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第4話「世界の命運をかけた戦い」

 影の手(スレイバリー)。俺から伸びる影が対象の影と重なるとき、思考、動作、全てはこちらの手中となる。

 魔法が蔓延るこの世界だが、上位の力であるこの技を防ぐことは絶対にできない。――はずだった。


 手ごたえがない。

 目の前に座る組織ファミリアのボスは、こちらを好奇のまなざしで見つめている。


「ボス、あんた、何者だ?」


 俺は身構えた。ただの犯罪組織だと思って舐めてかかっていたが、手を抜ける相手ではないと悟った。


「こちらの台詞だ。この世界で魔法以外のスキルを見たのは、初めてだ」


 ボスが難なく立ち上がる。体の自由を奪っているはずなのに。


「もしよければ、どうして俺の力が通用しないか教えてくれると助かるんだけどな」

「手札をさらせと? 殺気を向ける相手に対して」

「たしかに。じゃあ、こっちから説明する。俺の影は、他人の影に触れることで、そいつの体、思考、全ての主導権を奪える。これは法則だ。防ぎようがない。はずなんだけどな~」


 軽口とは裏腹に、喉が渇く。ヴォイドが滑る感触はあの女(円堂おわり)以来だ。


「法則か……いいだろう。退屈で仕方なかった世界だ。暇つぶしに話をさせてもらう」

「……それはありがたい。お前の持つ特別な力は何なんだ?」

「数千の魔法と万単位のスキルだ」


「は?」呆気に取られた。こいつは何を言っているんだ。


「お前のスキルが通用しない理由。影に捕まった瞬間、平行置換(ディ・エンドローゼ)により支配されていない世界の俺と入れ替わっている。だから効果がない」

「ちょっと……何言っているかわかんねえ……な!」


 会話の間、俺は影をボスに向け続けていた。影はボスの足元で水たまりのように広がり、そこから無数の槍が現れボスへと突き刺さった。


 ボスの体は槍により四方八方から刺され、穴だらけになる。はずだった。

 たしかに槍は刺さった。しかし、槍は触れた途端に無に崩れていく。


「言ったであろう。万に届くスキルがあると」


 ボスが両腕を広げる。その二つの掌に稲妻を纏った境界だけが白の黒い球体が現れる。


「そしてこれが、別の世界で習得した重力魔法シンギュラリタス


 球体が放たれる。カーブを描きながら、こちらへ向かってくる。

 巻き込まれた手下たちは、その球体に無理やり吸い込まれながら、何も残さずに消えた。


 この世界の魔法は一通りさらった。それでも、これは知らない。

 厳しく力を制約したままでは、アレを受けきることはできない。


身代わりの影(ドッペル)!」俺の言葉で、まだつながったままの手下の体を影が泥のように跳ねあがりつつみこむ。すぐに手下の体を包んだ泥は形を変え、瓜二つの「俺」を作り上げる。


