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第4話「白袖奉仕会/招かれざる信徒」

初見の方は[目次]→[第1話]へどうぞ(検索:n4192kt)。

 帝国の通行門の前で声をかけた。門兵が眉をわずかに上げ、視線を靴先から頭まで往復させる。

 理由は分からない。黄封の蝋印と紙質を数人がかりで改め、最後は道をあけた。


「めちゃくちゃ怪しんでたな」

「そうだねぇ……」


 列に並ぶ人の刺すような視線を感じながら、最初の関門、帝国への入国を果たした。


 帝国の城壁自体が分厚いため、門を抜けると、広間があった。


 兵士、商人、聖職者、黒ローブの魔導士――忙しい街だ。




 入国審査官という人に呼ばれ、名前と入国の理由を聞かれたので、素直にギルドに入りたい、と答えると、あっさり通してくれた。


 中の門を抜けると、目の前には

 果てしなく続く石畳と建物の数々、祭りのような人の往来。

 そして、帝都を見下ろすように巨大な城が、丘の上に居座っていた。


 石畳を叩く足音。鉄と汗、香の煙が混じった匂いを広間の風が運ぶ、転移前の日本の街を思い出させた。


 なんとなく目を向けると、白い袖の二人組の持つ呼び込みの札が目に入った。

 札は木の板にクレヨンで「初めての方はこちら」と書かれている。

 二人組は「帝国初めての方はこちらです〜」と声を張り上げていた。


 聖翼教会にしては、地味な看板だ、と見ていると、こちらの視線に気づいた白い袖の二人組が慌ただしく近づいてきた。

 物腰柔らかそうな中年の女性と、気の弱そうにしているが、妙に顔立ちの良い若い女性の二人組だった。


「この国は初めてですね」声をかけられると同時に待機してある馬車まで誘導された。

 何のことかわからなかったが、質問する間も与えられずに乗せられた。

 さすがに不安になってきたので、「普通こうなの?」と聞いた。


「黄封持ちの方は、初回だけ誓約書の私書式なのですよ」

 白い袖の若い女性が笑顔で答えた。


 そういうものか、と俺は素直に従った。

 何せ、帝都の土地勘がないのだから、誰かに頼るのは仕方のないことだと思った。


 しばらくすると――先ほどまでの喧騒が遠のき、静かな場所へと着いた。


 馬車を降りると、石畳は土の更地に変わっていて、周囲から土や樹木の匂いがした。

 本当にここは帝都か?と思うほど、穏やかな風景へ変わっていた。


「さあ、ここです!」と指さされた場所は、白い壁で囲われ、その奥に礼拝堂らしきものが見えた。

 まるでそこだけが地方の村のような印象。


 振り返ると、都会の町並みや城が遠くに見えた。


「それじゃあ、中へお入りください」

 導かれて入ろうとすると、ルミナに引っ張られた。


「何?」

「何?じゃないよ。おかしいよ! なんでこんな離れに連れてこられてるの!?」

「だって……新人はここで誓約書を書かないといけないんだろ?」

 ルミナは頭を抱えて深呼吸して、俺をキリっと睨んだ。

「門の前でいいじゃん! わざわざこんな辺鄙な場所で書く必要ないじゃん!」


 ルミナの叫びに、白い袖の女性たちが反応する。

 いつの間にか白い袖の人数も5人になっていた。

 どこかしら緊張感が漂っている。


「言われてみれば、たしかにそうだな。じゃあ、戻ろうか」

 うんうん。と全力で首を動かすルミナといっしょに、反対方向を向く。


 いつの間にか、白い袖の――男たちに囲まれていた。

 笑顔だった。

「どうぞどうぞこちらです」

 男たちは白い壁の中へと押し込もうとする。


「ちょっと、さわらないで!」

 ルミナは抵抗しようとしていたが、強靭な成人男性の筋力には敵わず中へ引っ張られる。

 俺は抵抗する気力もなく、流されるように中へ入っていった。


 ガシャンと入口の鉄格子が閉じられた。


「なんで鉄格子!?」

 ルミナがまた叫んだ。


 さすがに怪しいか――。

 しかし、白い袖の男たちや女たちの顔を覗くが、険しい表情はない。むしろ、穏やかな印象を受けた。


「まあ、成るようになってみよう」

 ルミナの肩を叩いた。

「うー」

 ルミナは呻いていたが、どうにか落ち着いてくれてた。――諦めてくれたのか、奥へ向かう抵抗はやめた。


