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モフる者たち。〜狭霧vs朔夜、毛並み戦争〜

朝7時。

E棟の前に、二人が仁王立ちしていた。

狭霧——銀髪、白い和装、尾がゆっくりと揺れている。

朔夜——将校マント、軍帽、猫耳。肩のスリングからライフルが下がっていた。

どちらも真顔だった。

「朔夜」

「……なんにゃ、ねえちゃん」

「汝——我が尻尾を"毛玉"と呼んだな」

「……呼んだにゃ」

「なぜだ」

「……もふもふしすぎて、毛玉っぽかったにゃ」

「それは侮辱だ」

「……事実にゃ」

「侮辱だ」

「……事実にゃ」

「侮辱だと言っている!!」

「……でも事実にゃ」

朔夜が銃床を地面についた。ライフルを杖代わりにしながら、おっとりした顔で続けた。

「……ねえちゃんの尻尾、毛玉っぽいにゃ。でも触り心地はいいにゃ。矛盾してないにゃ」

「矛盾している!!」

「……柔らかい毛玉は触り心地がいいにゃ。論理的にゃ」

狭霧が言葉に詰まった。

準が割って入った。

「落ち着け二人とも! 毛並みディスは一番効くって聞いたことある!!」

「どこで聞いたんだ」と葵人。

「……知らん。多分本当だ」

狭霧が宣言した。

「ならば——どちらの毛並みが"真のもふ"か、勝負で決するのみ!!」

朔夜が3秒間、計算するような目をした。

「……負けても謝るだけにゃ。リスクが低いにゃ。やるにゃ」

「損得で決めるな!!」と準。

「……当たり前にゃ」


気づけば人が集まっていた。

S・H・B全員、軽音サークル、鉄研、阿部が配信を始めていた。

凛が端の方に立っていた。

「……茶番」と言いながら、動かなかった。

安藤が凛の隣で小声で言った。

「灰島くん、怖い顔してるけど興味あるでしょ」

「……ない」

「……"たぶん"って言わないんだな、今日は」

「……うるさい」

でも凛は動かなかった。

葵人が実況を始めた。

「第一競技! "なでられ心地対決"!!」

朱音が言った。「基準が意味不明だ」

「意味は俺たちが作る!!」

舞花が前に出た。

「私が公平な判定をする。文句は言わせない」

「一番公平だろ。モフに感情移入しない」と雅紀。

「するか!! するわけないだろ!!」


舞花が狭霧に近づいた。

「触るぞ」

「許可する」

舞花が狐の尾に手を当てた。

もふ。

5秒間、黙った。

「……なんだこのシルク感。高級布団か?」

「寝具なの!?」と葵人。

舞花が手を離して、続いて朔夜に向かった。

朔夜がライフルを壁に立てかけた。カチャン。

「……触っていいにゃ」

舞花が朔夜の尻尾に手を当てた。

もふもふもふ。

「——うわ。ふわっふわだ。天使の綿毛レベルだ」

「どっちが上だ!!!!」と準。

舞花が両手を広げた。

「引き分けだ」

「えぇぇぇ!!!!」と全員。

朱音が言った。「もうどっちも優勝でいいだろ」

マイケルが叫んだ。「否!! モフは戦いナリ!!」

朔夜がライフルを回収しながら言った。

「……引き分けにゃ。次にゃ」

「負けて悔しくないのか」と加賀。

「……引き分けにゃ。負けてないにゃ」

「そういう意味じゃなくて——悔しいという感情が——」

「……わからないにゃ」と朔夜。

「わからない?」

「……悔しいという感情が、正確にはわからないにゃ」

全員が少し黙った。

「……サイコパスだな」と加賀。

「……そうにゃ」と朔夜。迷わなかった。


「第二競技! "抱きしめ耐久"!!」と葵人。

「判定員は準!!」

「俺が!?」

「一番本気でやるから!!」

「公平じゃないだろ!!」と全員。

準が前に出た。

まず狭霧。

準が狐の尾に腕を回した。

「ぬわぁぁあ……これが……天国か……」

舞花がバケツを持って現れた。

「——戻れ」

ザバッ。

「ぐはぁ!! 冷たい!!」

「理性を保て」

「冷水で保つな!!」

狭霧がため息をついた。「……凡夫め」

続いて朔夜。

朔夜がライフルを葵人に預けた。

「……持っててにゃ」

「え、俺が持つの?」

「……重いにゃ。落とすなにゃ。撃発するかもしれないにゃ」

「撃発って何!? エアガンだろ!?」

「……えあがんにゃ」

「エアガンが撃発するのか!?」

「……えあがんにゃ」

葵人が震えながらライフルを受け取った。

朔夜が準を見た。

「……準にゃん、ぼくのこと——もう抱いてくれないにゃ?」

準が固まった。

舞花がバケツを構えた。

「——戻れ」

