怒涛のアップガレージ川越遠征。〜理性よりパーツ、財布より浪漫〜
「……マフラーが、折れた」
雅紀が言った。
朝のE塔裏。
全員が雅紀のRX-8を覗き込んだ。
中間パイプとリアサイレンサーの接合部——フランジ面に亀裂が入っていた。
錆が進行して、金属疲労で割れたと思われた。
「お前それ何回目だよ」と葵人。
「定期イベントだな」と準。
「RX-8のマフラーは熱に晒される時間が長い。ロータリーはレシプロより排気温度が高いから——」と加賀。
「知ってる!!」
「じゃあなんで交換しなかった」
「金がなかった!!!!」
準が手を上げた。
「朗報だ。今週末、アップガレージ川越店が"秋の在庫一掃セール"やるらしい」
「OH!!!」とマイケル。「ジャパニーズ・パラダイス・オブ・スクラップ!!!」
「パラダイスじゃない」と加賀。
「でも行くだろ」
「行く」
前日。呉自動車。
「お前ら、アップガレージ行くのはいいが——あそこは魔窟だぞ」と呉。
「ただの中古屋でしょ?」と葵人。
呉がメガネを外した。
「違ぇ。**"理性を試す場所"**だ。お前らの脳のVTECが開く」
「燃料(財布)切れるまで全開ってことか」と準。
「そうだ。あそこに入ったら、"必要なもの"と"欲しいもの"の区別がつかなくなる。人間の弱さが出る」
「俺たちは大丈夫っすよ」と雅紀。
「必要なものだけ買います」と葵人。
「リストを作ってきました」と準。
呉が全員を見た。
「……お前らが"大丈夫"と言ったとき、一番信用できない」
「なんでですか!!」
「経験則だ」
舞花が腕を組んだ。
「私が同行する。被害者出すなよ」
「舞花さんがいれば大丈夫だ!!」
舞花が言った。
「あと——あそこの駐車場、なぜか毎回誰かドリフトしてるから気をつけろ」
「走り屋の聖地だな!!」とマイケル。
「聖地じゃない」と呉。
「魔窟だ」
土曜日。午前10時。
川越市内。
アップガレージ川越店の駐車場に、5台が入った。
駐車場には、86、シルビア、インプレッサ、ランエボが並んでいた。
全員がリアウィングか車高調か社外マフラーを付けていた。
「ほら見ろ、"頭文字Dに影響されました"って顔してるヤツばっか」と雅紀。
「俺たちが言うな」と葵人。
店内に入った瞬間。
BGM:EUROBEAT「Running in the 90's」
「EUROBEAT流してんじゃん!!!」
「雰囲気作る気満々だ!!!」
呉がため息をついた。
「……この音楽が鳴ってる間は財布を出すな。雰囲気に乗せられる」
「わかりました」
全員が10秒後に財布を出していた。
「早すぎる!!!!!!」
▼ 雅紀のコーナー
マフラーコーナーで、雅紀が止まった。
棚に、TRUST製フロントパイプが掛かっていた。
品番:MS11-SE3P-055
適合車種:マツダ RX-8(SE3P型)
対応年式:2003〜2008年
素材:SUS304ステンレス鋼、肉厚1.5mm
フランジ形状:4点ボルト止め
触媒後から接続、純正比排気抵抗約18%減
定価:¥89,000(新品)
売値:¥22,000(使用感あり・フランジ部に軽微な錆)
「……SE3P適合だ」
雅紀がタグを確認した。
「2003〜2008年……俺のRX-8は2009年式だ」
手を伸ばした。
「1年違う!!!!」
手が止まらなかった。
「フランジ形状が同じなら付くかもしれない!!!!」
「付かない」と葵人。
「付くかもしれない!!!!!!」
「呉さんに聞いてから決めろ!!!!」
スマホで呉に電話した。
呉が3秒で答えた。
「付かない。フランジのボルトピッチが違う。帰れ」
「……」
雅紀はそれを棚に戻した。
3歩歩いて、振り返った。
取った。
「22,000円分の夢を買うことにした!!!!!!」
「夢で買い物するな!!!!!!!!!!」
▼ 準のコーナー
ミッション・駆動系コーナー。
準が棚の前で固まっていた。
村上モータース製クロスミッションギアセット。
品番:VM-SR20-CRS5
適合車種:日産 シルビア/180SX(SR20DE/DET搭載車)
ギア比:1速3.321/2速2.077/3速1.458/4速1.129/5速0.888
ファイナル:4.083
素材:SCM415浸炭焼き入れ鋼
耐久性:純正比180%(サーキット使用想定)
売値:¥38,000(美品・取り外し品)
「……SR20DE用のクロスミッションだ」
準が目を輝かせた。
