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第8話「楽園/条件」

初見の方は[目次]→[第1話]へどうぞ(検索:n4192kt)。

 転送が始まると、浮き上がった感覚に襲われた。

 視界は下へ流れるようだったが、真っ白。


 しばらくすると、視界の白色が薄くなっていき、転送先の風景が目に入った。


 魔道具の灯りで赤く染められた部屋。

 すぐにでも司祭との直接対決を覚悟していたが、良い意味で拍子抜けしてホッとした。


 ――しかし、すぐに異様な匂いに襲われた。

 俺は鼻と口を押さえる。

 強烈に鼻をつく甘い匂いがした。

 香炉の煙が低く漂う。空気が重い。


 それだけではなかった。

 部屋をよく見ると、薄衣の女性が複数人。

 ベッドや地面で寝ていた。


「いや、呆けているのか――」

 異様な光景に固唾を呑んでいると、ベルトに促された。

「おそらく司祭の部屋です。早く出ましょう。この匂いはいけません……」

 どこか苦しそうな表情だった。


 正気を失い、呻いている女性たちを横目に、部屋を出る。


 出た瞬間、戦闘を想定して構えたが、誰の姿も見えなかった。


 ホッとして、意識を緩め、ベルトへと質問した。


「ここは地上で間違いないよな?」

 ベルトは出てきた部屋のドアを確認した。

「……はい。司祭の部屋です。地上に戻れました」


 俺は考えた。

 地上には戻れた。

 次にすべきはルミナを急いで探し出すべきか。それとも奪われた黄封を取り戻すべきか。


「娘さんを助け出しましょう」

 まるで考えが伝わったかのようにベルトが答えた。

「入国証の保管場所は見当がつきます。娘さんの居場所もおそらく……」

 ベルトの手が震えていた。

「いいのか? そこまで俺に協力して。もう、ここには戻れなくなるぞ」

 ベルトがはっとした。

 そして、力が抜けたように笑った。

「私は嘘をつくのが苦手でしてね。そう言ってもらえると助かります」

「……なんで白袖奉仕会なんかに協力する? お前なら異様なことぐらいわかるはずだろ?」

 ベルトが首を振った。

「保証された環境、無償で提供される衣服や食事――それもまた真実なのです」

 笑い合う信徒や子供たちの姿が頭によぎった。

「だとしたら、俺に協力すればその生活もなくなる。それでいいのか?」

「……理由は司祭の部屋ですよ」

 自嘲するようにベルトは笑った。

「白袖奉仕会では婚姻は禁止されています。唯一許されているのは司祭だけです」

「おいおい、ていうと何だ? 男も女も年寄りなるまで、異性と交流することができないってことなのか?」

「違うんです! そこが巧妙なんです!」


 一瞬の沈黙。そしてベルトは視線を逸らしながら、続きを語った。

「異性との交流に制限はありません。たとえ、司祭の妻であっても、本人の同意さえあれば何をしたって罰則はないのです」

 胸の奥がざわついた。司祭の部屋で横たわる女性たちの姿が脳裏をよぎった。

「ここは楽園です。住まいも、食事も、秩序さえ守れば何をしても許されます。禁じられているのは所有することだけ」



 笑顔で走り回っていた子供たち。

 俺はてっきり、日中の保育施設か何かの光景だと思っていた。

 しかし、実際は、あの子供たちすべてが――


「白袖奉仕会に所属する者の持ち物はすべて、司祭の所有物なのです」


 この楽園は、持たない者だけが許される。

 所有の唯一者――それが司祭。


 思わず唾を飲み込む。たしかにここは楽園だ。

 司祭のための楽園。


「部屋の女性たちを見て確信しました。カレンダもおそらく……」


 深掘りする必要はなかった。これ以上は聞きたくもなかった。


「ルミナがいる部屋まで案内してくれ。お前の話が本当なら、変態じじいに何をされるかわかったもんじゃない」

 ベルトは頷いた。

「きっと、第一妻の部屋です。地下をつぶしてまで欲しい女性。丁重に扱われているに違いない」

「――たのむ」


 ベルトに先導され、その部屋へと向かった。


 本来のルミナなら勝手に力が抵抗しているはずなのに、何かが起きたそぶりはなかった。


 その理由が司祭にあるとしたら――生かしておくわけにはいかない。

 たとえ、それが楽園の創造主であったとしても。


 ベルトが指し示す部屋はすぐそこだった。


 遠くで鐘が一度、試しに打たれた。

続きは毎日21:00更新。面白かったら★ブクマで追えます。

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