細田の魂、鷲宮へ。〜聖地と本物の神、どっちが上か〜
金曜の深夜2時。
E塔裏の部室。
テレビの前に正座する細田葵人がいた。
画面には「らき☆すた」第22話。
こなたがコミケの会場を全力疾走している。
「……やっぱりこなたは神だ」
誰もいない部室で、細田が言った。
「ツッコミとボケのバランス。テンポ。あの声。完璧だ」
目が血走っていた。
ペットボトルにはエナドリが散乱していた。
「……諸君」
部室に誰もいないのに、細田が言った。
「明日——鷲宮に行く」
「誰もいないぞ」とマイケル(ドアから顔を出す)。
「なんでいるんだ」
「トイレ行く途中ヨ。鷲宮って何ヨ?」
「らき☆すたの聖地だ。埼玉県久喜市。こなたたちが住んでいた街だ」
「あー! アニメの聖地巡礼ってやつネ!!」
「そうだ」
「ワタシも行くヨ!!」
「なんで」
「日本文化、学術的価値アリネ!!」
細田が少し考えた。
「……来ていい。ただし、聖地に対して敬意を持て」
「Of course!! 神社ネ!!」
「神社じゃない。聖地だ」
「違いは?」
「……神社は本物の神がいる。聖地はアニメの神がいる」
「……どっちが上ヨ?」
細田が真顔で答えた。
「どちらも等しく尊い」
翌朝5時。
E塔裏の駐車場。
細田のフィット(GD3)が、エンジンをかけた。
パパン……パパパン……
L15Aの軽い4気筒が、朝の冷気の中で回り始めた。
助手席にマイケル。
後部座席に、なぜか準と雅紀が乗っていた。
「なんでいるんだ、二人とも」と細田。
「狭霧が早起きして神社の掃除してるって聞いたんだよ。見送りに行こうと思って」と準。
「関係ないだろ」
「ついでに乗せてくれ」
「雅紀は?」
「俺、らき☆すたちょっと好きだった」
「……乗れ」
フィットが走り出した。
関越自動車道・川越IC。
早朝の関越は空いていた。
街灯が流れていく。
空がまだ暗かった。
水平線の向こうが、少しだけ白み始めていた。
細田がステアリングを握ったまま言った。
「……こなたに初めて会ったのは中学2年の時だ」
「会ったというか、見たんだろ」と雅紀。
「俺の中では会った。あのキャラが——俺に"オタクでいいんだ"と思わせてくれた」
誰も何も言わなかった。
フィットが、朝の関越を走っていった。
パパン……
エンジン音だけが、静かに続いた。
朝7時。
鷲宮神社の駐車場。
「……着いた」
細田がエンジンを止めた。
朝の神社は静かだった。
境内に入ると、空気が変わった。
古い木の匂い。
砂利を踏む音。
「……ここに、こなたたちが住んでいた」
細田が鳥居の前で立ち止まった。
「住んでたって言っても、アニメのキャラじゃないのか」とマイケル。
「細田にとっては住んでたんだよ」と準。
「そういうものか」
「そういうものだ」
絵馬掛けに、大量の絵馬が掛かっていた。
こなたのイラスト。かがみのイラスト。つかさのイラスト。
「……ファンが来続けてるんだな」
細田が一枚の絵馬を手に取った。
「今日、ここに来ました。ありがとう、こなた」
書いて、掛けた。
マイケルが横で言った。
「ワタシも書くヨ!!」
「何書くんだ」
「"こなた、ワタシのレガシィが来年も壊れませんように"」
「願い事が混じってる!!!」
その瞬間。
境内の空気が変わった。
白い霧が、薄く漂い始めた。
「……」
鳥居の奥から、狭霧が歩いてきた。
白い和装。銀髪。
いつもと違って——目が、心なしか鋭かった。
「……準」
「来てたのか狭霧!!! 早起きだな!!」
「我が縄張りの近くに——」
狭霧が絵馬掛けを見た。
こなたの絵馬が、ずらりと並んでいた。
「……これは何だ」
「らき☆すたの聖地巡礼だよ!!」と細田。
「聖地」
「そう!! こなたっていうキャラの——」
「我の縄張りに——」
狭霧の目が、こなたの絵馬を一枚一枚見た。
「——アニメのキャラの絵が、大量に奉納されておる」
「奉納じゃなくて絵馬なんだが——」
「奉納だ」と狭霧。
「……まぁ、そうかもしれないが」
狭霧がしばらく無言で絵馬を見ていた。
「このキャラ——"こなた"とやらは、何者だ」
細田が一歩前に出た。
「……泉こなた。らき☆すたのメインキャラクターだ。オタクで、ゲームが好きで、勉強はしないが頭が良くて、友達を大切にする」
「……人の子か」
「アニメのキャラだ」
「だが——こんなに人々に慕われているということは——」狭霧が静かに言った。
「——現代の祝詞に近いものを持っているのかもしれぬ」
細田が止まった。
「現代の——祝詞」
「人の心に語りかけ、笑わせ、励ます。それは神の役割とさほど変わらぬ」
細田が、狭霧を見た。
「……お前、すごいこと言うな」
「我は数百年、人と神の境を見てきた。アニメとやらは知らぬが——人々が此処に来て心を置いていくなら、それは祝詞だ」