 そのまま礼拝堂へと歩かされた。

 畑仕事に従事している人、家具を直している人、走り回る子供たちに、黒い服を着た聖職者が笑顔で注意している。

 素朴。だけど幸せを感じる風景だった。


「司祭さま! 新参者です!」

 どこからともなく大きな声が聞こえた。


 礼拝堂に入ると、中央奥の壁に巨大な天使の浮き彫りが目を引き、その下の教壇の前の司祭と知らない二人組が話をしていた。


 俺たちより先に誘導された人だろうか。

 しばらく話をしていたのか、突然

「ふざけるな!」と怒号が飛び、さらにしばらくして、男が手を震わせながら、俺の横を通り過ぎて礼拝堂を出ていった。


 前に並んでいた男女が、教壇に呼ばれる。


 さらにしばらくすると、今度は男女が泣きわめき出し、別々の部屋へ白い袖の男たちに別々の方向、左右の奥へ続く扉へと引っ張られていった。


 俺は周囲にいるこの教会関係者らしき人の人数を数えた。

 ――16人。真ん中の司祭を入れて17人。

 数人は戦闘経験がありそうな動きだが、ほとんどが一般人に見えた。


 これくらいならどうとでもなる――しかし、帝国に入ったばっかりで事を大きくするわけにはいかない。


「どどどどうするのこれ。絶対やばいとこだよここ」

 ルミナはてんぱってた。

「まあ、とりあえず言われる通り従ってみよう。悪い人たちではなさそうだし」

「前の人たち泣き叫んでたのに!?」


「こちらへ」

 どうやら俺たちの番の様だ。

 教壇の前まで歩く。


 目の前には教壇を挟んで司祭。

 満面の笑顔だ。


「あなた達は天使の奴隷ですか?」

 俺はルミナを一瞥する。めちゃくちゃ冷汗かいている。

「――そうです」

 司祭は更に口角を上げた。

「ならば我々、白袖奉仕会に寄付を! 天使様の従順なる下僕のために!」

 手を上げて叫ばれた。


「桁だけ伺いましょう」

 司祭は急にテンションを下げ、呟くようにささやいた。

「帝国金貨千枚から」

「ありません」

 即答した。


 沈黙。遠くで鈴の音が鳴った。


「素直でよろしい。それでは、入国証をお預かりしましょう」

「おいおい、冗談はよせ――」


 ぐい、と力強く肩を握られた。

 ルミナを見ると同様に肩を掴まれている。


 背後には屈強な白い袖の男が二人。俺たちを逃がさないように、

 捕まえていた。

「黄封はお預かりします」——背中でそう言われた。


 まずいと思った。


「落ち着け!」と叫んだ。


 ルミナがはっとこちらを見る。


「大丈夫だから」

 その一言に落ち着きを取り戻し、ルミナは「うん」と一言答えた。


 俺は司祭を睨みながら渋々、黄封を差し出した。

「天使の前で子供相手に暴力とは、余裕がないね。司祭様」

 司祭は笑顔を崩さない。その目の奥は黒く濁っていた。

「何のことか。しかし、私の配下が粗相をしたなら謝りましょう」


 司祭が背後の男に首で合図すると、掴んでいた肩から力が抜けた。


「誓約の理由はご存じで?」

「田舎者なんで――無知の塊が俺だと思ってくれたらいい」

「では、別室で」


「こちらへどうぞ」

 先ほどまで肩を掴んでいた男が丁寧な振る舞いで、道を示した。


 俺とルミナがそれぞれ左右の別の通路へ。

 前に並んでいた男女と同じように別々だった。


「父さん――」

 ルミナが見上げるように呟く。


「大丈夫。すぐに迎えにいくから」

 笑顔を送り、男の誘導どおりに奥の通路へ歩く。


 一瞬立ち止まり、司祭へ振り返る。


 司祭は視線だけこちらへ向けた。


「一応、言っておくけど。ルミナに変なことだけはするなよ。どうして貧相な俺が黄封を持っているか。ちゃんと考えてくれよ、司祭様」


 司祭は表情を変えないまま視線を逸らした。


 俺はすぐに通路へと体の向きを戻す。


 どうも金回りがよさそうな集団だ。

 ある程度探って、帝国の情報と、たんまりため込んでそうな帝国金貨を頂いたら、この場を去ろうと思った。


 先は真っ暗闇。

 内鍵が落ちる音がした。――始まりの合図だ。


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