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消えた王子
王子失踪の噂を聞いてから、もう五日ほどが経った。
いつも通り朝が来て、棚の上からクロが「魚は?」と催促する。
昼には客が来て、薬草の束や軟膏を買っていく。
外から見れば、何も変わらない日々だった。
けれど──噂は静かに広がっていた。
その日やって来た旅商人は、声をひそめて言った。
「王子が行方不明になったらしいぜ。宮廷の兵が総出で探してるって話だ」
「宮廷の……?」
「ああ、街道のあちこちで検問をやってる。身なりのいい若い男は、片っ端から調べてるとか」
包みを渡し、商人を見送る。
ふと棚の上を見ると、クロがこちらを見ていた。
無表情──のはずなのに、どこかで緊張の糸を張っているように感じられた。
その尻尾が、ゆっくりと一度だけ揺れた。
外の世界は騒がしくなりつつある。
けれど、この薬屋の中では、魚を焼く音と薬草の香りが、まだ日常を守っていた。