鉄道研究会だって本気出しますよデュフフww
昼休み。食堂の端。
3人が固まっていた。
高坂悠真(鉄研会長):眼鏡、ぺったんこ髪、首に機材ストラップが5本。
佐野直樹(撮り鉄担当):カメラバッグが体より大きい。望遠レンズが机から飛び出ている。
三輪俊介(乗り鉄担当):食堂で外から持ち込んだ弁当を広げていた。匂いがした。
「S・H・B、また騒音トラブルらしいっすよフヒヒww」と佐野。
「内燃機関なんて文明の退化っすよフヒヒww。N700S新幹線を前にセリカだのRX-8だのと」と高坂。
「そうっすそうっすフヒヒww」と佐野。
「……先輩」と三輪。「この前の駅での件、どうなったんすか。S・H・Bの車が背景に映り込んで構図が死んだやつ」
高坂の表情が変わった。
「許せん。あの赤いセリカが端に映り込んで150枚没になった。完璧なシャッターチャンスだったのに」
「撮り鉄の敵」と佐野。
「公道に停まってる車を邪魔と言うな」
3人が振り返った。
隣のテーブルに加賀がいた。
「聞いてたんですか」と高坂。
「声がデカかった。そんな撮影の権利はない」
「でも構図が——」
「ない」
高坂が固まった。
三輪が小声で言った。
「詰められてます先輩」
「黙れ三輪」
午後。鉄研の部室。
高坂がホワイトボードに書いた。
【鉄道 vs 自動車・完全比較】
CO₂排出量:鉄道 < 自動車(1人あたり約5分の1)
定時性:新幹線の遅延平均0.9分 vs 車は渋滞次第
最高速度:N700S 320km/h vs セリカ(笑)
維持費:定期代のみ vs ガソリン+保険+車検+修理
「どうだ。圧倒的だろ」
「……でも先輩」と三輪。「俺たち車持ってないじゃないですか」
「関係ない」
「関係あると思います」
「黙れ三輪」
佐野がカメラを構えながら言った。
「S・H・Bの騒音走行を証拠としてSNSに上げましょうよフヒヒww。あと今日加賀の顔も無断で撮ったんすけど」
「なんで」と三輪。
「構図が良かったんでフヒヒww」
「それは肖像権の問題だぞ佐野」と高坂。
「でもいいシャッターチャンスで——」
「問題だと言っている」
「……フヒヒww」
「笑うな」
夜。新座駅。
三脚が3本立っていた。
録音機材。望遠レンズ3本。
「これで走り屋どもより速いモノを見せてやる」と三輪。
「もしかして——」と佐野。
「電車だ」と高坂。ドヤ顔だった。
「電車は速い。電車は正確だ。電車は環境にいい。そして——」
「先輩」と三輪。「さっきから一般人の方が三脚が邪魔だと言ってます」
高坂が振り返った。
通行人が困った顔で立っていた。
「撮影中につき通行をご遠慮ください」
「いやここ公道なんですが」
「撮影の権利があります」
「ないです」
「あります」
「ないです」
「あります」
通行人が疲れた顔で回り道をした。
佐野がその様子をカメラで撮影した。
「フヒヒww撮れた」
「撮るな」と三輪と高坂(同時)。
ガタンゴトン。
列車が通過した。
轟音だった。
「見ろ。この完璧な定時運行。この静粛な加速」と高坂。
「S・H・Bみたいに燃費悪くないっすよフヒヒww」と佐野。
「彼らにないもの、それがダイヤの正確さだ」
三輪が言った。
「……でも先輩、俺たちが乗ってるわけじゃないですよね。ただ見てるだけですよね」
高坂が固まった。
「……見ることに意義がある」
「乗ってなくていいんですか」
「見ることに意義がある」
「答えになってないですよ」
「黙れ三輪」
その頃。呉自動車前。
加賀と準がセリカを引き取りに来ていた。
「なあ、駅の方に三脚がすごく立ってたな」と準。
「鉄研だ。またやってる」と加賀。
「放っとくか」
「ああ。ああなると誰も止められない」
加賀がセリカのドアを開けた。
「……俺たちとは、生涯わかり合えないな」
「なんで」と準。
「走りたいやつと、見たいやつの話が合うはずがない。俺たちはエンジンをかける。あいつらは三脚を立てる。接点がない」
「でも同じ乗り物好きじゃないか」
「全然違う」
