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第二章:偽りの日向(ひなた)


高木と別れてから三ヶ月。

凪の薬袋は、さらに一回り大きくなっていた。

副作用による吐き気を抑えるための錠剤、不眠を解消するための導眠剤、そして肺の痛みを麻痺させる鎮痛剤。

食事を摂るよりも、薬を飲み込む回数の方が多い日々。


そんな折、撮影の合間に立ち寄った代々木公園で、凪は「彼」に出会った。

保育士の青年、健太。

園児たちが飛ばしてしまったシャボン玉を追いかけ、ヒールを履いた凪の足元に転び込んできたのが始まりだった。


「……すみません! 怪我はないですか?」


見上げると、そこには凪の世界には存在しない、眩しいほど真っ直ぐな瞳があった。

数日後、同じ公園で再会したとき、彼は照れくさそうに笑った。


「凪さんって、すごく綺麗な名前ですね。海が静かな時のことですよね?」


「ええ。お父さんが付けてくれたの。漁師だから」


「いいなあ。僕の名前なんて、ただ健やかに太るようにってだけですから」


そう言って笑う健太の隣にいると、凪は自分が「不治の病のモデル」であることを、一瞬だけ忘れられた。

彼が連れて行ってくれるのは、高級レストランではなく、子供たちの声が響く動物園や、古い映画館だった。


しかし、恋が深まるほど、凪の体は悲鳴を上げ始めた。

ある土曜日、健太の家で手料理を振る舞われていたときのことだ。


「凪さん、来年の春になったら、僕の実家の近くの桜並木を見に行きませんか。すごく綺麗なんです」


「……来年の、春?」


箸が止まる。

心臓が警鐘を鳴らし、肺の奥から熱い塊がせり上がってくる。


「ええ。僕、凪さんとずっと一緒にいたいんです。あの、気が早いかもしれないけど……」


「やめて」


凪は短く遮った。

健太が語る「未来」は、彼女にとってはこの上なく残酷なナイフだった。


「どうしたんですか、急に」


「……健太君のそういうところ、本当に息が詰まる」


凪は立ち上がり、椅子を引く音を荒立てた。

喉の奥に広がる鉄の味を、必死に飲み下す。


「凪さん、顔色が……。ちょっと横になった方がいい」


健太が心配そうに肩に手を伸ばす。

その優しさに触れた瞬間、凪のプライドが激しく震えた。

(今の私の顔、きっと死人みたいに青白い。そんな顔で見ないで)


「触らないでって言ってるでしょ! あなたのその、お花畑みたいな善意、私には吐き気がするの」


「凪さん、何を……」


「あなたみたいな給料の安い保育士と、いつまでも公園で散歩なんてしてられないわ。私、もっと自由で刺激的な生活に戻りたいの。もう、ここには来ない」


凪はカバンを掴み、逃げるように部屋を飛び出した。

背後で健太が名前を呼ぶ声がしたが、一度も振り返らなかった。


夜風に当たりながら、激しく咳き込む。

ハンカチには、鮮やかな紅よりも深い色の血が滲んでいた。

公園のベンチに座り込み、ガタガタと震える手でスマートフォンを取り出す。


「……もしもし、お父さん?」


「おう、凪か。今ちょうど、干物を作ってたところだ。お前の好きなホッケ、明日送るからな」


「ありがとう。お父さん、私……。今日、すごく素敵なプレゼントをもらったんだ」


「ほう、誰にか」


「仕事のクライアントさんに。私、みんなに愛されて、本当に幸せだよ」


「そうか、そうか。凪が幸せなら、俺はそれでいい」


お父さんの穏やかな声を聞きながら、凪は暗闇の中で膝を抱えた。

本当は、健太の作った不格好なハンバーグを最後まで食べたかった。

春の桜を、隣で見ていたかった。


「お父さん……。私、お父さんに会いたいな」


「なんだ、寂しくなったか? いつでも帰ってこい。お前の部屋は、いつでも開けてある」


「……うん。またね。おやすみなさい、お父さん」


電話を切った凪の指先には、いくつもの錠剤が握られていた。

健太のくれた日向のような時間は、もう二度と手に入らない。

彼女は冷たい薬を一度に飲み込み、夜の闇に同化するように目を閉じた。


この作品はAI40%、筆者60%で書きました。

原案100%筆者。

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