鉄研、環境活動家になる。〜ディーゼルを憎んで、人を憎まず〜
月曜日。
キャンパスの中庭に、ポスターが貼り始められていた。
『地球を守ろう! 鉄道の未来は僕らの手に!』
『排気音=地球の悲鳴』
『CO₂排出量:乗用車 vs 鉄道(比較グラフあり)』
高坂悠真が腕を組んで満足そうに眺めていた。
三輪が横から言った。
「先輩、これ急にどうしたんすか。昨日まで"蒸気機関の男らしさ"語ってたじゃないですか」
「夜中に気づいたんだ。ディーゼル車が地球を汚している」
「蒸気機関もCO₂出しますよね」
「蒸気機関はロマンで動いている」
「物理的には石炭で動いてます」
「ロマンに石炭を燃やしているんだ」
「CO₂出てますよね」
「……黙れ三輪」
佐野が脚立の上から言った。
「先輩、犯人めっちゃ身近にいますよ」
視線の先——E塔裏の駐車場に、セリカが止まっていた。
アイドリング中。
ヴォォォン……
高坂の目が、セリカに向いた。
昼。
E塔裏の部室のドアが突然ノックされた。
「自動車部!! 我々は君たちを地球温暖化の元凶として糾弾する!!」
高坂が入ってきた。
後ろに佐野と三輪が続いた。
全員がポスターを持っていた。
「……は?」と舞花。
朱音がコーヒーを吹いた。
高坂がポスターを広げた。
【1人あたりCO₂排出量(100km走行)】
乗用車:約21kg
鉄道(在来線):約4kg
鉄道(新幹線):約2kg
「乗用車は鉄道の5倍のCO₂を出している!! お前たちは地球の敵だ!!」
「お前らの石炭蒸気機関車は?」と加賀。
高坂が止まった。
「……蒸気機関車は——その、ロマン——」
「ロマンのCO₂排出量を教えてくれ」
「それは——」
「石炭燃やして走ってる機関車は、ガソリン車より排出量が多いぞ」
「蒸気機関車は文化財的な——」
「文化財は排ガスを出さないのか」
「それは——その——」
三輪が小声で言った。
「先輩、詰められてます」
高坂が三輪を睨んだ。
「黙れ三輪」
「黙りますけど、事実は変わらないですよ」
「……黙れと言った!!」
「いいか」と加賀。
「俺のセリカのエンジン——2ZZ-GEは1999年製だ。25年間、整備し続けて乗り続けている」
「それが地球を——」
「新しい車を買うにはどれだけのエネルギーが必要か知ってるか。製造過程でのCO₂排出量は? 既存の車を長く使い続ける方が、新車を買い続けるより総排出量が低い場合がある」
「それは——詭弁だ!!」
「事実だ」
「鉄道なら同じ距離を5分の1のCO₂で行ける!!」
「鉄道が通ってない場所には行けないだろ」
「それはインフラの問題で——」
「走り屋が走る場所は、鉄道が通ってない峠だ」
「峠に行く必要があるのか!!!」
「ある」
「なぜ!!!」
加賀が少し間を置いた。
「走りたいから」
高坂が頭を抱えた。
「それが——それが問題なんだ!! 個人の欲求のために地球が——」
「お前も鉄道が好きだから鉄研にいるんだろ。個人の欲求で動いてる点は同じだ」
「鉄道は公共交通機関だ!! 趣味と一緒にするな!!!」
「お前の蒸気機関車への愛は公共のためか?」
高坂が黙った。
三輪が静かに言った。
「先輩、足元が崩れてます」
「三輪、お前は今日から黙れ」
「黙りますが、先輩が蒸気機関の話をした時点で論理に穴が開いてたと思います」
「…………黙れと言ったろ!!!!」
環境活動サークルの代表が、中庭で高坂のポスターを見ていた。
「あの——鉄研の方ですか?」
「はい!! 今日から鉄研エコ部として活動します!!」
「いつから?」
「さっきからです」と三輪。
「勝手に?」
「地球のために!!」
「うちのサークルとの連携は——話し合いが必要で——」
「すでに連携してます!!」
「してません!!」
代表が困った顔をした。
「私たちは"駆逐"という言葉は使わない方針で——段階的な移行を——」
「駆逐だ!!」
「過激すぎます!!」
環境サークルの代表が、高坂を見て言った。
「あなた——昨日まで蒸気機関の話してましたよね。構内放送で聞こえてました」
高坂が固まった。
「それは——」
「石炭蒸気機関車のCO₂排出量、ガソリン車の3倍くらいありますよ」
「……」
「蒸気機関車が好きなのはいいんですけど——エコを語るなら、そこから整理した方がいいと思います」
三輪が小声で言った。
「先輩、味方に詰められてます」
「……黙れ三輪」
「黙ります」
構内で、鉄研がデモ行進を始めた。
「排ガス反対! カーボンニュートラル!」
「モーターカーよりモーターTRAIN!」
「それ韻踏んでる場合か」と佐野。
「韻を踏むことで記憶に残る!」
その瞬間。
ブォォォォン!!