「まだ何もしていない!!」

「するだろ」

「する前に打つな!!」

ザバッ。

「ぐはぁ!!」

朔夜がおっとりした顔で言った。

「……準にゃんが2回水をかけられたにゃ。ぼくの勝ちにゃ?」

「そういう競技じゃない!!」

「……あ、そうにゃ」


「最終競技! "詩の対決"!!」

狭霧が腕を組んだ。

「古の歌を詠むがよい」

「……ぼく、詩はよくわからないにゃ」と朔夜。

観客がざわついた。

準が言った。

「お前ならできる! 心で詠め!」

朔夜がライフルを葵人から返してもらった。

銃床を地面につきながら、少し空を見た。

「……」

10秒間、黙った。

それから、おっとりした口調で言った。

「ぼくのしっぽに にゃるほどの 風が吹く

人が笑えば もふが揺れるにゃ」

静寂。

その場の空気が、一瞬止まった。

舞花が言った。

「……尊すぎる」

灰島が——端の方で、少しだけ目を細めた。

目の端が、わずかに潤んでいた。

安藤が小声で言った。

「灰島くん、泣いてる?」

「……うるさい」

「泣いてるよね?」

「……うるさい」

「いや——」

「……きえろ」

でも凛は目を逸らさなかった。朔夜の詩の余韻の中で、じっと前を見ていた。

狭霧が静かに言った。

「……うむ。完敗だ」

朔夜が狭霧を見た。

「……ねえちゃん、怒ってないにゃ?」

「怒っていない。これは——負けではなく、認めることだ」

狭霧が朔夜に歩み寄った。

「汝、もはや立派な"もふの民"よ」

朔夜が少し間を置いた。

「……ありがとにゃ、ねえちゃん」

「……汝の詩、悪くなかった」

「……悪くないにゃ?」

「……よかった、と言い換える」

朔夜が尻尾を一度揺らした。

感情のない顔で。

でも——尻尾だけが、正直だった。

準が遠くから見ていた。

「……よかったぁ」

「理性保護成功か?」と葵人。

「なんとか」

「次は保護できないと思うぞ」

「……わかってる」


夕暮れ。

狭霧と朔夜が、E棟の前を並んで歩いていた。

「この世は喧しくも面白いな。封印されていた頃より、ずっと」と狭霧。

「……ぼく、もふもふしてるだけで幸せにゃ」と朔夜。

「……それでよい。幸せとは、毛並みのように柔らかいものだ」

朔夜が少し考えた。

「……ねえちゃん」

「なんだ」

「……ぼく、今日——少し楽しかったにゃ」

狭霧が止まった。

「……楽しい、とわかるのか」

「……わからないにゃ。でも——何かがいつもと違ったにゃ」

「……それが楽しいということだ」

「……そうにゃ」

朔夜が空を見上げた。

「……覚えておくにゃ」

その瞬間。

遠くから、エンジン音が聞こえてきた。

ヴォォォン……

セリカが、E塔裏の駐車場に戻ってきた音だった。

加賀が走り終えて帰ってきた。

朔夜がその音の方向を見た。

「……あれが、準にゃんたちの"走り屋"にゃ?」

「そうだ」と狭霧。

「……何が楽しいにゃ?」

「……走ることが好きだから走る。それだけだ」

朔夜が少し間を置いた。

「……ぼくが銃を撃つのと、同じにゃ?」

「……どういう意味だ」

「……好きだから撃つにゃ。それだけにゃ」

狭霧が何も言えなかった。

朔夜がマントの裾を直した。

「……今夜も準にゃんのとこ、泊まるにゃ。便利だから」

「……便利だけか?」

朔夜が少し間を置いた。

「……今日の詩——準にゃんが"心で詠め"と言ったから詠めたにゃ。それは——」

止まった。

「……なんでもないにゃ」

狭霧がため息をついた。

「……汝は昔から、本音を最後まで言わぬな」

「……言う必要がないにゃ。行動で示すにゃ」

「どんな行動で?」

「……今夜も準にゃんのとこに泊まるにゃ。それが答えにゃ」

狭霧が少し笑った。

小さく、静かに。

「……そうか」

二人が夕暮れの中を歩いた。

E棟屋上で、準が遠くを見ていた。

「……次は、もっと理性的な日常を送りたい」

葵人が隣で言った。

「無理だな」

「……わかってる」

セリカのエンジンが、駐車場で静かに止まった。


朱音がメモ帳に書いた。

「毛並み戦争:朔夜の詩で決着。狭霧、完敗を認めた。朔夜:"今日少し楽しかった"——感情がわからないと言っていた朔夜が"何かがいつもと違った"と言った。これは記録しておく」

「凛が朔夜の詩で目を潤ませた——これも記録しておく。灰島に気づかれた。きえろと言われた。でも逃げなかった」

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