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第6話「黄封の正体」

 ルミナの進言。気づいてはいたけど、この教会。色々と怪しい。

 帝国の情報を聞き出すにはもってこいだと思っていたが、ルミナを怖がらせすぎてはいけない。さっさとここを出よう。


「じゃあ、戻ろうか」


 うんうん、と全力で首を動かすルミナといっしょに、反対方向を向く。


 いつの間にか、白い袖の男たちに囲まれていた。全員、笑顔だ。


「どうぞどうぞ、こちらです」


 男たちは白い壁の内側へと押し込もうとする。


「さわらないで!」


 ルミナは抵抗しようとしていたが、強靱な成人男性の筋力には敵わず中へ引っ張られる。

 俺は抵抗せず、流されるまま中へ入った。


 ガシャン、と入口の鉄格子が閉じた。


「なんで鉄格子?」


 ルミナが叫ぶ。


 さすがにすっとぼけるのも限界か――。

 しかし、白い袖の男たちや女たちの顔をうかがうと、険しい表情はない。むしろ、穏やかな印象を受けた。もう少し様子を見てもいいのかもしれない。


「まあ、なるようになってみよう。いざとなれば全力で逃げるだけさ」


 ルミナの肩を叩いた。


「うー」


 ルミナは呻いていたが、どうにか落ち着いてくれた。――諦めてくれたのか、奥へ向かう抵抗はやめた。


 そのまま礼拝堂へと歩かされた。

 畑仕事に従事している人、家具を直している人、走り回る子供たちに、黒い服を着た聖職者が笑顔で注意している。

 素朴で、どこか懐かしいのどかな風景だった。


「司祭さま! 新参者です!」


 どこからともなく大きな声が聞こえた。


 礼拝堂に入ると、中央奥の壁に巨大な天使の浮き彫りが目を引き、その下の教壇の前の司祭と男女二人組が話をしていた。


 しばらくすると、男女が泣きわめき出し、白い袖の男たちに別々の方向、左右の奥へ続く扉へと引っ張られていった。


 俺は周囲にいるこの教会関係者らしき人の人数を数えた。――16人。真ん中の司祭を入れて17人。数人は戦闘経験がありそうな動きに見えた。


 この程度の人数ならヴォイドに頼らずともどうとでもできるが、帝国に入ったばっかりで事を大きくするわけにはいかない。


「どどどどうするのこれ。絶対やばいとこだよここ」


 ルミナはテンパってた。


「まあ、とりあえず言われる通り従ってみよう。悪い人たちではなさそうだし」

「前の人たち泣き叫んでたのに!?」


「こちらへ」


 俺たちの番のようだ。教壇の前まで歩く。


 目の前には教壇を挟んで司祭。満面の笑顔だ。


「あなたたちは天使に従いますか?」


 俺はルミナを一瞥する。めちゃくちゃ冷汗かいている。

 否定して口を閉ざされても困る。情報を得るためには口は合わせたほうが得策だろう。


「――はい」


 そう答えた。司祭は更に口角を上げた。


「ならばその胸の黄封を私に」

「なぜ? 話が繋がらないけど」

「誓約書が欲しいのでは? この国で、後ろ盾もなく物事をできると?」


 ギルド登録にそんなものが必要だとは聞かなかった。けれど、証書を理由に追い返されるのも面倒だ。


 この国で、嘘も真実も判断する基準がない。流れに任せる以外、選択肢はなかった。


 俺は仕方なく黄封を渡す。

 横にいた側近が細かく封を調べる。


「――たしかに本物ですね」


 そして、封を止めていた蝋を破り、中身を取り出した。


「おいおいおい。そんなことして本当にいいのかよ」


 俺の指摘を無視しながら側近は中を確認する。

 ひととおり読んだあと、司祭の手に封書が渡された。

 封書を読んだ瞬間、司祭の眉が釣り上がった。


「――ちなみに、これの意味がお分かりで?」

「並ばずに入国できる特別な入国証だろ?」


 司祭がこめかみに指を当て、首を振る。


「これはですね――別名『殺しの許可証』と言われているものです。噂には聞いていましたが――現物は初めてです」


 司祭の声だけが弾んでいた。


 耳の内側で心音が鳴った。――門兵の異様な厳しさに抱いていた違和感も腑に落ちた。

 ――ノノにやられた。何が黄封だよ。とんでもないものを紹介しやがった。


 背後にいる白袖の男に、ぐい、と力強く肩を握られた。

 ルミナを見ると同様に肩を掴まれている。


「お二人の関係は?」


 司祭が俺とルミナを交互に見ながら聞いてきた。


「えーと……親子で傭兵やってます」

「では、副業で殺し屋をやっているとのことですな」


 側近が息を吐き、呟いた。


 司祭はため息とともに肩を落とした。

 ルミナに睨まれた。なんで誤解を与えること言うの? と言いたそうにしている。