マイケルのレガシィが、アイドリングを吹かしながら横を通過した。
「トゥットゥルー♫」
高坂が振り返った。
「環境テロリストだ!!!」
マイケルが窓から顔を出した。
「何!? ワタシ何かしたヨ!?」
「存在が排ガスだ!!!」
「ひどい言い方!!!」
加賀が横から言った。
「高坂、お前のその怒り——蒸気機関車には向けないのか」
高坂が止まった。
「……蒸気機関車は——」
「ロマンだろ」
「……そうだ」
「俺のセリカも、俺にとってはロマンだ」
沈黙。
高坂がセリカを見た。
赤いボディ。
25年間乗り続けられたエンジン。
整備されて、磨かれて、今日も動いている車。
「……それは——」
言葉が続かなかった。
学長が学長室から出てきた。
「なんで勝手にエコウィーク開催してるの」
「地球のために!!」
「地球より先に単位を救え」
「グサ、と三輪が言った。
「自動車サークルも——」学長が加賀を見た。「エコウィーク期間中、アイドリングは控えてください」
「わかりました」
「頼みますよ。鉄研が暴走してもあなたたちまで煽らないでください」
「煽ってないです」
「いつもは煽ってるよね」
「……善処します」
学長が戻っていった。
高坂が加賀に言った。
「学長も我々の味方だ!!」
「アイドリング控えろって言われただけだ。お前らへの指摘じゃなくて俺らへの指摘だったぞ」
高坂が固まった。
三輪が言った。
「先輩、味方に見えた人が中立だったパターンです」
「…………」
高坂は何も言えなかった。
夕方。
E塔裏。
加賀と高坂が、まだ対峙していた。
どちらも言葉が尽きていた。
言い切れない何かが、お互いの間にあった。
狭霧が縁石の上から言った。
「……どちらの音も、我には同じく聞こえる」
二人が振り返った。
「蒸気機関車の音も、セリカのエンジン音も——人間が情熱を燃やして作り出した音だ。石炭であれ、ガソリンであれ、その奥にある"速く走りたい、遠くへ行きたい"という願いは同じだ」
高坂が言った。
「……でも地球が——」
「地球の心配をするのも、人間の情熱だ。どちらが正しいとは言えぬ。ただ——」
狭霧の尾が揺れた。
「……燃やすものが違うだけで、燃やしている熱量は同じように見える」
沈黙。
高坂が、少しだけ力を抜いた。
「……俺、蒸気機関車が好きだ」
「知ってる」と加賀。
「お前はセリカが好きだ」
「そうだ」
「……好きなものを守りたいのは、同じかもしれない」
「かもしれない」
「でも——排ガスは減らした方がいい」
「それは認める」
「でも——走ることの価値を否定はしない」
「それも認める」
二人がまた黙った。
和解ではなかった。
でも——どちらも、少し視野が広くなった気がした。
三輪が小声で佐野に言った。
「……狐が一番まともなの、腹立つな」
「いつものことだろ」
翌日。
「ゴミ拾いをしながら走行練習をする」
「誰がそんな提案したんだ」と加賀。
「大宮先生です」と三輪。
「関係ない人間が提案するな」と加賀。
「でも——やるか?」と高坂。
「どういう意味だ」
「ゴミ拾いは俺たちの活動だ。走るのはお前たちの活動だ。同時にやれば——」
「CO₂排出しながらゴミ拾うのは意味がないだろ」
「意味はある!! トータルでプラスになれば——」
「計算が雑だ」
「雑でも動かないよりマシだ!!!」
加賀が少し間を置いた。
「……1回だけだ」
「よし!!!!」
結果。
ゴミ拾いドリフトを見た学長に全員が呼び出された。
「何やってんの」
「「「「「エコ活動です」」」」」
「エコじゃない」
「「「「「すみません」」」」」
全員が帰っていった後、朱音がメモ帳に書いた。
「鉄研とS・H・B:表面的な共闘→根本的な対立は継続。高坂の蒸気機関矛盾:本人も認識済みだが解決していない。加賀:排ガス問題を一部認めた。これは記録しておく」
「付記:狭霧の"燃やすものが違うだけで熱量は同じ"——この言葉、鉄研にもS・H・Bにも刺さったと思う。どちらにも言わないが」




