問題ないということにはならない」と朱音。

「なんで」と準。

「倫理的な問題が残る」

「でも朔夜本人が——」

「200年生きた妖怪が人間に慣れた結果として許可を出している。それは正常な判断とは言えない」

「正常にゃ」と朔夜(反論)。

「お前が言うと逆に不安だ」


その頃。霧ヶ崎神社。

狭霧に報告が届いた。

誰かが報告したわけではなかった。

狭霧には何となくわかることがあった。

「……準殿が、また"食べたい"と言ったか」

尾が、一度だけ揺れた。

狭霧が立ち上がった。

「……今度は我の話ではないのか」

少し間を置いた。

「……まあ、よい」

でも足が動いていた。

大学の方向に向かっていた。


舞花と凛が来た。

「"朔夜の耳食べたい事件"。今回は通報案件だ」と舞花。

「……処刑」と凛。

「すぐ殺意を向けるな」と朱音。

「……処刑」

「ストップ」

舞花が警棒を取り出した。

「準、今回は本当に徹底的に——」

ドアが開いた。

狭霧が立っていた。

白い和装。一本の尾。

目が細くなっていた。

「……鈴木殿」

「狭霧、待ってくれ誤解だ——」

「朔夜殿の耳を食らおうと申したか」

「文学的な意味で——」

「文学的な意味で耳を食べるとはどういうことじゃ」

「……触感というか、あの毛の密度が詩的で——」

「詩的な耳が存在するとして、それを食べる必要があるか」

「食べることで理解が深まると——」

「ならば我の尻尾を食べようとしたことも同様の論理か」

「それは——」

「答えろ」

準が黙った。

狭霧が少し間を置いた。

「……第42話で我が詠んだ歌を覚えておるか」

「覚えてます」

「"告げぬまま消えて後こそ濃くたゆたへる"——食べることと、感じることは違う」

全員が黙った。

朔夜が言った。

「……ねえちゃん、ぼくは別にいいにゃ」

「よくない」と狭霧。

「なんでにゃ」

「お前が200年で慣れたことと、それが正しいことは別じゃ」

「……そうにゃ」

朔夜が少し考えた。

「……わかったにゃ」

狭霧が準を見た。

「……鈴木殿、次に"食べたい"と言うたら、封印術を使う」

「物理的解決は最後の手段では——」と準。

「汝への適用は例外じゃ」

「……はい」

朱音がメモ帳に書いた。

「狭霧:自発的に来た。報告されたわけでもなく。朔夜への「食べたい」発言を止めた——狭霧にとって朔夜は"我の古い知り合い"であり、守る対象でもある——記録しておく」


翌朝。

S・H・B部室の前に貼り紙があった。

「※食うな※」と大書されていた。

筆ペンだった。

狭霧の字だった。

「達筆だな」と加賀。

「内容がすごい」と葵人。

「俺への警告だ」と準。

「正確には全員への警告だ」と加賀。

「俺は食べたいと思ったことはない」

「念のためだろ」

準が貼り紙を見た。

「……剥がせないな、これ」

「剥がすな」と朱音。

「記録として残せということか」

「そうだ。このサークルに必要な注意書きだ」

加賀がセリカのキーを回した。

「……理性が飛ぶ前にエンジンをかけろ。走れば余計なことを考えない」

「走り屋療法か」と準。

「療法じゃない。生活だ」

セリカが目を覚ました。

ヴォォォン。

2ZZ-GEが、朝の空気の中で静かに唸った。

準がその音を聞いた。

「……確かに、エンジン音を聞いてると食べたいとは思わないな」

「当然だ」と加賀。

「でも狭霧の声を聞くと——」

「それ以上言うな」

「……はい」

朱音がメモ帳に書いた。

「準:朔夜の耳を食べたいと発言した。朔夜は許可を出した。狭霧が止めた——第42話の「食べたい」論争、今回も継続。加賀:"理性が飛ぶ前にエンジンをかけろ"——これが走り屋の基本原則だと思う」

「部室の前に"※食うな※"の貼り紙——狭霧の直筆。剥がさないことにした——記録しておく」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