大学、公認恋愛禁止条例発令。〜もう恋なんてしない……たぶん〜
安藤×凛の屋上修羅場から数日後。
キャンパスが、静かにざわついていた。
「なぁ、知ってる? 法学部の灰島が包丁持って男を追い回したって」と葵人。
「殺してないのに"殺しかけた"って言われてる時点で末期だな」と雅紀。
「だが恋は戦争。命のやり取りネ」とマイケル。
「いやマイケル、これはもう小規模テロだから」と準。
「マジであの日、屋上封鎖されてたからな」と朱音。
舞花がため息をついた。
「校内放送で"危険人物の接近に注意してください"って流れた。恋愛で出るワードじゃない」
E棟・仮設部室。
舞花が全員を集めた。
「……大学側が本気で"恋愛禁止条例"を検討してる」
安藤が青ざめた。「それ、俺のせい?」
「99%お前。残り1%は灰島」
「光栄」と凛。
全員が黙った。
葵人が小声で言った。「怖い怖い怖い怖い」
舞花が続けた。
「次に何か起きたら——自動車サークル、解散だ」
「Nooooooo」とマイケル。
「サークルよりまず安藤を解散した方が早い」と準。
「即答するな」と安藤。
「……賛成」と凛。
「お前も即答するな」
翌日。
学内の掲示板に、ポスターが貼られた。
朱音が全文を読み上げた。
《埼玉中央総合大学・学内秩序維持に関する
臨時規則(通称:恋愛禁止令)》
第1条
校内での過度な愛情表現・身体的接触行為を禁止する。
第2条
刃物・鈍器・その他凶器に類する物品を
愛情表現の手段として使用することを禁止する。
(※安藤・灰島案件を受けて追記)
第3条
屋上・非常階段・E塔裏を
恋愛行為の場所として使用することを禁止する。
第4条
校内での車両による追走・ドリフト・
その他走行行為を恋愛と無関係に行うことも禁止する。
(※これまでの累積案件を受けて包括的に追記)
第5条
狐その他の霊的存在との
恋愛類似行為を禁止する。
(※鈴木準案件を受けて追記)
第6条
爆発・炎上・煙を伴う行為を禁止する。
(※TEMUパーツ・中華イヤホン案件を受けて追記)
第7条
神社の石碑を損壊することを禁止する。
(※マイケル・タナー案件を受けて追記)
違反者:即停学または心理カウンセリング送り
葵人が言った。「第7条まで俺らの前科じゃないか」
「全部実名ではないが、全部うちらだな」と加賀。
「第5条、"鈴木準案件"って書いてあるんだけど」と準。
「実名だ」と朱音。
「なんで俺だけ実名なんだ」
「一番わかりやすかったから」
「"狐等の霊的存在との恋愛類似行為"って——霊的存在に言及した条例、日本初じゃないか?」と雅紀。
「世界初かもしれない」と朱音。
狭霧が窓の外から言った。「……我は恋愛類似行為などしておらぬ」
「第5条が適用されてるぞ」と加賀。
「……心外だ」
「準に向かって"今夜神社に来るか"と言ったろ」
「それは——詩の研究だ」
「第5条が適用されてるぞ」
「…………」
夜。E棟の屋上。
安藤・葵人・マイケル・準が集まった。
安藤が空を見上げて言った。
「……おかしくないか、これ」
「お前のせいなんだが」と葵人。
「わかってる。でも——恋愛を禁止するって、何だ?」
「治安のためだろ」と準。
「治安のために恋を禁じる大学が——正常か?」
「正常じゃないけど、お前が包丁で追い回されたのも正常じゃない」
「……俺は、もう一度だけ凛にちゃんと伝えたい。"殺す以外の方法で、好きだ"って」
葵人が言った。「名言っぽいけど死ぬフラグしかない」
マイケルが言った。「いい。愛とは再挑戦ナリ。命懸けで」
「その言い方をやめろ」と準。
沈黙。
安藤が立ち上がった。
「……明日、演説する」
「どこで」
「中庭」
「マイクは」
「借りる」
「許可は」
「取らない」
