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噂話
新月の夜から、何も変わらない日々が続いた。
朝になれば、棚の上でクロが欠伸をし、魚をせがむ。
昼は、薬草の香りの中で調合をして、たまに棚の上から余計な口出しが降ってくる。
夜には、丸くなった黒い塊がランプの光に包まれて眠る。
あの晩のことは、夢のように遠のいていった。
私もクロも、その話題には一度も触れない。
日常は、静かに積み重なっていく──そう思っていた。
ある日の昼下がり、常連の老婆が腰を曲げてやってきた。
腰痛の薬を包んでいると、ふと思い出したように口を開く。
「そうそう、妙な話を聞いたよ。王子さまが一人、行方不明になったらしい」
「王子……?」
「宮殿からふっと姿を消したとかで」
老婆は声をひそめ、まるで天気の話でもするみたいに軽く続けた。
包みを渡して見送ると、棚の上のクロと目が合った。
いつも通りの、すました顔。
でも、その尻尾の先が、わずかに止まっているのを見てしまった。