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第5話「VS終局魔法ドゥームズデイ」

 重ねた指の隙間から、不可視の微小球が射出される。


 ふいに足裏が微かに鳴った。石畳の目地が一筋だけ白く欠ける。雲が走る。遠雷が鳴った。


 微小球が太陽を模した終局魔法ドゥームズデイに接触した。

 音も余韻もなく、あっけなくそれは消え去った。


「なん、だと――」


 空に浮く男の瞳に、焦燥と空虚が走った。一万年にわたって積み上げた最高傑作が――瞬き一つで崩れた。


 それでも放たれた微小球は止まらない。目標は男。

 次の息で触れた。世界が反転し、男は剥がれ落ちる。


 男は平行置換(ディ・エンドローゼ)により、別世界の自分と瞬時に入れ替わる。

 だが微小球は、置換先でも同じ座標に照準し続ける。置換のたび、「消滅」が繰り返された。


 その無限も、傍から見れば一瞬の出来事。男は完全に停止し、ドスンと宙から地面へ落ちた。見た目も触感も同じ――ただ、動かない。


「ふう――」一息つく。


 視界が血で真っ赤に染まっている。けれど、手足は動く。

 本気のヴォイドが世界へどのような影響を与えたかはわからないが、今のところこちらの負傷程度で済んでいるみたいだ。


 男が停止したことにより、封を包んでいたエネルギーが消え去り、はらりと地面へ落ちた。

 ――終わった。


「何が起きたの?」


 振り返ればノノ。全部見られていた。俺が異能の力を使ったところも。


「この男は誰? いえ、どうしてあなたが組織(ファミリア)のアジトに――いえ、もう、何から聞いていいのか――」

「この男は組織(ファミリア)のボス。黄封をくれるように頼んだら、喧嘩になっちゃって。まあ、気にすることじゃないよ」


 地面に落ちた黄封を拾う。二枚。たしかに頂いた。


「気にするわよ! 建物が消えて、人もいない。残ったのは倒れた男とあなただけ。これだけでも、大事件でしょう」

「喧嘩をした。俺の方が強かった。それだけの話だよ」


 黄封をひらりと掲げ、ノノへ見せる。ルミナに見せる顔がひとつ増えた――そう思ったとき、音が消えた。


「あれ――?」舌が自分のものじゃない。視界の全てが灰色に見える。

「まだ――ルミナに、塔に」未練だけが頭で連打される。胸の中で最後の一打。地面が額を拾った。


 ◇


 目が見えない。体が動かない。辛うじて音だけが聞こえる。

 意識が戻ったと思えばこのありさまだ。

 回復しきっていない状態で制限無しのヴォイドを使用した代償なのだろう。


 「あんたはヴォイドに頼りすぎなんだよ!」師匠の言葉が頭の中でこだまする。


「しかしだな、それでは何のために帝国へ侵入したのかがわからなくなる」

「真の目的は天使の打倒よ。天樹のしずく(レリック)ではなかったはずよ」

「言いたいことはわかる――まあ、いい。お前がリーダーだ。指示に従おう」


 会話が聞こえた。何の話をしているのだろうか。


「彼はこの世界の理に縛られていない。きっと天使へのカウンターになる。ここで殺すわけにはいかないのよ」


 薬瓶の栓の甘い匂い。口に液体の感触。自然と喉を通った。

 瞬間。

 目が開く。活力にあふれ、俺は立ち上がった。足で地面を踏み、手を何度も握り、開く。

 指がわずかに震えていた。安堵が遅れてやってきた。


 完全に回復した。体力が、とかいう次元じゃない。俺の肉体は今最高の状態へとなっている。


「すごいな。さすがは天樹のしずく(レリック)――古遺物の力だな」


 声がする方をむく。元店主だった。隣にいるのはノノ。


「お前たちが助けてくれたのか?」


 元店主は手を広げ肩をすくめた。


「そう。私たちは瀕死のあなたを助けた。これで貸しが一つ出来上がったってわけ」


 ノノがこちらを鋭く睨みつけるが、一拍置いてすぐにやわらかく微笑んだ。

 違和感がある。こんなキャラだっけ。


「帝国へ行くんでしょ? 黄封があれば、まあ――城壁内へ入れるでしょう」

「えっと……ルミナは?」


 元店主が指をさす。スヤスヤと気持ちよさそうに寝ている姿があった。


「ルミナちゃんが起きる前に私たちはここを去ります。あなたがスラムの組織(ファミリア)を壊滅させちゃったから、ここで身を隠す意味もないしね」


 ノノと元店主が宿のドアを開ける。朝日が入り込む。


「待て。頭が追いつかない。お前たちは結局何だったんだ?」


 俺は咄嗟に二人を止めた。このままでは昨晩のやり取りが夢のようにぼんやりとしてしまう。


「それをあなたが言う? 秘密はお互いさまでしょう」

「俺は隠していたつもりはないけどな」


 足元の影を動かし、ノノの影へ、そして交差する直前で止めた。

 ノノは胸だけで浅く息をし、影の動きを無表情で見続けた。しかし、彼女の警戒心が一段階上がったのを感じた。


「おいリーダー。ここでかっこよく去るのはいいけど、ちょっとぐらいは説明しとかないと後々めんどうになるんじゃないのか」

「それもそうか――ごめんね。宿屋の娘は仮。親子でもない。天樹のしずく(レリック)は今、あなたに使ったから、もうないわ」

「――そう、なんだ」


