朔夜は女子にモテてるらしい
朝。E塔前。
加賀、葵人、マイケルがコンビニコーヒーを持って立っていた。
「なあ——最近キャンパスで見ないか。白い猫耳の、小柄な」と加賀。
「いるいる。女子が取り囲んでるやつだろ」と葵人。
「たぶんそれ、準の知り合いの朔夜にゃんやな」とマイケル。
「……あれ、準の知り合いなのか」
「ペットとかそういうレベルじゃないからな。見た目があの可愛さは反則だろ」
「昨日、軽音部の麻衣先輩の膝の上で寝てたらしいぞ」
全員が止まった。
「は」
部室。
「うぉぉぉ」
準が机に頭を打ちつけていた。
「どした」と朱音。
「朔夜がまた女子のとこ行ってた」
「落ち着け。あの子、悪気ないでしょ」と舞花。
「悪気がないから余計タチが悪いんだよ」
ドアが開いた。
朔夜が入ってきた。
将校マント、軍帽、猫耳。肩のスリングにライフル。
その後ろに、阿部亜里沙・上村澪・天野奈々・榎本麻衣が続いた。
「……来たにゃ」
「ねえこの子マジで可愛いんだけど」と阿部。
「うちのバンドでマスコットにしたいレベル」と麻衣。
「……天使か罠か。見極めが必要だ」と澪。
「……癒やし」と奈々。
準が立ち上がった。
「朔夜は——」
「朔夜は何だ」と加賀。
準が詰まった。
朔夜が首をかしげた。
「……ぼく、ただなでられただけにゃ」
「なでられただけだそうだ」と加賀。
「そういう問題じゃないんだよ」
「どういう問題だ」
準がまた詰まった。
朔夜が阿部を見た。目が一瞬、計算するような色をした。
「……阿部にゃん、便利そうにゃ」
「え、なに?」と阿部。
「……なんでもないにゃ」
朱音がメモ帳に書いた。
「朔夜:阿部を便利そうと評価した。人間を道具として見る癖、健在」
「落ち着けよ準、お前の顔が人間やめてるぞ」と加賀。
「嫉妬メーターがレッドゾーンやな」とマイケル。
「俺は純粋に心配してるだけだ」と準。
朔夜が準を見た。
「……なんで心配にゃ?」
「お前が——その——変な方向に連れて行かれたら——」
「……ぼく、このえあがんあるにゃ」とマイケルに向かって銃床を軽く叩いてみせた。
「えあがんで自分の身を守るのか」と加賀。
「……えあがんにゃ」
「えあがんが護身に使えるのか」
「……えあがんにゃ」
舞花が額に手を当てた。
「朔夜の方が保護者として有能だな」
「それは違うと思う」と葵人。
「合ってる」と加賀。
「ねえ朔夜くん、うちの練習見に来てくれない?」と阿部。
朔夜が少し考えた。
「……行くにゃ」
「ありがとう」と軽音4人。
準が立ち上がった。
「朔夜、待て」
「……なんにゃ?」
「軽音は——」
「軽音の何が悪い」と麻衣。刺々しかった。
「悪くない。でも朔夜に変な影響を——」
「変ってどういう意味」と阿部。
「そういう意味じゃなくて——」
「じゃあどういう意味」
「落ち着け全員」と加賀。
麻衣が加賀を見た。
「加賀さんはどう思いますか。朔夜くんが私たちと一緒にいることの何が問題なんですか」
加賀が少し間を置いた。
「問題ない。準が過剰反応してるだけだ」
「加賀」と準。
「落ち着け」
準が黙った。
朔夜がライフルのスリングを直した。
「……ぼく、行くにゃ」
「朔夜、待——」
「……準にゃんは、ぼくを心配してるにゃ」
「そうだ」
「……なんで」
準が答えられなかった。
朔夜が3秒間、準を見た。計算するような目で。
「……よくわからないにゃ。でも——」
止まった。
「……悪い気はしないにゃ」
それだけ言って、朔夜は軽音サークルの4人と一緒に出て行った。
準が脱力した。
「……なんだったんだ今の」と葵人。
「さあ」と加賀。
朱音がメモ帳に書いた。
「朔夜:準の心配を"よくわからないが悪い気はしない"と評価した。サイコパスが感情の入口に触れた瞬間と思われる——要観察」
「ねえ朔夜くんってどこに住んでるの?」と奈々(移動しながら)。
