男子たちの理想郷(ユートピア)
朝。S・H・B部室。
雅紀が腕を組んで言った。
「なあ……最近、女子会ばっかじゃないか。俺たち、何か負けてる気がする」
「わかる」と準。「女子は連携力が高い。組織として動いてる」
「つまり我々も男の結束を固める必要があるッ」と細田。
「YEAH、ボーイズ・パワー・リターンズ」とマイケル。
加賀が言った。
「お前ら、真顔で何言ってんの」
「加賀も参加する気あるだろ」と雅紀。
「ない」
「絶対ある」
「ない」
「セリカの話ができる場所を作るって言ったら来るだろ」
加賀が少し間を置いた。
「……話を聞く」
「来るじゃないか」と準。
「提案する」と準。「男だけのパラダイスエリアを大学内に構築する」
「ネーミングがもうアウトだぞ」とマイケル。
「名付けて——"男子共用休憩所・漢の楽園"」と細田。
「それ学内に作ったら女子に潰されるやつだ」と雅紀。
「男のロマンに恐れは不要」と細田。
「恐れじゃなくて事実の話をしてる」
加賀が言った。
「漢の楽園で何をするんだ」
「車の話、アニメの話、VTECの話、あとケモノの話」と準。
「最後のだけ消せ」とマイケル。
「全員でVTEC is the soul of manと叫ぼうぜ」と細田。
「叫ばない」と加賀。
「叫ぼうよ」と細田。
「叫ばない」
「加賀もVTECの精神は理解できるだろ」
「理解するのとわざわざ叫ぶのは別の話だ」
「さすが加賀さん、大人だ」と葵人。
「お前も参加するのか」
「車の話ができると聞いて」
「来るじゃないか」と準。
設営開始。大学中庭の片隅。
無許可だった。
マイケルがテントを張った。
「テントよし。延長コードよし」
細田がスピーカーを接続した。
「スピーカー接続完了。選曲は"らき☆すたOP→頭文字Dユーロビート→チェンソーマンED"の三本立てだ」
「なんでその三本立てなんだ」と雅紀。
「俺の人生の縮図だ」
「縮図が意味不明だ」
準がホワイトボードを運んできた。
「"アニソンタイム"の準備よし。あと狭霧の和歌を5首分板書した」
「それ漢の楽園に必要か?」と葵人。
「必要だ。文学と走り屋は共存できる」
「できるか」
マイケルが冷蔵ボックスを置いた。
「飲み物よし。あとドーナツ12個よし」
「なんでドーナツなんだ」と雅紀。
「丸い形がロータリーエンジンに似てるからヨ」
「こじつけが過ぎる」
雅紀が自分の荷物を置いた。
RX-8のカタログが3冊あった。
「……俺も持ってきてしまった」
「いいじゃないか」と準。
「漢の楽園、設営完了だ」と細田。
加賀がその光景を見た。
テント。スピーカー。ホワイトボードに和歌。ドーナツ。カタログ。
「……お前ら、許可取ってないんだろ」
「男のロマンに許可はいらんッ」と準。
「いる」
「ロマンがあれば許可は後からついてくる」
「ついてこない。警備員が来る」
その瞬間。
「お前ら何やってんだ」
警備員が来た。
「It's cultural exchange」とマイケル。
「どこの文化だ」
「アメリカと埼玉の合体文化ヨ」
「解体しろ」
「非常停止ボタンは押させんッ」と細田。
「電車じゃないのに何を言ってるんだお前」
5分後。
治安維持部隊が来た。
舞花、朱音、凛。
舞花が現場を見た。
「……また聞いたんだけど、バカやってる?」
「"男の楽園"という名前の時点で女子の敵だ」と朱音。
「……きえろ」と凛。
「灰島構文の発動が早い」と準。
「We just want freedom」とマイケル。
「自由は社会秩序を壊していい理由にならない」と朱音。
「しかもこれ、昨日の制裁会議で議題になってたんだけど」
「なってたの?」と準。
「なってた。エンジン音問題と並んで審議された」
「もう議決されてたのか」
「監視継続という結論だったが、こういう案件には即時対応する」
舞花が言った。
「解体開始」
「待ってください」と準。「和歌のホワイトボードだけは——」
「没収」
「なんで」
「証拠として保管する」
「何の証拠だ」
「サークル室が文学結社化している証拠だ」
朱音がホワイトボードを持っていった。
細田のスピーカーが撤去された。
マイケルのドーナツは没収されなかった。
「ドーナツは?」とマイケル。
「食べ物には罪がない」と舞花。
「優しいヨ舞花ちゃん」
「優しくない。食べ物を捨てるのが面倒なだけだ」
テントが畳まれた。
延長コードが巻かれた。
漢の楽園は、設営から解体まで、12分だった。
夜。解体後。
E塔裏に、男たちが座っていた。
「……またやっちまったな」と雅紀。
「でも楽しかったな」と細田。
「夢の跡にはいつも瓦礫が残る……」と準。
「瓦礫じゃなくて撤去だ」と加賀。
「呉さん、また部室の修理代が上がりますかね」と葵人。
「今回は中庭だから部室関係ない」と加賀。
「でも延長コードを壁から引いてたから電気代は上がる」と朱音。
「お前まだいたのか」と雅紀。
「記録者は現場を離れない」
マイケルがドーナツを一個食べた。
「でも心は自由DA★」
「自由じゃない。監視されてる」と朱音。
「It's love」
「監視に愛はない」
「愛だヨ」
「ない」
全員が少し間を置いた。
「……ドーナツ、食べるか」とマイケル。
残り11個あった。
全員で食べた。
加賀も一個食べた。
「……丸い形がロータリーエンジンに似てる」
「それマイケルと同じ発想だ」と葵人。
「……黙れ」
「似てますよ絶対」
「黙れ」
「仲いいじゃないですか」
「黙れ」
夜の駐車場に、全員が座っていた。
セリカが止まっていた。
エンジンは切れていた。
でもボンネットはまだ温かかった。
朱音がメモ帳に書いた。
「男子の理想郷:設営から解体まで12分。女子会との比較——女子会は2時間、制裁会議まで完遂。男子は12分で瓦解。でも——ドーナツを11個食べながら全員笑っていた。これも記録しておく」
「加賀:"丸い形がロータリーエンジンに似てる"と言った。マイケルと同じ発想だった。加賀は否定したが否定できていなかった——記録しておく」




