第3話「合言葉と影/黄封を二枚」
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行列は動かない。――けれど、紙一枚で門は開く。
――深夜。
コンコン、とドアをノックする。
ドアの向こうから声がした。
「誰だ?」
《ファミリア》の合言葉――昼にルチャの手下から聞き出した数字を告げると、錠が外れた。
「誰かと思えば、お前か」
ドアの向こうの男がつぶやく。ルチャ――昼間、宿に来た二人の弟分だ。
ルチャが部屋に入った。
部屋の中には十名ほどの男と、豪華な椅子に座る男が一人。
おそらく、その席に座るのがボス。
ボスらしき男が口を開いた。
「ルチャ。集会に呼ばれていないお前が、わざわざ俺のところに来るってことは、もちろんいい話があるってことだよな」
一瞬で取り巻きたちの殺気がルチャへ向けられた。
少しでも変な動きがあれば即、攻撃に移る気配。
「――お、俺は。ただ、紹介したい人がいて……」
大柄な体格に反して、控えめにルチャが語り出した。
「……お前、何を言っているんだ?」
怪訝そうなボス。
――そろそろ、いいだろう。
俺の足元から伸びる影は、ここにいるすべての影とつながった。
「紹介されたいのは俺です」
ルチャの背後から、すっと身を乗り出した。
一斉に取り巻きたちの魔法が、発射寸前まで立ち上がる。
「ああ……これは、歓迎されていないですね」
両手を上げ、敵意がないことを示す。
「誰だ貴様は!!」
ボスが怒鳴った。
「いやあ……ルチャさんの紹介で、俺も《ファミリア》に入りたいなぁと思って」
「《ファミリア》に入る? 貴様が? ふざけているのか、ルチャ!!」
ルチャは汗を流すだけで何も答えない。恐怖で震えているようにも見える。
取り巻きのうち一人が声を上げた。
「こ、こいつ! あの宿屋に居た――っ!」
――思い出した。こいつは、ルチャの兄貴分だ。
正体が割れたなら仕方ない。もう少し話したかったが、それはまたの機会に。
俺は片手を前に出し、指を交差させた。
「――時間もないので、本題に行きます」
「殺せ!!」
間髪入れずにボスが叫ぶ。取り巻きの魔法が俺に向けて放たれる――その一瞬手前。
「だってよ、みんな」
指を鳴らす。影越しに命令を上書きする。
俺の一言に取り巻きたちが一斉にボスへと向きを変える。
魔法が放たれるまで、もう間もなく。
ボスの瞬きが早い。顎が落ち、視線は助けを乞うように部下へ走った。『頼む、散れ』。
「おいおいみんな。怯えている人に魔法を撃っちゃいけないでしょうが。まあ、いったん落ち着こうか」
放たれる直前のまま、取り巻きたちは制止する。
何かを言いたそうな顔だが、口すら動かせない。
全員が静止している中、俺は難なくボスの目の前まで歩いた。
「いやあ、ここにたどり着くまで大変だったよ。ルチャを探すだけでも、いろんな人に力を使っちゃったからさ」
ボスは瞼を閉じることもできない。ただ、止まったかのように座っていた。
「で、さっそく本題だけど。帝都に入れる特別な通行状、持っているかな?」
返事はない。動けないから、仕方ない。
「あるなら、俺にくれよ。――あ、二人分ね」
そう命じると、ボスは立ち上がり、二枚の紙を俺に渡した。
封蝋には黄の印。入国証『黄封』とある。直筆の署名まで付いていた。
「これがあれば城壁内に入れるのか? 答えろ」
「……は、入れる……」
「そうか。ありがとう」
俺はそう言い、部屋から外へ向かって歩く。
出る直前、振り返り、部屋の皆に伝えた。
「このドアが閉まった瞬間、全員、城門の行列に並べ。城壁内に入れたら、俺の力が解ける――ことにしようか」
本当は「死ね」とでも言おうかと思ったが、その後の世界への影響が強そうなのでやめた。
「それじゃあ、がんばってね」
俺はドアを閉めた。
中の全員が一目散に城門の列へ走り出す音が、廊下に響いた。
かわいそうに。あいつらの人生は列に並ぶことで終わる。――いや、運が良ければ順番で城壁内に入れるか。
◇
――早朝。
東の空が白む。どうにかルミナが起きる前に戻れた――ギリギリだ。
「つまらないことに巻き込んですまない」
店主が頭を下げた。
「気にしないでくれ。ただで一泊させてくれた恩人に、そんな姿、見たくない」
店主は笑って顔を上げた。
ノノはルミナを思い切り抱きしめていた。
「ごめんね。こんなかわいい子につらい経験させて」
「平気だよ。というか、この状況の方がつらい……」
ルミナはノノの愛にへとへとになっていた。
「これからどうするんだ?」
俺の問いに、ノノは遠くを見た。
「母の故郷に向かおうと思います。もし可能なら、そこで生活できれば、と」
「そうか――それがいい」
店主とノノは手を振りながら遠くへ歩いていった。
朝焼けの逆光が、妙にまぶしい。
「これでよかったのかなぁ」
「何が?」
「だって、結局。二人とも、この家から追い出されたわけでしょ? バッドエンドじゃん」
握った手の跡が、掌に白く残っていた。
「いや、そうでもないかもしれないぞ」
力を使った。このスラムの住民に対して大量に。
その歪みは、必ず世界が修正する。
「……そんなことよりも、これなーんだ」
俺は自慢げに入国証を見せた。
「何これ?」
「入国証『黄封』。これがあれば門で待つことなく城壁内に入れるぞ」
「え、うそ! 私の父さんやばすぎ! 本当に!?」
「本当だとも! これでこのスラムともおさらばだ」
「やったー!」
両手をあげて喜ぶ、俺たち親子。滑稽な姿だが、親子なんてそんなものだろう。
◇
城門へ向かう途中、「《ファミリア》が拠点にしていた隣村が一夜のうちに魔獣で更地になった」という噂が風に混じった。
胸の奥で一拍、空白が落ちる。昨夜十数人ぶん書き換えた。その揺り戻しにしては、小さすぎるのか、大きすぎるのか。
さっそく城門まで行き、黄封の蝋印を見せる。門番の顔色が変わり、副官が呼ばれ、木札に印を刻ませた。
列は動かないのに、俺たちだけが通る。道中、見たことのあるいかつい連中が律儀に列へ向かって走っていくのが見えたが、たぶん気のせいだろう。
これで、難関はクリアだ。
あとは帝国ギルドに行き、正式な冒険者となる。――けれど、門の内側には、きっとまた別の門があるのだろう。
見上げれば、この世界のどこからでも見られる天使の塔の姿。
あそこへたどり着くまでの道のりはまだまだ遠い。
次回:招かれざる信徒/黄封没収? 父は笑い、娘は怒る。誓約の先に待つのは――。
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