「SR20は名機だ。このギア比——1速3.321は街乗りには向かないが、サーキットなら最高だ」
葵人が横から言った。
「準、お前のノートNISMOは何エンジンだ」
「HR16DEだ」
「SR20とHR16DEは互換性があるか?」
「……ない」
「じゃあ買うな」
「でも——」
「買うな」
準がそのクロスミッションを30秒間見つめた。
そして言った。
「狭霧の詩に、"合わぬ魂も、共鳴することがある"という歌がある」
「ミッションに魂の話を持ち込むな!!!!!!!!」
「38,000円分の共鳴を——」
「共鳴しない!!!!! ボルトパターンが違う!!!!!!!!!」
▼ 加賀のコーナー
サスペンションコーナー。
加賀が棚の前で止まった。
TRD製スポーツサスペンションキット。
品番:TRD-ZZT231-SPK
適合車種:トヨタ セリカ(ZZT231型)
仕様:TRDスポーツサスペンション、バネレート前後変更
フロントバネレート:純正比145%(4.5kgf/mm → 6.5kgf/mm)
リアバネレート:純正比130%(3.2kgf/mm → 4.2kgf/mm)
車高変化:フロント約−15mm、リア約−10mm
ショックアブソーバー:TRD専用設計、減衰力固定式
適合年式:1999〜2006年(全期間)
売値:¥31,000(取り外し品・ショック要OH)
加賀がタグを手に取った。
「……ZZT231適合。全年式対応」
静かに確認した。
「バネレートが前後とも上がってる。でもショックがOH必要か」
スマホで呉に電話した。
「ZZT231用のTRDサスが31,000円で出てます。ショックOHが必要みたいですが」
呉が答えた。
「ショックのOH代が2万かかる。合計5万だ。セリカの今の車高調の状態は?」
「へたりが出始めてます」
「……交換時期ではある。買え」
「買います」
加賀がそれを抱えた。
舞花が横から言った。
「……お前だけ呉さんに電話確認した上で買った」
「当然だろ」
「当然なんだけど——なんか、お前だけが真面目すぎて逆におかしいわ」
「走り屋が足回りに金をかけるのは正しい判断だ」
「そうなんだけど——なんか、ね」
▼ マイケルのコーナー
電子部品コーナー。
マイケルが棚の前で叫んでいた。
「OH!!!! APEXi製ブーストコントローラー!!!!」
品番:APEX-EBC-EJ20-V3
適合車種:スバル インプレッサ/フォレスター/レガシィ(EJ20ターボ搭載車)
機能:電子制御式ブーストコントローラー、目標ブースト圧±0.005kgf/cm²精度
設定範囲:0.5〜2.0kgf/cm²(ECU補正推奨)
配線:純正ECUコネクター直結式
表示:デジタルディスプレイ(ブースト圧/吸気温/油温表示)
売値:¥18,000(動作確認済み)
「EJ20用!! ワタシのレガシィ、EJ20ターボ!! 完全適合!!!!」
「待て」と加賀。
「なにヨ!!」
「お前のレガシィのEJ20——型式は何だ」
「EJ20Gヨ!!」
「このブーストコントローラー——EJ20Hとの適合品だ。コネクター形状が違う」
マイケルが止まった。
「……EJ20GとEJ20H、何が違うのヨ?」
「EJ20Gは初期型レガシィ用。EJ20Hは後期型。インジェクターの制御系が違う。このコントローラーをEJ20Gに付けると——」
「付けると?」
「最悪、ECUが壊れる」
「Oh……」
マイケルが18,000円のブーストコントローラーを見た。
「でも——付けてみないとわからないヨ!!!!!!」
「わかってる!!! 壊れる!!!!!!!」
「でも夢ヨ!!!!!!!!!!!!」
「18,000円の夢は高い!!!!!!!!!!!!」
▼ 細田のコーナー
エアクリーナーコーナー。
細田が棚を見ていた。
HKS製レーシングサクションキット。
品番:HKS-70020-AH103
適合車種:ホンダ フィット(GD3型・L15A搭載)
タイプ:むき出しタイプエアクリーナー
フィルター:HKS製乾式フィルター、純正比吸気抵抗約22%減
パイピング:アルミ製インテークパイプ、内径φ60mm
同梱品:クランプ・ブラケット・専用ステー全付属
適合年式:2001〜2007年(GD3型全期間)
売値:¥8,500(未使用品・当時購入保管品)
「GD3適合——俺のフィット、GD3型だ」
細田が適合年式を確認した。
「2001〜2007年——俺のフィットは2005年式だ」