 ボスが放った魔法は、作り上げた俺の偽物を吸収し、小さくなっていって消えた。


 ボスは嬉しそうに手をたたいていた。


「そのような方法で破るか。別の世界ではワールド級の最強魔法だぞ」

「……もしかしておじさん、異世界からやってきたの?」


 ボスの眉が動く。


「異世界からやってきた、か。五十点の解答だな」

「別にクイズやっているわけじゃないんだからさ。答えを教えてくれよ。そしたら俺のことも話すからさ」

「逆に聞こう。お前、年齢は?」

「……二十」言いかけてボスに睨まれた。

「三十五だよ。おっさんで悪かったな」

「若いな。羨ましい。生きることが楽しくて仕方ないだろう」

「じゃあ、あんたは何歳なんだよ? まさか千歳だとかはいわないよな」

「一万だ。正確な数字は忘れた」


 予想外の答えに戸惑ってしまった。


「転生した世界は千を超える。お前も異世界から転生したのだろう? ――いや、転移か? まあ、どちらもさほど変わらん」


 初めて会った、同様の経緯の人間。しかもあちらが大先輩。心拍が早まらずにはいられない。


「先輩、もしかして円堂おわりについて知ってたりする?」


 直球で聞いてみた。もしかしたら、この旅は最速で終わりを迎えられるかもしれない。


「エンドウオワリだと? 洒落のつもりか、つまらん!」


 ――ハズレみたいだ。やっぱり簡単に旅は終わらないか。


「そうですか……なら、俺に協力してくれないかな。帝国に入国したいんだ。そのための黄封ってやつがあるんだろ? 同じ境遇の仲間として、それを譲ってくれないかな」

「つまらん。力でこじ開ければ済む話であろう」

「訳アリであんまり力を使いたくないんだ。だから、正規のルートで入りたい」

「権力に媚を売るのか? ここは救う価値のない世界だぞ」

「あんたこそ、力があるなら組織ファミリアのボスなどやらずに、ハーレムでもつくって悠々自適な生活をしたほうがいいんじゃない?」

「二千だ」


 突然、ボスが言い切った。俺を威圧するように。


「俺は千の世界を救い、千の世界を壊し、そして飽いた。今は滅びにあがく生命を眺めながら愉悦に浸る。ただそれだけだ」

「――説明されればされるほど、ほんと分かんねえな」


 ボスの掌に、黄封が現れた。ノノが言っていた見た目通りの封。


「これが欲しいのだな」

「そうそう、それそれ。できれば、あと一つ……」


 ボスは呆れた顔で、もう一つの封を出す。


「更についでに天使の塔への行き方など教えてもらえれば……」


 今度は呆れた表情を向けられるだけで、無視されてしまった。やはり、楽して天使の塔へ向かうことはできないみたいだ。


 俺は首を振って仕切り直し、ボスへと一歩踏み込んだ。


「しかし、タダではやれんな」

「ああ、やっぱりそういう流れか」


 封は透明なエネルギーの球体に包まれて空に浮かんだ。


「俺と戦え。楽しませてくれればそれでいい」


 ボスの足音とともに周囲に星のような光が過ぎ去った。瞬間、建物の壁と天井が消えた。

 目に入るのはスラム街、空には星が煌めいている。


 ボスの足元から光がでて、全身を包み込む。その光の中からでてきたのは、細身ながら筋の走る長身の青年。


「若返り……羨ましいな、おい」

「神に等しい俺が本気を出す。それ相応の肉体に変化させるのは礼儀だ。光栄であろう?」

「おいおい、いいのかよ。言っておくけど俺は強いぞ。本気をだせば大先輩と言えど瞬殺ですよ」

自動再生(ニヒトシュテルベン)のある俺は死なんよ。死にたくても、な」


 ボスが空に浮かぶ。

 巨大な月をシルエットに片手を上げた。

 その片手に夜空を包み込むほどの巨大な球体。まるで太陽のようなエネルギーの塊が現れる。


「これは幾多の世界をめぐり、習得した、文字通りの終局魔法ドゥームズデイ。地上に触れればこの世界ごと消滅する力だ」


「宿で娘が寝ているんだ。少しは手加減して欲しいんだけど」


「貴様が強いのなら、この魔法を全力で防いでみろ。この世界でやりたいことがあるのだろう? ならばやるしなないな」


「世界を人質にしますか……」


「このなんてことのない夜に、世界は気まぐれ一つで終わる。おもしろい結末だと思わないか?」


 ボスが腕を下ろす。

 掌の上で轟く太陽が、夜空ごと落ちてきた。

 屋根瓦がばらばらと鳴り、路地の影が一斉に俺の足もとへ流れ込む。


 誇張じゃない。本気で世界を壊す気だ。


 こんなスラム街の中心で、ルミナも帝国も、天使の塔も消されてしまってはたまったもんじゃない。世界の終わりはすでに予約済みだ。


「さあ足掻け。世界の命運はお前にかかっているぞ」


 息を一つ。

 言われた通り、世界の命運をかけた戦いになるとは思わなかった。

 けれど――。


「大先輩。あんたは少し勘違いをしている」


 ボスの眉がピクリと動く。


「意気揚々と本気を見せたみたいだけど、やっぱり俺の方が強いみたいだ」


 頭を掻いた。同じ異世界人だったのに驚いたが、冷静に考えれば、対処できる問題だ。


「大先輩の正体が、未来から来た女子高生とかだったらやばかったけど、ただのチートスキル持ちでよかったよ」


 両手の親指と人差し指でボスを捉える。


「押し返せるのか? 創世に匹敵するこのエネルギーを!」


 ボスが叫んだ。


「最後に言っておくけど、俺が影を使うのは力を制限するためだ。ルールを作れば代償が薄まる。やろうと思えば、制限無く何だってできるんだ」


 心臓が動く。俺の意志とは別の鼓動。

 その瞬間、ボスの表情が変わった。俺の中にいる『何か』に気づいたようだ。


「な、なんだ貴様。その中に、なにを飼っている!」

「お前がいなくなっても世界は変わらない。この世界に意思があるなら、今回ばかりは俺の味方をしてくれるはずだ」


 ボスが恐怖にうろたえ始めた。余裕は一切ない。


「やめろ! それをやってはいけない!」

「言ったよな。本気を出せって」


 俺は正真正銘の制約なしのヴォイドをボスに向ける。

 対象は空に浮く男――名前は知らない。


 鼓膜の裏で金属が軋み、視界が真紅ににじむ。鼻腔に鉄の味。


 瞬間、革靴の踵が砂利を踏む音――ノノだった。

 後を付けられていたのか? 驚きと後悔が喉を焼くが、もう止められない。

 俺は再び敵に目を向ける。時間がない。


「ヴォイド」


 力強く、けれどささやくような声で、俺は力を発動した。


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