加賀がエンジンをかけた。
2ZZ-GEが目を覚ました。
準が助手席に乗った。
「……そういえば鉄研の高坂、うちの車が構図に映り込んで150枚没になったって根に持ってるらしいぞ」
「知ってる。本人に言われた」
「どう答えたんだ」
「そんな権利はないと言った」
「それだけか」
「それだけだ」
「喧嘩にならなかったか」
「向こうが固まってたから終わった」
準が少し間を置いた。
「……お前、たまに怖いな」
「事実を言っただけだ」
セリカが、呉自動車の前を出た。
夜。線路脇。
高坂、佐野、三輪の3人が、自作の電動カートを引っ張り出していた。
骨組みが見えていた。ホームセンターの部材だった。
「ついに完成したぞ。"E231形・手漕ぎ版"だ」と高坂。
「どう見てもチャリじゃないですか」と三輪。
「動力は人力でも心は電化だフヒヒww」と佐野。
3人が乗った。
漕ぎ出した。
警備員のライトが照らした。
「お前ら何やってんだ」
「非常停止ボタンは押させんっ」と高坂。
「撮り鉄魂に火を点けろ」と佐野(カメラを片手に漕ぎながら)。
「加速っ」と三輪。
「どこに加速するんですか」と三輪(自分で突っ込んだ)。
「全速前進っ」
「チャリの全速前進って何km/hですか」
「黙れ三輪っ」
警備員に3人とも確保された。
所要時間、2分だった。
翌朝。大学職員室。
舞花と大宮先生が報告書を見ていた。
「"鉄研、線路脇で手漕ぎ電動カートを走らせ警備員に確保"。……うん、また始まったね」と舞花。
「彼ら、人体による動力化の検証だったと言ってましたよ」と大宮先生。
「検証するなら許可を取れ。あと加賀くんのコメント聞きましたか」
「"チー牛列車、出発進行"だそうで」
沈黙。
「……埼玉、もう終わってるわね」と舞花。
「むしろ始まってますよ、文学的には」と大宮先生。
「文学にすんな」
鉄研の部室。翌日。
「……結果として、俺たちは何も証明できなかったな」と三輪。
「証明できた」と高坂。
「何を」
「鉄道の精神は、手漕ぎでも継承できるということだ」
「継承できてないですよ」
「黙れ三輪」
佐野がPCを開いた。
「あ、昨日の動画SNSに上げたら1200再生されましたフヒヒww」
「なんで上げた」
「いい画が撮れたんでフヒヒww」
「確保される瞬間を上げたのか」
「フヒヒww」
「笑うな」
「フヒヒwww」
「だから笑うな」
高坂がホワイトボードを見た。
「鉄道 vs 自動車」の比較表が、まだ消えずに残っていた。
「……次の作戦を考える」
「先輩、いったん休みましょうよ」と三輪。
「休まない。S・H・Bが走り続ける限り、俺たちも走り続ける」
「走ってないじゃないですか俺たち」
「心は走っている」
「心が走っても警備員には止められますよ」
「黙れ三輪」
三輪がため息をついた。
「……俺、いつかS・H・Bに移籍したいな」
「黙れ三輪」
「移籍したい気持ちは本物ですよ」
「黙れ」
「本物なんですって」
「——黙れ三輪」
その頃。E塔裏。
加賀がセリカのボンネットを磨いていた。
葵人が横で言った。
「鉄研の三輪、うちに入りたいって言ってたらしいですよ」
「断る」
「即答だ」
「走れないやつはいらない」
「鉄研にいるのに乗り鉄で、走ることは好きかもしれないですよ」
「電車に乗るのと走り屋は違う」
「そうですかね」
「違う」
加賀がセリカを磨き続けた。
「あいつらとは生涯わかり合えない。それでいい。わかり合えないやつがいるから、俺たちが俺たちでいられる」
葵人が少し間を置いた。
「……それ、かっこいいんですかね」
「かっこよくない。事実だ」
エンジンが、アイドリングで静かに回っていた。
朱音がメモ帳に書いた。
「鉄研:手漕ぎE231形で線路脇を走り確保された。動画が1200再生された。佐野が無断撮影を続けている。三輪がS・H・Bへの移籍を希望している——加賀は断った」
「加賀:"わかり合えないやつがいるから俺たちでいられる"——記録しておく。これは正しいと思う」