取り付け工数を確認した。
「純正エアボックス取り外し→インテークパイプ接続→ブラケット固定——DIYで1時間程度か」
「……これだけが正解っぽい」と葵人。
「「「「「細田だけか!!!!!!」」」」」
「8,500円で正解を引いた男になってしまった!!!!!!」
レジ前。
全員のカゴの中身:
加賀:TRDサスペンションキット ¥31,000
雅紀:TRUSSTフロントパイプ(適合外)¥22,000
準:村上モータース製クロスミッション(完全に別の車用)¥38,000
マイケル:APEXiブーストコントローラー(コネクター違い)¥18,000
細田:HKSエアクリーナーキット(唯一の正解)¥8,500
「合計——117,500円」
「……」
レジの音だけが聞こえた。
「学食、何杯分だよ」と細田。
「俺の今月の家賃と同じ……」と準。
「アメリカ帰りタイ!!!!!!」とマイケル。
「帰るな!! 割り勘だからな!!!!」
加賀がレジを見た。
「……一人あたり23,500円だ」
「「「「「高ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!!!」」」」」
「でも」
全員が加賀を見た。
「……満足だろ」
5秒の沈黙。
「「「「「うん(泣)」」」」」
川越街道。
「荷物、トランクに入らないよ!!!!」とマイケル。
「準のミッション、でかすぎる!!!!」と雅紀。
「仕方ないから助手席に乗せた!!!!」と準。
「ミッションが助手席!!!!!!!!!!!!」
「そっちの方が大事だから!!!!!!!!!!!!」
加賀のセリカは、TRDのサスペンションキットがトランクに収まっていた。
「加賀だけパッキングが完璧だな」と舞花。
「事前にサイズを確認した」
「……お前、今日1回も無駄遣いしてないな」
「してない」
「なんで?」
加賀がステアリングを握ったまま答えた。
「呉さんに確認してから買った。それだけだ」
舞花が少し間を置いた。
「……それが普通なんだけどね」
「そうだ」
「普通が一番難しいのよ、この集団には」
翌日。呉自動車。
「……結局、買ったパーツ——」
呉が一つずつ確認した。
雅紀のフロントパイプ——「フランジのボルトピッチ違い。付かない。返品しろ」
準のクロスミッション——「HR16DEに付かない。なんで買った」「38,000円の共鳴です」「共鳴しないから返品しろ」
マイケルのブーストコントローラー——「EJ20Gには付かない。コネクター形状違い。付けたらECU死ぬ」「ソーリー……」
細田のエアクリーナー——「GD3適合。問題ない。取り付けてやる」「ありがとうございます!!!!」
加賀のサスペンション——「TRDのZZT231用か。ショックのOHが必要だが問題ない。来週預かる」「よろしくお願いします」
呉がため息をついた。
「……5人中、まともに使えるのが1個と半分だな」
「半分は?」と加賀。
「お前のサス——状態はいいが、ショックOHの工賃が別途かかる。トータルコストで考えると——まぁ、妥当な買い物だ」
「半分じゃなくてちゃんとした買い物です」
「……そうだな。お前だけちゃんと買い物した」
「夢を買いましたヨ!!!!」とマイケル。
「返品しろ」
「返品不可でした!!!!!!」
「そんなことあるか!!!!!!!!!!!!!!!!」
「……結局、また来月も行くんだろ」と舞花。
「もちろん」と雅紀。
「次こそちゃんと買います」と準。
「同じこと言ってまた違う車のミッション買ってくるな」と朱音。
「今度は同じ車種用を買う!!!!」
「でも——」と葵人。
「楽しかったよな」
間があった。
「楽しかった」
「楽しかった」
「楽しかったナリ」
「楽しかった」
「楽しかった(ショック交換代が別途かかるが)」
「最後だけ現実的だった!!!!!!!!!!!!!!」
呉が缶コーヒーを一口飲んだ。
「……浪漫のサイズはフリーだ。だが適合のサイズはフリーじゃない」
「名言!!!!!!!!!」
「名言じゃない。現実だ」
朱音がメモ帳に書いた。
「アップガレージ遠征:総額117,500円。うち実際に使えるパーツ:加賀のTRDサスペンション(31,000円)とGD3用エアクリ(8,500円)のみ。残り78,000円:夢の値段。返品不可。浪漫のサイズはフリー。適合のサイズはフリーじゃない。呉さんの言葉、記録しておく」




