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第5話「地下の誓約室/楽園の地下」

初見の方は[目次]→[第1話]へどうぞ(検索:n4192kt)。

 白袖に案内されて地下へと降りていく。

 石が敷き詰められたらせん階段。所々に魔道具で灯りが灯されている。肌寒い感覚、湿った匂いが鼻をつく。

 周囲の石壁を見ると、所々に浮き彫りの装飾。

 礼拝堂の天使と違い、こちらは獣の彫刻だらけ。

 地上は天国、地下は地獄。わかりやすい。


「なあ、兄さん」


 先導する白袖に声をかけるが反応はない。


「ここって給料いいのかな? こんな地下に彫刻を彫るぐらいだから、金回り良さそうなんだけど」


 先導の白袖は顔を向けずに答える。


「給料などない。ここは、すべてが支給される。欲まみれの帝国内での唯一の楽園だ」

「無駄口叩くな!」


 後ろからついてくる白袖に怒鳴られ、会話が止まった。


 とにかく地下へ――地下へ――


 って遠いなおい。


 10分ほど歩き続けてようやく地下奥まで行き着いた。


 灯りが乏しく遠くまではよく見えないが、地下牢のような感覚に陥った。

 遠くで、水滴が落ちる音が聞こえる。


「アァァァァーッ!!」


 扉の向こうから叫び声が聞こえた。

 突然の音に驚いてしまった。


 背後にいた白袖が笑う。


「教えに逆らった者の末路だ。お前もああなりたくなかったら、素直に白袖奉仕会へ――」

「そんなことよりも、女の声? 男女で別々の場所に分けられるんじゃないの?」

「二手に分かれてここで合流するんだよ」

「え? じゃあ、なんで地上で入り口分けてんの?男女一緒に連れてきた方が楽でしょ、おたくらも」

 白袖の二人が腕を組んで悩む。


「なんか、こう――雰囲気?」


「あ、そう」


 目の前には古びた木製のドア。

 カビの匂いがきつい。


「この奥に入れ。ここで貴様は誓約書を書いてもらう」


 ギィと音がした。


 俺は押される形で部屋の中へと放り込まれた。


 どんな劣悪な環境が待ち受けているのか、と覚悟して部屋の中を見る。


 眩しい――。


 暗い通路を歩いていたせいか、目が慣れない。


 ゆっくりと瞼を開けると、

 綺麗に敷かれた木の板、机、椅子、本棚。天井には柔らかい色合いを放つ魔道具の灯り。

 香が甘くなる。眠気を誘う匂いだ。


 ここは、どう見てもリビング。快適に生活できそうだ。


「え? どういうこと?」


 白袖に聞こうと振り返ると、勢いよくドアを閉められた。


「逃げようなどと思うなよ……外には常に監視人がいる。トイレに行きたい場合は遠慮なく声をかけるんだ……フフフ」


 扉の向こうから悪びれもない声が聞こえた。


 頭が混乱する。

 何がしたいんだこいつら。


「やられたね、君も」

 男の声。

 どうやら先客がいたようだ。


 部屋の中には男女一人ずつ、計二人がいた。

 椅子に座る男の片手には酒樽。

 机にはワインのラベルの瓶が置いてある。


「好きに飲んでいいって」

 女の方が声をかけてきた。


「いやー、それは……嬉しいね」


 リビングの時計だけが止まっていた。



 男はベルト、女性はカレンダと名乗った。

 二人は帝都で結婚し、事業を営んでいたが、失敗。

 生活に困っている中、風のうわさを頼りにこの教会へとたどり着いた。


「まさか、全財産を差し出せと言われると思いませんでしたがね」

 ベルトは苦笑した。


「二人も寄付を断ったから、地下へ?」

「そうですね。ただでさえ事業に失敗して落ち込んでいる中でしたから、正直私の人生もここで終わりかな、と思ったんですけど」

 ベルトは木樽に入ったワインを口にして、部屋を目でぐるりと見た。

「この好待遇の生活を保証されてるなら、それもそれでありか――と思ってきてしまって」

 かちゃっとお皿が机に並べられた。持ってきたのはカレンダ。

「疲れてるのよ――色々あったから。今は何も考えずに食事をいただきましょう」

 カレンダが差し出す手をにぎり、ベルトは「そうだね」と答えた。


 机に並べられたのは、生き生きと水を弾く新鮮なサラダに焼きたての香ばしい匂いがするパン。

 さらにコンロで焼いた骨付きのラム肉まで用意された。


「これ、教会からの支給なの?」

 俺は驚いた。

「はい。――こんな御馳走、本当に頂いていいのかしら」

「いいんだよ。僕たちは聖翼教会の信徒であることには違いない。きっと同志への気遣いみたいなものさ」

「そうね――そうよね。遠慮せずに頂くのが礼儀なのかも……って!」

 カレンダが驚いて俺を指さした。

「ん?」

 すでに料理を口にしていたせいか、二人とも引くように驚いている。

「お祈りもしていないのに……」

 カレンダが引いているのをベルトが制した。

 そのまま、二人は天使への祈りを捧げて食事を口にした。