 やばい。情報量が多すぎて、頭が追いつかない。


「ただの無駄足に終わってしまったわけだ」


 元店主が肩を落とし、口元を歪めた。


「そんなことはないわ。彼との出会いだけでも、帝国まで来たかいがあった」


 ノノが目だけで笑いながらこちらを見る。


「何言っているのか本当にわからないけど。褒めてくれているんだよな?」

「もちろん。それじゃあ私たちはもう行くわ。あなたが天使を還す旅を続けるなら、いずれ遠くないどこかで」


 ノノと元店主が外へ出る。ドアが閉まる。


「ちょっと待て。おまえらなんでルミナのことを――」


 閉まりかけのドアの隙間からノノの視線が覗かせる。


「最後にアドバイス。帝国へ入ったら教会に行きなさい。――それではまた会いましょう、塔を目指すストレンジャー」


 ドアが閉まり切った。


 しんと静まり返る宿。すぐそこには寝たままのルミナ。

 ノノは宿屋の娘じゃない? ボスとのやりとりも全部見られていた? ルミナの正体もバレていた?


「はぁぁ……」ため息とともに座り込む。

 ボスの正体だけでも困惑しているのに、ノノたちまで。


 寝ているルミナに話しかけた。


「俺、もしかして弄ばれているのかな?」

「むにゃむにゃ……もう食べられないよぉ……」


 俺の焦りなどどうでもいいと言わんばかりの、幸せそうな返答が返ってきた。


 ◇


 城門へ向かう途中、「組織ファミリアが拠点にしていた隣村が一夜のうちに魔獣で更地になった」という噂が風に混じった。

 胸の奥が一拍なる。制限なしでヴォイドを使った影響か、と思った。

 けれど、仕方のないことだ。そうしなければこの世界は滅んでいたのだから。


 風向きが変わると同時に、ルミナの髪が逆立ち、空気中の埃が彼女を避けて流れた。


 見上げれば、どこからでも見える天使の塔。

 あそこへたどり着くまでの道のりはまだまだ遠い。

 ――けれど、足を止めるわけにはいかない。あの女(円堂おわり)が悠長に待ってくれるとは限らないのだから。


 ◇


 帝国の通行門の前で声をかけた。門兵が眉をわずかに上げ、視線を靴先から頭まで往復させる。

 理由は分からない。黄封の蝋印と紙質を数人がかりで改め、最後は道をあけた。


「めちゃくちゃ怪しんでたな」

「そうだねぇ」


 列に並ぶ人の刺すような視線を感じながら、最初の関門、帝国への入国を果たした。

 帝国の城壁自体が分厚いため、門を抜けると、広間があった。

 兵士、商人、聖職者、黒ローブの魔導士――忙しい街だ。



 入国審査官という人に呼ばれ、名前と入国の理由を聞かれたので、素直にギルドに入りたい、と答えると、あっさり通してくれた。


 中の門を抜けると、目の前には果てしなく続く石畳と建物の数々、祭りのような人の往来。

 そして、帝都を見下ろすように巨大な城が、丘の上に居座っていた。


 石畳を叩く足音。鉄と汗、香の煙が混じった匂いを広間の風が運ぶ。


 なんとなく目を向けると、白袖の二人が掲げる札が目に入った。

 札は木の板にクレヨンで「初めての方はこちら」と書かれている。

 二人組は「帝国初めての方はこちらです〜」と声を張り上げていた。


 あれが教会の人なのだろうか。

 聖翼教会にしては地味だと思っていると、こちらの視線に気づいた白袖の二人組が慌ただしく近づいてきた。


「この国は初めてですね」声をかけられると同時に待機してある馬車まで誘導された。

 問う間もなく乗せられた。さすがに不安になってきたので、「普通こうなの?」と聞いた。


「黄封持ちの方は、教会で保証書を書いてもらう決まりなのですよ」


 そういうものか、と俺は素直に従った。何せ、ここの土地勘がないのだから、誰かに頼るのは仕方のないことだと思った。


 白い袖の若い女性が笑顔で答えた。鼓動がひと拍だけ強く跳ねた。脇の帳面に『地下』の文字がのぞいたが、宗派の用語だろうと流した。


 しばらくすると――先ほどまでの喧騒が遠のき、静かな場所へと着いた。


 馬車を降りると、石畳は土の更地に変わっていて、周囲から土や樹木の匂いがした。

 本当にここは帝都か? と思うほど、穏やかな風景へ変わっていた。


「さあ、ここです!」と指さされた場所は、白い壁で囲われ、その奥に礼拝堂らしきものが見えた。白い壁の根元に指幅の鉄の継ぎ目。風が通るたび、下から冷えた湿気と錆のにおいが上がった。


 振り返ると、都会の町並みや城が遠くに見える。


「それじゃあ、中へお入りください」


 導かれて入ろうとすると、ルミナに引っ張られた。


「何?」

「何?じゃないよ。おかしいよ! なんでこんな離れに連れてこられてるの!?」

「だって……新人はここで保証書をもらわないといけないんだろ?」


 ルミナは頭を抱えて深呼吸して、俺をキリっと睨んだ。


「門の前でいいじゃん! わざわざこんな辺鄙な場所で書いてもらう必要ないじゃん!」


 ルミナの叫びに、白袖の女たちの肩が一斉にピクリと動いた。


 ――頼むから荒事は起こさないでくれよ。こっちは敢えて乗っかってるんだからな。聖翼教会のみなさん。


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