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第8話「白袖奉仕会の正体」

 信者のベルトが、俺と白袖奉仕会を抜け出したいと言い出した。

 流石に怪しすぎる。


「急すぎるな。後ろから刺されないとも限らない、と邪推してしまうな」

「当然です。ですからこれから白袖奉仕会の真実をお教えします。それでも納得できなければ構いません。けれど、もし腑に落ちるなら、僕も同行させてほしいのです」


 ルミナの叫び声が聞こえた。すぐにでも娘の元に走りたいのだけど、ベルトの真剣な眼差しが気になったのも確かだった。


「――手短に頼む。長いと思ったら話の途中でも退出させてもらう」

「わかりました。結論から言います。白袖奉仕会の主な資金源は組織的売春です」


 思わず息を呑んでしまった。話に脈絡がなさすぎる。


「ちょっと待て。ぶっ飛びすぎてる。どういう意味?」

「ここでの食事、羽振りが良いと思ったでしょう。潤沢な物資の理由がそれです。僕にはこの事実が我慢できないのです」


 ベルトの肩がかすかに揺れていた。


「わかった。詳しい話は道中で聞こう。ルミナが連れていかれた場所、見当つくんだよな?」

「も、もちろんです! ぜひ、案内させてください」


 ベルトが扉を開けると、すぐ目の前に白袖の男が立っていた。おそらく監視人なのだろう。


「どうした? 何かあったのか」

「いえ、ちょっとですね」


 ベルトが監視人を手招きして、耳元に顔を寄せ、小声で呟く。


「――雷撃トニトルス


 ベルトの手から放たれた雷に、監視人は意識を失い倒れた。


「こ、これで僕も後戻りができませんね」


 震えながら振り返るベルト。どうやら本気のようだ。


 部屋を出ると、ところどころに松明が灯る薄暗い通路。壁にはいくつもの扉が並ぶ。どれがルミナの連れられた部屋か見当もつかなかった。


「娘さんが連れられた部屋はおそらく選定院です。大抵の女性は最初にあそこで適性を調べられますから」

「話の流れからやばい場所にしか聞こえないんだが」


 冷汗が流れる。ルミナのことだから、無理強いして何かをされる、という心配はないと思うが、それでも不安は拭えない。


「そこまで野蛮な組織ではないので、大丈夫だと思います。けれど、倒れている監視人に気づかれたら、ここも警戒態勢に入ります。連れ出すなら急ぎましょう」

「まあ、こうなったらお前に頼るしか方法はないよな」

「こっちです」とベルトは手招きして先導した。


 妙に積極的に動く。騙されている可能性もあるな、と思い、話しかける。


「何がお前をここまでさせる? 一応はここの信徒だったんだろう」

「……カレンダですよ。あなたも見たでしょう。彼女は僕の元妻なんですよ」


 薄暗い通路を奥へと歩く。できるだけ目立たないように。


「ここの信者となったその日に僕たちは別れさせられました」

「売春させるために?」

「それもあるのかもしれません。けれど、それだけでは理由にはなりません。白袖奉仕会の女性は全て司祭の妻なんです」

「おいおい、それは――ムッツリスケベだとは思っていたけど、そこまでやらしいじいさんだとは思わなかったぞ」

「司祭は去勢しています。あの人は守るために全ての女性と婚姻したのです」


 ベルトが足を止めた。

 その先にある扉の隙間から薄く煙が漏れていた。甘い香りがした。


「ここです。ここが選定院。僕から入りましょうか? それともあなたから」

「俺から入ろう。即座にヴォイドを放てるようにな」


 ベルトが首を小さくかしげ、目を細める。

 そんなベルトをよそに俺はすぐに扉の取っ手を握った。


「気を付けてください。選定院は奉仕会でも重要な部屋です。警備は武闘派の信徒が――」


 ベルトの言葉を無視するように、扉を強く開ける。

 大きな音が周囲に響く。


 部屋は薄赤く灯り、香の煙と匂いが充満している。奥には大きめの椅子が一つ。

 周囲にはあまり子どもには見せたくない道具がこれでもかと陳列されていた。


 部屋の中央、椅子の前に一人が佇んでいた。

 足元には青白く光る魔法陣。


「何事かと思えば、天使を連れ回す大罪人か」


 司祭の横にいた側近だった。

 すかさずナイフを投げた。


 ナイフは側近がかざした手の前で止まり、カランと地面へと落ちた。


「お前たち、ルミナに何をした?」


 冷静でいられなかった。何故、こいつらがルミナの正体を知っている。


