出会い
その晩、外は冷たい雨が降っていた。
石畳を叩く水音が、薄暗い薬屋の奥まで響いてくる。
私は棚の薬草を布で拭きながら、閉店の支度をしていた。
──カラン。
入口の扉が、ひとりでに揺れた音。
こんな夜に客だろうかと振り返ると、そこには濡れ鼠みたいな黒い塊があった。
猫だ。
しかも、じっとこっちを見ている。
「薬でも欲しいの?」
軽く言ってみた、その瞬間。
「いや、毛布とメシが欲しい」
思わず布を落とした。
目の前の猫は、当然みたいな顔でしゃべっている。
「……猫ってしゃべるの?」
「しゃべってる猫にそう聞くの、すごく間抜けだぞ」
「……」
なぜか、妙に生意気な口ぶりだ。
よく見ると足に擦り傷があり、毛並みは雨でぐっしょり濡れている。
「……まあ、怪我してるなら放っておけないか」
「お、優しい。じゃあよろしく」
勝手に話を進める猫を抱き上げると、思っていたより軽い。
体温はまだ温かく、胸の奥で小さくゴロゴロと音がする。
作業台で足を洗い、傷に薬を塗る。猫は文句を言いながらも逃げない。
「いてっ……あーもう、乱暴だな。もっと繊細に扱ってくれる?」
「生意気」
「猫だからな」
「で、寝床は?」
「そこらの棚の上でいい。高いとこが落ち着くんだよ」
「じゃあ……まずは夕食ね。魚でいい?」
「魚以外って選択肢ある?」
こうして、黒猫は私の薬屋に居着いた。
名前を聞いても「猫本人に聞くやつある?」と嫌味を言うので、ひとまず「クロ」と呼ぶことにした。
雨は夜更けまで止まなかった。
その間、棚の上で丸くなったクロは、半分眠そうな目で私を眺めていた。
でも、ときどきその視線が妙に人間臭く感じられて──。
まるで、遠くから帰ってきた人みたいだと思った。