「帝都ではもっといいもの食べていたのか?」

「まさか! 富を築けた人たちは毎日のようにパーティざんまいだろうけど、平民はより質素な生活を強いられているよ。それこそ、明日のパンを得るのに必死なぐらいさ」


 なんとなく帝国の方針が見えてきた。

 実力主義の国。

 富を得られれば自由と快楽を満喫できて、得られなければ明日すら不安な生活。

 普通に暮らすだけなら、帝都外の村や町で暮らした方がよっぽど幸せだ。もしくは、ここに住んでいる方がいい生活にありつけるのかもしれない。


「それにしても、この教会はどういう仕組みなんだろうか。礼拝堂に来るまでの信徒たちは、帝国の実力主義とはほど遠い生活をしているように思えたけど」

 帝国のシステムではあんなのどかな風景は描けないと思った。

「司祭――が生活のすべてを指導しているのですよ。だから信徒は指示された仕事をする。お金はもらえないけど、その代わりに生活の基盤は保証しているみたいです」

「へぇ――くわしいねあんた」

 ベルトを見ると、代わりにカレンダが答えた。

「あなたが来る前に、修道士の方が来たのよ。誓約書のサインを求めて。私たちは断ったから――それでまだこの導きの間から出られなくて」


 一瞬、ベルトが壁に掲げられている大鏡に視線をやった。

 全身を写し出せるぐらい大きい。

 正直、この部屋の中でも異彩を放っていた。


 俺は立ち上がり、その鏡に手をやる。


「ど、どうしたんですか急に!」

 ベルトが焦って立ち上がった。


 鏡に写る手を見た。

 ――なるほど。

 俺はすぐに振り返った。

「いや、よい鏡だなと思って」


「壊して弁償だと言われたら大変ですよ」

「近づかない方がいいんじゃない?」

 ベルトとカレンダがそう言った。


「そんなことより――」

 カレンダが俺の横に椅子を持ってきて座る。

 吐息を感じるほど近くに近づく。


「あなたはどうして帝国に?」

 旦那が目の前なのに近すぎないか、と思ったが、ベルトは特に気にしていないようだった。

 なので、俺も特に気を使うことなく答えた。


「お金稼ぎだよ。行きたい場所があってね。そこに行くにはお金が必要だったから、手っ取り早く稼げるかなと思って」

「行きたいとこって?」

 カレンダの質問に、少し沈黙した。

 果たして、言っていいものだろうかと迷ったが――逆に、二人がどういう反応をするか見れるならいいかと思った。


「天使の塔に行きたいんだよ」


 ガタッと椅子が落ちる音がした。

 ベルトが立ち上がっていた。

「て、天使の塔って――あんた本気で言っているのか?」

「本気だけど……」


 ベルトが頭に手を置いて振る。

「帝国に入るのとは訳が違うぞ。あそこは、それこそ天使だけの島。人ごときが近づく場所じゃあ……」


「まあ、みんな言うよね。この世界の人は」

「この世界?」

 カレンダが反応した。

 失言だ。


「いや、気にしないでくれ。極西の島国出身だから。ただの言い間違え」


 それでもベルトの興奮は収まらなかった。

「そもそもどうやって帝都に入ったんだ?言っちゃ悪いが、帝都には毎日1000人単位で入国希望者が来ている。相当な伝手や権力がなければ数年、いや10年待ちすら平気であるんだぞ」


「まあ、色々やってね。昔は暗殺者とかやっていたこともあったから、裏のルートは色々と――って、これも失言だったかな」


 二人の言葉が止まった。


 すると、ドアを叩く音が響いた。


 カレンダがドアまで歩き、開くと、監視人が何かを伝えていた。


「どうやら呼ばれたみたい」

 カレンダはそう伝えて、外へと出た。


 残された俺とベルトは黙ってその姿を見ていた。


 と、ドアが閉まる瞬間――


「放せえええ!!!」

 ルミナの声が聞こえた。


「ルミナ!?」

 立ち上がると、同時にドアは閉まった。


 急いでドアを開こうとドアノブを掴んだ。


「何の用だ?」

 ドアの向こうから監視の声が聞こえ、そっとドアから手を離した。


「今の声って…」

「俺の娘の叫び声だよ」

 俺の言葉にベルトは何かを言いかけたが、何も言わずに、下を向いた。


 これまでの話で帝国とこの教会のことは大体わかった。

 飯と寝床さえあればしばらく滞在してもいいか、とも思ったが、

 ルミナに何かをしようとしているのなら話は別だ。


 腐っても、ここは天使を崇める聖翼教の分派、白袖奉仕会。


 ルミナに興味を持たれてしまえば、平穏で済むわけがない。


「世話になったな」

 ベルトへ声をかける。


「ど、どういう意味ですか?まさか……」


「娘の危機みたいなんでね。そろそろお暇させてもらうよ」


 和やかな時間は終わる。ここからは、本気を出させてもらう。


 灯が一段、赤に変わった。

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