 仕方ないだろう。こんな物騒な許可証持っている職業なんて殺し屋ぐらいしか思いつかない。


 側近が口を開いた。


「昨晩、城門外スラムで組織ファミリアのアジトが襲撃されたと聞いております。まあ、その時に盗んだのでしょう」

「譲ってもらったんだよ。決して盗んでなんかいない」


 司祭と側近が固まった。


 しまった。余計なことを言ってしまった。


 ルミナは更に怒気を込めてこちらを睨む。


「帝国軍に連絡しますか」


 側近の言葉に司祭は顎に手を当てて考える。

 しばらくの沈黙後、首を振った。


「――いえ、本来ならそれが正しいのですが、ここは白袖奉仕会です。罪人だからと見捨てるわけにはいきません」


 司祭がすっとこちらを見た。


「我が会に入会し、改心するなら、この件は聞かなかったことにしましょう」


 その言葉に心音が一瞬高鳴った。

 何だ、この感覚。


「これはあなた方のために言っています。外に出れば、不要な噂に狙われることになる」


 胸に黄封をしまう司祭。

「司祭様はお優しい」側近が笑った。


「ちょっと待て!」

「どうしましたか?」

「なんで当然のように黄封を持っていこうとしているんだ? それは俺の物だぞ」

「俺の物? 公式には存在しない黄封の所有を訴えるのですか?」


 反論の言葉が喉でつかえた。肩を落とし、半歩だけ下がった。

 側近が司祭の代わりに語り出す。


「人殺しを罪に問わない証書など、皇帝閣下が認めるわけなかろう。むしろ議会の突き上げの原料になりかねない」

「えっと、じゃあ、その黄封は……」


 ため息まじりにルミナが答えた。


「何の意味もない紙切れ。外から来たわたしと父さんにとっては特に……」


 俺の口元が固まる。急にルミナが会話に入ってきた。


「もっと言えば、偽の証書で入国したわたしたちは密入国者扱い。国外へ追い出されるか、牢獄に閉じ込められる……もしくは」

「死をもって刑を処す、ですかな」ルミナに続いて側近が答える。


 側近の声に、屈強な白い袖の男が二人、俺たちを逃がさないように更に強く肩を捕まえた。

 なんだか、ことの重大さに気づいていないのが俺だけのような雰囲気。


「どうぞこちらへ」――背後からそう言われた。


 ルミナを見ると見ず知らずの男に触られて、小刻みに震えていた。

 まずい状況だ。いつ、暴走してもおかしくない。


「落ち着け!」と叫ぶ。


 すると、ルミナが殺意を込めた笑顔でこちらを見る。


「誰のせいだと思う?」

「俺のせい……。いや、俺のせいなの?」


 ルミナは「うん」と一言答えた。

 俺はやけくそで司祭を睨む。


「俺たちをどうする気だ? ていうか、なんで城門のやつらは俺を通したんだ?」


 司祭は笑顔を崩さない。が、その目の奥を読むことができない。


「この国は今、穏健派と改革派で対立しています。黄封など手に入れてしまえば、どちらからの陣営に取り入れられてしまう。だから私たちに押し付けたのでしょう」


 司祭が、俺とルミナの背後の男に首で合図すると、掴んでいた肩から力が抜けた。


「悪いことは言わない。我々に従いなさい」


 司祭の指示に白い袖の男たちによって、俺とルミナは別々の方向へと誘導される。


「こちらへ――」


 先ほどまで肩を掴んでいた男が丁寧な振る舞いで、道を示した。


 ルミナは俺とは反対方向の通路へ。前の二人と同じく、別々に連れていかれた。


「父さん――」


 ルミナが見上げるように呟く。


「大丈夫。すぐに迎えにいくから」


 笑顔を送り、男の誘導どおりに奥の通路へ歩く。


 一瞬立ち止まり、司祭へ振り返る。

 司祭は視線だけこちらへ向けた。


「一応、言っておくけど。ルミナに変なことだけはするなよ。どうして貧相な俺が黄封を持っているか、ちゃんと考えてくれよ。この教会がなかったことになるのは嫌だろ?」


 司祭は笑顔を一瞬だけ止め、視線を逸らした。


 俺はすぐに通路へと体の向きを戻す。


 誘導されるままに歩いている最中、心音が一つ強まった。

 一見、俺たちを救うような言いぶりの司祭。

 けれど、あの黄封を奪う必要はあったのだろうか。


「立ち止まらないでください」


 背後の白い袖に押された。


 ――まあ、いい。司祭の出方で黄封の効力がわかる。

 情報を仕入れたら、ルミナを連れて出る。――司祭には悪いが、俺は天使が嫌いだ。


読了ありがとうございます。面白かったら⭐︎やブクマで応援いただけると励みになります。

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