全員が少し黙った。
「……付き合うか」と葵人。
「付き合うネ」とマイケル。
「……付き合う」と準。
「やめておけ」と加賀。
「加賀、来てたのか」
「たまたまだ」
「付き合わないのか」
「俺はセリカで走る。それが俺の返答だ」
「……かっこいいな」と葵人。
「かっこよくない。俺は単に走りに行くだけだ」
翌日。昼休み。中庭。
安藤が、マイクを持って壇上に立った。
人だかりができた。
「俺は恋愛禁止令に反対だ」
歓声と悲鳴と通報の嵐。
「恋する自由を返せ——とは言わない。俺は恋する自由の使い方を間違えた。包丁で追い回される関係を、恋愛と呼んでいいかどうかも、正直わからない」
静かになった。
「でも——それでも、好きなんだ。俺は灰島凛が好きだ。あいつが包丁を持っていても。壁に刃物を刺しても。"きえろ"と言われても」
「「「「うわぁ」」」」と周囲。
「それが恋愛かどうかは知らない。でも——禁止されるものじゃない。俺が選んだことだから」
風が吹いた。
中庭が静かになった。
そこへ。
「……バカやってる」
凛の声がした。
人垣が割れた。
凛がゆっくりと歩いてきた。
無表情だった。
安藤を見た。
「……うるさい」
「わかってる」
「……きえろ」
「消えない」
凛が止まった。
5秒間、安藤を見ていた。
「……」
何も言わなかった。
でも——
「……嫌いじゃない」
静寂。
拍手が、少しずつ広がった。
舞花が腕を組んで見ていた。
「……はぁ」
朱音が隣で言った。「撤回するか」
「するしかないだろ」
「理由は?」
舞花がため息をついた。
「……こいつらを禁止したら、この大学の何かが死ぬ。それだけだ」
「何が死ぬんだ」
「……うるさい。放送室行くぞ」
「治安維持部隊より。恋愛禁止令、撤回します」
中庭に、また拍手が起きた。
安藤が中庭で叫んだ。「舞花ァァァ」
「次やったら今度こそ停学ね」と放送。
「わかった」
「凛も」
「……わかった」と放送越しに凛。
「包丁は二度と持ってくるな」
「……善処する」
「善処じゃなくて絶対だ」
「……絶対」
「よし」
放送が切れた。
夕方。E塔裏の駐車場。
加賀がセリカを磨いていた。
安藤が来た。
「加賀、演説聞いてたか?」
「聞いてた」
「どうだった」
加賀がワックスを布に取った。
「……お前らしくなかった」
「え?」
「ナルシストがナルシストじゃない話し方をした。それが——よかったと思う」
安藤が少し黙った。
「……俺、変わったか?」
「少しな」
「凛のせいか?」
加賀がセリカのボンネットを磨きながら言った。
「好きな人ができると——人は変わる。それだけだ。良くも悪くもな」
「お前は変わったか?」
「……俺は走り続けてる。それが俺の変わり方だ」
安藤が空を見上げた。
「……かっこいいな」
「かっこよくない。俺は単に走ってるだけだ」
加賀がセリカのキーを取り出した。
エンジンをかけた。
ヴォォォン。
夕暮れの中、2ZZ-GEが静かに唸った。
「……行くか」
セリカが、駐車場を出た。
安藤が、その後ろ姿を見ていた。
「……凛」
後ろから声がした。
「……なんだ」
凛が立っていた。
「……帰る」
「一緒に帰るか?」
「……一緒に歩くだけだ。恋愛禁止令は撤回されたが」
「撤回されたなら——」
「……うるさい」
でも凛が、安藤の隣に並んだ。
二人で歩き始めた。
朱音がメモ帳に書いた。
「恋愛禁止令:撤回。安藤の演説:ナルシストじゃない話し方だった——記録しておく。凛:"嫌いじゃない"を公衆の前で言った。これは凛にとって最大の公言だと思う。二人で帰った。歩くだけ、と言った。それでいい」
「付記:舞花が"禁止したらこの大学の何かが死ぬ"と言った。何が死ぬかは言わなかった。でも、たぶんわかる」