朔夜がおっとりした顔で答えた。
「……どこにでもいるにゃ」
「え、どういうこと?」
「……ぼく、妖怪にゃ。場所とか、あんまり関係ないにゃ」
軽音4人が一斉に止まった。
「妖怪」と麻衣。
「……うんにゃ」
「猫又?」と澪(なぜか詳しい)。
「……そうにゃ」
「本物?」
「……本物にゃ」
澪が目を輝かせた。
「……"闇に生きる者"……同志だ」
「……違うにゃ」と朔夜。
「同志だ」
「……違うにゃ」
阿部が引きつった笑顔で言った。
「まあ、可愛いからいっか」
朔夜がライフルを軽く叩いた。
「……えあがんにゃ」
「えあがんだよね」と阿部(震えながら)。
夕方。
E塔裏の駐車場。
加賀がセリカのボンネットを磨いていた。
朔夜が隣にいた。いつの間にか来ていた。
「……加賀にゃん」
「なんだ」
「準にゃんは——あの狐が好きにゃ?」
加賀が手を止めた。
「狭霧のことか」
「……うんにゃ」
「そうだろうな」
「……ぼくのことは?」
加賀が少し間を置いた。
「お前のことも、大切に思ってるだろう。でも——種類が違う」
「……種類」
「狭霧には特別な感情がある。お前に対しては——仲間、みたいな感じじゃないか」
朔夜が少し考えた。
「……ぼく、仲間って概念がよくわからないにゃ」
「そうか」
「……でも——悪い気はしないにゃ」
また同じ言葉だった。
加賀がセリカのボンネットを磨き続けた。
ヴォォン。
エンジンが静かにかかっていた。
朔夜がその音を聞いた。
「……さっきの音と、他の車の音、全部違うにゃ」
「聞き分けられるのか」
「……猫又は耳がいいにゃ」
「このエンジンは何に聞こえる」
朔夜が少し考えた。
「……機嫌のいい獣にゃ」
加賀が少し笑った。
「……悪くない表現だ」
朔夜の尻尾が一度、大きく揺れた。
夜。
準が狭霧のいる霧ヶ崎神社に来ていた。
「……朔夜のこと、どう思う」
「どういう意味だ」と狭霧。
「俺、朔夜のことが心配で——でも朔夜はぼくのことを便利な人間だと思ってるだけで——」
「準」
「なんだ」
「朔夜が"悪い気はしない"と言ったと聞いた」
準が止まった。
「……聞いてたのか」
「霊体に距離は関係ない」
「それはそうと——」
「朔夜がそれを言うのは——」狭霧が少し間を置いた。「珍しいことだ。あれは感情を言葉にしない。感情があるかどうかも自分でわからないと言う。それでも——何かを感じたから言ったんだろう」
「何を感じたんだと思う」
狭霧の尾が揺れた。
「……さあ。あれ自身にもわからないだろう。ただ——」
「ただ?」
「……お前が心配したことは、無駄じゃなかったということだ」
準が空を見た。
「……狭霧」
「なんだ」
「俺はお前が好きだ」
「知っている」
「それは変わらない」
「知っている」
「……朔夜のことも、大切にしたい」
狭霧が少し間を置いた。
「……それでよい。あれは我の古い知り合いだ。大切にしてやれ」
「嫌じゃないのか」
「なぜ嫌なんだ。お前が誰かを大切にすることと、我への気持ちは——別のことだろう」
準が狭霧を見た。
「……お前、たまにすごいこと言うな」
「数百年生きると当たり前のことが見えてくる」
「俺たちの時間は百年もないぞ」
「……だから、急がなくていい」
狭霧の銀の毛が、夜風に揺れた。
月明かりの中で、境内が静かだった。
準はその隣に座った。
何も言わなかった。
それで十分だった。
朱音がその夜のメモを書いた。
「朔夜:妖怪。猫又。この大学の学生ではない。どこにでもいると自称。準を便利な人間と思っているが、心配されることを"悪い気はしない"と評価した。サイコパスの感情の入口——要継続観察」
「準と狭霧:神社で話した。準は狭霧が好きで、それは変わらない。狭霧は朔夜を大切にしてやれと言った。これが正常な関係だと思う——記録しておく」