「——ありがとう、狭霧」
「礼を言われる筋合いはない」
でも——狭霧の耳が、少しだけ前を向いていた。
帰り際。
絵馬掛けを見ながら、狭霧が言った。
「……ただ一つ、言っておく」
「なんだ」
「この"こなた"とやらの絵馬が——我の縄張りのど真ん中に大量に掛かっているのは——」
「聖地だから仕方ないだろ!!」
「仕方なくはない!!」
「えっ、怒るのか!!?」
「我は霧ヶ崎の守護狐だ!! この縄張りに他所の"神"の絵馬が氾濫するのは——」
「こなたは神じゃなくてアニメキャラだ!!」
「人々が慕うなら神だ!!」
「それお前が言ったことだろ!!!」
「言ったが——自分の縄張りに増えるのは——別の話だ!!!!」
「縄張り意識強すぎる!!!!!!」
準が二人の間に割って入った。
「落ち着け二人とも!!!!」
「「落ち着いてる!!!!!!!!」」
二人が同時に言った。
雅紀が遠くから見ていた。
「……聖地で神様と喧嘩してる大学生、前代未聞だな」
マイケルが親指を立てた。
「ジャパニーズ文化、最高ヨ!!!!」
夜。
細田が部室のソファで眠りに落ちた。
エナドリの空き缶が3本。
らき☆すたの設定資料集が膝の上に開かれたまま。
夢の中で——
街並みが広がっていた。
鷲宮の街。
朝の空気。
「——おーい、起きてー。遅刻だぞー」
青い髪の少女が、走ってきた。
「……こなた」
「細田くんじゃん!! 久しぶり!!」
「久しぶり——って、俺たち会ったことないだろ」
「夢の中では会ったじゃん」
細田が笑った。
「……そうだな」
こなたが隣を歩きながら言った。
「今日、聖地来てくれたんだって?」
「来た。狐に喧嘩売られたけど」
「あー、あの神社の狐か。縄張り意識強いんだよね」
「お前、知ってたのか」
「夢の中では全部わかるんだよ」
細田が空を見上げた。
「……お前に会いたかった」
「なんで?」
「会いたかっただけだ。理由はない」
こなたが少し間を置いた。
「……ねぇ、細田くん」
「なんだ」
「現実でも——ちゃんと笑えてる?」
細田が止まった。
「え?」
「アニメの中だけじゃなくて。現実の、自分の話も——ちゃんと笑えてる?」
夕日が差してきた。
こなたの青い髪が、光に照らされた。
「……笑えてると思う。最近は」
「そっか」
「走り屋のやつらと一緒にいると——馬鹿みたいに笑ってる気がする」
「それが一番いいじゃん」
こなたが笑った。
「アニメは——"現実でも笑えるように"って思いで作られてるんだよ。聖地も、キャラも、全部そのためにある」
「……狐もそんなようなこと言ってた」
「現代の祝詞?」
「それだ」
「あの狐、いいこと言うじゃん」
「縄張り意識は強いけどな」
二人が笑った。
風が吹いた。
「——じゃあ、そろそろ起きなよ」
「もう少しだけ——」
「現実の方が面白いでしょ、今は」
細田が目を閉じた。
朝。
E塔の部室。
細田が目を覚ました。
涙が出ていた。
「……こなた」
周りにはいつものメンバーがいた。
「また泣いてんのか」と加賀。
「夢で会えた」
「誰に」
「こなたに」
全員が少し黙った。
「……鷲宮まで行って、夢で会って、泣いて——」と雅紀。
「それが最高の一日だろ」と細田。
「まぁ——そうかもな」
マイケルが言った。
「ワタシ、今日で"らき☆すた"が好きになったヨ」
「見たことあるのか」
「ない。でも——お前が大切にしてるもん、大切にしたいと思ったネ」
細田が何も言えなかった。
「……ありがとうマイケル」
「どういたしましてネ!! でもレガシィの修理代は別だヨ!!!」
「関係ない話するな!!!!」
舞花が缶コーヒーを飲みながら言った。
「……にしても、神社で神様と喧嘩してきたの、前代未聞すぎるわ」
「縄張り意識が強かった」
「神様ってそういうもんなの?」
狭霧が窓際から言った。
「……そういうものだ」
「いたのか!!!」
「ずっといた」
「聞いてたのか!!!!」
「ずっと聞いていた」
狭霧が細田を見た。
「……"こなた"とやら——今夜また夢で会ったか?」
「会った」
「……何を話した」
「"現実の方が面白いでしょ"と言われた」
狭霧が少し間を置いた。
「……賢いキャラだな」
「神様に言われると重みが違う」
「神と言うな」
「お前が言ったんだろ!!!!!!」
朱音がメモ帳に書いた。
「細田:鷲宮巡礼完了。狭霧と縄張り論争→決着なし。夢の中でこなたに会った。"現実の方が面白い"と言われた。現在、現実で笑えている——記録しておく」
「付記:狭霧が"現代の祝詞"と言った言葉、細田に刺さったと思う。マイケルが"お前が大切にしてるもの、大切にしたい"と言った——これも記録しておく。この集団、たまにいいことを言う」




