第2話「勇敢なる者にさようなら」
――波止場の酒場。
対峙するアステルは、俺の力により自分の意識が飛ばされていたことに気づいていない。
「――えっと、それじゃあ。そのお金で、しばらくゆっくり過ごしたら、ちゃんと島に戻ってくれ。辛い事実だけど、君ではルミナと釣り合わなかったんだ」
少し戸惑った様子を見せたアステルだったが、すぐに酒場を後にしようと席を立った。
何も言わずに見送ろう。そう思っていたが、このままじゃあまりにも寝覚めが悪いので、呼び止めた。
「アステル。最後にいいかな」
「何だい? 言っておくけど、今さら娘を返してくれとか、志のない返答をするなら、僕は力を振るうしかなくなる」
スッと剣を構え、俺に向けた。
店内の客が「やめとけ!」と止める。
「力を持つ者には責任がある。君が無理でも――ルミナなら救えたはずだ」
アステルの真剣な形相に、酒場の客や店の人たちも何も言い返せず黙った。
俺は両手を開いて、まあまあ、と落ち着かせた。
「アステル。お前は勘違いしている。だから今から本当のことを話す」
「何だ?」
「船の上で海賊に襲われたよな。あれはお前の仲間が手引きしたんだ」
アステルの剣が揺らいだ。
「お前と話した翌晩だ。お前の仲間が海の向こうに合図を送っていた。海賊に襲われているときに尋問したら白状したよ」
ざわつく周囲。アステルも言葉を失った。
「う、嘘を――そ、そうだ! 君が仲間を殺したんだ! それでそんな嘘を」
「お前の仲間も騙されていたんだろう。船の上の惨状を見たら自分から海へ飛び込んでいったよ」
「き、君は――まだ妄言を言うか!」
アステルの震えはひどくなる一方だった。
「もう一つ言うぞ。魚人の海賊や巨大クラーケン。あれを倒したの俺とルミナなんだ」
「は?」
さらに目を瞬かせる。酒場の連中も、いっそうざわついた。
「ルミナといっしょに、なんであの程度の敵にこの人たち必死なんだろうなって見ていたら、あんまりにも必死すぎて、見ていられなくて、それで俺たちがこっそり倒した」
アステルは震えていた。もしかしたら、手ごたえがないのに魚人が撤退したり、クラーケンが倒れたことに、薄々、疑問を感じていたのかもしれない。
「――ふざけるな。あの魚人もクラーケンも、倒したのは僕たちだ! 今さら名乗りを上げても、認めるわけにはいかない!」
剣先が定まらない。呼吸も荒い。
「名声はいらない。ただ、はっきり言ってお前たちは弱い。これからの道中、大陸のごろつきや魔獣に襲われるかもしれない。命がいくつあっても足りない。悪いことは言わないから、島へ帰るんだ」
怒りのまま、剣が空を切り、やがて鞘に収まった。
深呼吸をして、アステルはどうにか怒りを収めた。
「妄言には付き合えない。君の娘は預かる。反抗も抵抗も認めない」
アステルが拳を握りしめる。
「もし、今の話が本当だというのなら、僕たちから力づくで取り返してみろ」
酒場の入口へ歩き出す。
「あともう一つ」
アステルの足が止まった。
「ルミナには手を出すな。お前じゃ制御できない。それに――」
手に力がこもる。空気が固まり、うるさかった酒場がしんと静まる。
「ルミナは俺の娘だ。手を出したら容赦はしない」
アステルの肩がかすかに震えた。
「――ッ!」
恐怖を振り払うように、アステルは首を一度だけ振り、踵を返して酒場を後にした。
流れで真実を教えてしまったが、もう少しオブラートに包むべきだったかなと、心の中で反省した。
しかし、悪いやつではなかったから、無駄死にをしてほしくない、というのも本心だった。
◇
しばらくすると、ルミナが酒場に帰ってきた。
「どうだった?」
「どうも何も、急にお姉さん倒れるし……」
俺は眉を上げる。
「後から来たアステルさんなんて、必死の顔で手を伸ばしてきたと思ったら、突然倒れちゃうし。どうしたらいいかわからないから戻ってきたんだよ」
アステルも女僧侶も力づくでルミナを捕らえようとした。だから力を使って二人の意識を落とした。