「それはこちらの台詞だ。黄封に天使の子、この二つを前にただの旅人を名乗れると思っているのか?」

「ルミナはどこだ? 言え」


 俺は影の手(スレイバリー)を側近へと伸ばした。話している余裕はない。さっさとこいつを操って、ルミナの元へ急ぐ。


「――ベルト。お前が手引きしたのか」


 影が、足元の光陣に触れたところで止まる。

 側近は続いて入ってきたベルトの方へ視線を向けていた。


「僕は我慢ならないのです。妻が、カレンダが知らない男に抱かれている事実が」


 側近は肩を落とし、ため息をついた。


「そのような独占欲が国を、ひいては世界を狂わせているのだ。それが理解できないお前ではないだろうに」

「わかっていますよ!」


 ベルトは声を張り上げた。


「それでも、嫌なものは嫌なんだ。どんなに生活が潤っても、胸の苦しさは癒せない。白袖奉仕会に救いを見いだせない」

「ならばここを去ればいい。ただしカレンダは……」


 この先は聞かない方がよいと思った。

 俺は止めていた影の手(スレイバリー)を側近へ伸ばす。


 しかし、影は足元の光陣によって再び動きを止めた。


 肩が揺れ、手に力が入る。


「おいおい、どういうことだ。またヴォイドが弾かれたぞ」

「驚いているのはこちらだ、と言っている。足元の動く影、古の魔法――黒の魔法か。どおりで、天使の子を連れているわけだ」

「黒の魔法? 何だそれ」

「知らずに使っているのか? ――興味深いが、まあいい。大罪人にベルトよ。今から聞く質問に答えろ。貴様らは何をするつもりだ?」


 俺はちらりとベルトを見る。その顔から俺たちの目的は同じだと悟った。


「ルミナを連れてここをおさらばさせてもらう」

「カレンダと共に白袖奉仕会を抜けさせてもらいます」

「ならば、貴様らは敵だ」


 側近の足元の魔法陣が消えた。

 そして、側近が宙に浮き、構えた両手にそれぞれ赤と青の光が灯った。


 ベルトが弓矢を放つように構えた。構えた手に光の矢が現れる。


 側近がふわりと高度を上げ、見下ろすように言う。


「ワシに勝てると思うのか? 愛弟子よ」

「いつかは越えなければいけないと思っていました。それが今です」


 盛り上がる二人をよそに、俺はつぎの一手を撃つ。

 影から槍を側近に向けて放った。

 悪いが、お前たちのドラマに付き合っている暇はない。


「よっと!」しかし、側近は槍に気づき、空に浮きながらそれを避けた。


「そう驚いた顔をするな。ワシごときが黒の魔法使いに勝てるなんて思っとらんよ」

「へぇ。その呼び名かっこいいな、戴くよ。で、どうするつもりなの、おじいさん」

「お前が地上に上がれないよう、時間稼ぎをさせてもらおう。なあに、聖翼騎士団が到着するまでの間だ。それが終われば煮るなり焼くなり好きにすると良い」


 青の光球が放たれた。身をひねって避けた――つもりだった。


「甘い甘い」側近の声と共に過ぎ去ったはずの光球が進路を180°変え、再びこちらに向かって動き出した。


 ――やばい。当たる。


 そう思ったとき、ベルトが展開した光の盾によって光球を爆散した。同時に光の盾も消え去った。


「何をしているんですか! 上級魔導士がただ魔法を放つわけがないでしょう」


 ベルトに助けられたみたいだ。


「悪い。俺、魔法が使えないからさ。その、魔法戦の常識? みたいのがさっぱりなんだ」

「え……そんな。黒の魔法使いだって、さっき……」

「ほっほー!」側近が声を上げて笑い出した。

「古文書の通り、黒は厳密には魔法ではなかったか。魔法が使えない所を見ると……貴様、この世のものではないな」


 陽気にしゃべる側近の声が無性にイラつかせる。


「何だか懐かしいな……昔、若かった頃にもお前みたいなターゲットに会ったことを思い出したよ」

「それは良かった。さぞかし、そいつも難敵であっただろう」

「ああそうだな。だから俺は――」


 掌を合わせる。そこにくらやみが生まれ、金の装飾が施されたナイフが現れる。


 それを手に取り、構えた。


ヴォイドを使わずに、技術だけでぶっ殺してやった」


 側近の口元が上がり、目元が開く。


「慢心だな。全盛期をとうに超えているのに気づかんか初老よ」

「俺はまだ三十五! 初老はまだ先だ、老いぼれ!」


 俺は刃先を上げ、一歩で間合いを詰める。


読了ありがとうございました。

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