第三章:ガラスの虚飾
モデル事務所『ルミナス』の応接室。
マネージャーの佐々木は、デスクに広げられた凪の近影を見つめながら、小さく眉を寄せた。
「凪、最近少し痩せすぎじゃないか? クライアントからも『シャープすぎて、服が浮いて見える』って言われてるんだ」
凪は、真っ赤なグロスを塗り直しながら、鏡越しに冷ややかな視線を返した。
「今はこういうラインがトレンドでしょ。佐々木さん、流行に疎くなった?」
「……ならいいんだが。食事は摂ってるのか? あと、この間の撮影で、少し呼吸が乱れてたってスタッフが心配してたぞ」
「ただの夏風邪よ。もう治ったわ」
事務所を出た途端、凪は壁に手をつき、激しい眩暈に耐えた。
彼女はタクシーを拾い、三週間に一度の、死を突きつけられる場所……大学病院へ向かった。
診察室で、主治医の佐藤は重苦しく口を開いた。
「凪さん。数値が悪化しています。今日はこれから、八時間の点滴投与を行ってください。これ以上は、仕事以前に日常生活が危うい」
「……八時間? そんなに座ってたら、腰が痛くなるわね」
凪は強がって見せたが、処置室のベッドに横たわると、一気に疲労が押し寄せた。
細くなった腕の血管を、看護師が何度も探る。
「……刺しづらくて、ごめんなさいね」
「いいですよ、慣れてるから」
針が入り、透明な液体が体内に流れ込み始める。
八時間。
窓の外で、太陽がゆっくりと沈み、都会の夜景が灯り、そして深夜の静寂が訪れるまで。
凪はその間、ただ天井の染みを見つめ、滴り落ちる薬液のリズムを数えるしかなかった。
(……一、二、三……)
点滴台から伸びる細いチューブが、まるで自分を繋ぎ止める命綱のようであり、同時に逃げ場のない鎖のようにも思えた。
副作用で体が熱くなり、激しい吐き気が波のように押し寄せる。
けれど、彼女はナースコールを押さなかった。
ただ一人、暗い処置室で、体中を毒薬のような特効薬が巡る痛みに耐え続けた。
ようやく解放されたのは、日付が変わる頃だった。
病院の玄関を出ると、夜風が火照った体に冷たく突き刺さる。
彼女は薬局で、さらに増えた薬の袋を受け取った。
自宅のマンションに帰ると、凪は玄関で崩れ落ちた。
そこには、お父さんから送られてきたホッケや煮付けが、冷蔵庫の奥で手付かずのまま冷たくなっていた。
食べ物を入れる隙間なんて、今の凪の胃袋には残されていない。
「……お腹、空いたな」
呟きながら、凪はお父さんに電話をかけた。
「もしもし、お父さん?」
「おう、凪。こんな時間にどうした。仕事か?」
「……ううん、今帰ったところ。今日はね、仕事が長引いちゃって」
八時間の点滴。その事実を、彼女は「仕事」という言葉で塗り潰す。
「そうか。あんまり根詰めるなよ。お前の載った雑誌、近所のみんなに見せて回ったんだぞ」
「……ありがとう。ねえ、お父さん。送ってくれた魚、すごく美味しかったよ。今、全部食べ終わったところ」
「そりゃあ良かった。また明日、身の厚いやつを送ってやるからな」
「うん、待ってるね。……お父さん、大好きだよ」
電話を切り、凪は洗面所へ駆け込んだ。
点滴の副作用で、胃の中にあるはずのないものを吐き出そうと体が震える。
真っ白な陶器のボウルに、鮮やかな鮮血が飛び散った。
彼女は震える手でそれを洗い流し、鏡に向かって無理やり口角を上げた。
「大丈夫。まだ、笑える……」
鏡の中の「凪」は、お父さんが願った穏やかな海とは程遠い、嵐の中の難破船のような目をしていた。
この作品はAI40%、筆者60%で書きました。
原案100%筆者。
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