「どうしたんだろうね、みんな」
「疲れがたまっているのかな。船でいろいろあったし」
「よし。それじゃあ、俺たちだけで帝国に向かうとしますか。ここから近くの村まで馬車がでているみたいだぞ」
「えええ? 放っておくの?」
酒場のマスターが呆れてこちらを見ていた。
「嬢ちゃん、悪いことは言わない。今すぐ家に帰るんだ。お前の父ちゃんは間違いなく悪人だぜ」
「おいおい。ちゃんと報酬払ったのにそういうこと言うなよ」
「この子の純粋さに心打たれたんだよ。本当なら金もらっても帝国への行き方なんて教えないよ。娘に感謝しな」
酒場のほかの客が「そうだそうだ」とヤジった。
見た目がどう見てもごろつきの奴ばかりだ。
そんなごろつきの一人が口を開く。
「あのアステルっていうやつら。俺らが面倒見とくからよ。さっさと行きな。ここから帝国へたどり着けるのは十人に一人。あんまり仲良くなると目覚めが悪くなる」
「その理由の一つがお前たちだろうが」
マスターが突っ込むと、ごろつきたちが爆笑した。
「でも、わたしたち、お金ないよ。馬車だってお金がいるんでしょ」
俺の腰袋から、ぱんぱんに膨れた袋を取り出す。中には金銀宝石が詰まっている。袋越しに金属の匂いがした。
「まあ、そこは何とかなったから。お前は気にするな」
ルミナの頭を撫でた。
納得いってない様子だ。
「よくわからないけど、みんなわたしに隠し事している気がする」
アステルと話している最中に意識を一瞬とめていた。その隙に金目の物を全て袋へ。この件は、口止め料を受け取った酒場の連中と俺だけの秘密だ。
本来ならごろつきたちに奪われていた金品。命の代償としては安いものだ。
あの二人は大陸では生きていけない。
――島へ引き返してくれれば、それでいい。
「よし! 行くぞ」
俺は立ち上がった。
「納得いかない。父さんも酒場の人たちもみんな怪しい」
ルミナはまだぶつぶつとつぶやいている。
これで当分の間、宿も飯も心配ない。
大陸への上陸は、帝都の城門の前座にすぎない。ここからが本番だ。
◇
結論、手っ取り早く金を稼ぐには、帝国ギルドに登録するのが一番らしい。
なので、俺とルミナの目標は「帝国へ行く」から、「帝国ギルド登録」へと変わっていた。
――天使の塔まで残り三二一日。
ようやく帝国の城壁が見えてきた。
城門前。果てのない、人の列ができていた。
列を整理している兵士に聞くと、入国審査門を起点に列が城壁をぐるりと巡り、何重にも折り返しているという。
ちなみに、並びは少しでも抜ければ即最後尾。夜は盗難・強盗・殺人が当たり前。インチキすれば見せしめの即死刑。生きて戻れない行軍だ。
兵士はちらりとルミナの姿を一瞥し、ため息をついた。
俺を指さし、こっちにこいと合図をした。
素直に近寄ると、ぼそぼそと耳打ちされた。
「二日後に第一皇子の帰還パレードがある。当日は警備強化で審査は停止、今並んでる列は追い払われるだけだ」
西日になりきらない光が、城壁を薄く照らす。
「夕鐘が鳴ったら窓口は閉まる。今日はもう無理だ。外泊するなら今のうちだぞ」
ということは、今から並んでもまったくの無駄だということか。
今日明日にでも城壁内に入れなければ、次は数か月、いや数年先か……
「その子に感謝しろよ。お前一人だったら教えていなかったからな」
なんだか、前にも同じような台詞を言われた気がする。
「……父さん、これ並ぶの?」
ルミナが無限に続く人の列を見ながら、ドン引き顔で聞いてきた。
「いや、やめよう。何夜連続で並ぶのかわからないし。命がいくつあっても足りない」
これだけの人数に力を使ってしまってはどのくらいの代償を支払わなければならないか見当がつかない。
……仕方ない。別口を探そう。できるだけ影響の出ない、最小限の力で。
夕鐘が鳴る。門の影が伸びる。――目当ての別口は、城壁前に並ぶスラム街。
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