第2話「永遠列/取立屋」
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結論、手っ取り早く金を稼ぐには、帝国ギルドに登録するのが一番らしい。
なので、俺と娘ルミナの目標は「帝国へ行く」から、「帝国ギルド登録」へと変わっていた。
――大陸上陸から三十日。
ようやく帝国の城壁が見えてきた。
城門前。果てのない、人の列ができていた。
門の掲示には「本日の入市受付は日没まで/当日枠 残り十二」とあった。
列を整理している兵士に聞くと、入国審査門を起点に城壁をぐるりと回り、その列は何重にも重なるという。
ちなみに、並びは少しでも抜ければ即最後尾。夜間は盗難、強盗、殺人は当たり前。インチキしようものなら帝国兵に見せしめに即死刑。生きて戻れない行軍だ。
兵士はちらりとルミナの姿を一瞥し、ため息をついた。
俺を指さし、こっちにこいと合図をした。
素直に近寄ると、ぼそぼそと耳打ちされた。
「二日後に第一皇子の帰還パレードがある。当日は警備強化で審査は停止、列は追い払われるだけだ。それに乗じて密入国を企むやつもいる」
太陽は指二本分。まだ西日になりきらない光が、城壁を薄く洗う。
「夕鐘が三つ鳴ったら窓口は閉まる。外泊は自己責任だ」
ということは、今から並んでもまったくの無駄だということか。
今日明日にでも城壁内に入れなければ、次は数か月、いや数年先か……
「そこの子に感謝しろよ。お前一人だったら教えていなかったからな」
なんだか、前にも同じような台詞を言われた気がする。
「……父さん、これ並ぶの?」
ルミナが無限に続く人の列を見ながら、ドン引き顔で聞いてきた。
「いや、やめよう。何夜連続で並ぶのかわからないし。命がいくつあっても足りない」
……仕方ない。別口を探そう。
◇
軋む扉を押すと、なんとも陰気臭いカウンターが目に入った。
「――いらっしゃい。宿泊ですか」
店主が聞いてきたので、「はい」と答えた。
「本当にこんなとこ泊まるの?」
ルミナの耳元で小声で返した。
「文句言うな。これでもこの辺じゃ上等なんだ」
――と、そのとき、また客の気配。
「いらっしゃい――今日は客が多いな」
そう口にする店主の表情が、すぐ強張った。
「景気良さそうじゃないか、店主さんよぉ」
どう見てもまともじゃない二人組が、ずかずかと入ってきた。
「相変わらず汚ねぇのに、料金だけはいっちょ前だな」
値段表の看板を手に取り、そこらへ放り投げる。
「金なら払うと言ったはずだ! 何しに来た!」
「とっくに支払期限は切れているんだけどな。明日までに金貨十枚。もしくはお前の娘を売るか。どちらを選ぶか決めるよう念押しに来たのさ」
店主の手が震える。
「あと、これは見せしめだ」
男の手から風。魔法だ。宿内の備品が宙を舞う。止むころには、備品は破損し、散らかり、荒らされた部屋になっていた。
「俺たちファミリアは本気だからな。嫌なら、ここから逃げることをおすすめするよ」
男たちが帰ろうとしたそのとき、ルミナが手近な木皿を掴み、側頭部めがけて投げつけた。乾いた音がした。
男たちは無言で振り返る。
「ガキか……」
男は片割れに顎で命じる。もう一人が本気でルミナに殴りかかった。
「ガキだからって容赦すると思ったか?」
俺はすぐにその危険を察知し、ルミナをかばった。拳が顎に直撃。脳が揺れる。
「兄貴!? どうする!?」
「そのままやっちまえよ。死んでも構わん」
「あいよ!!」
そんなやりとりの後、俺は一方的にボコられた。
反抗すれば、いっそうルミナやこの店に当たり散らす。
ここで力を使う価値はない。今は借りを作るほうが得だ。
とにかく黙って、この最悪の時間をやり過ごした。
◇
「いてっ!」
若い女性店員――ノノに薬草の汁を傷口に当てられ、つい声が出た。
「ごめんなさい!」
慌ててノノは手を放す。
「いや、大丈夫。手当してくれてるあなたに、かっこ悪いとこを見せてしまいました。ハハハ」
現在、俺はノノの膝を枕にしながら治療を受けている。……ありがたい治療だ。
そんな俺をじと目で見ているルミナだが、大丈夫、気にしない。だって、お前をかばって俺は殴られたのだから。
「ちなみに店主の奥さんですか?」
「娘だよ」
店主が即答した。
着ている服装は貧相だが、綺麗にすれば相当な美人だとすぐに分かる。
「少し前までは看板娘だったんだがな」
ぼそっと店主がつぶやく。
「そんな風にいわないでお父さん。ショバ代さえ払えば、ううん、そのうち昔みたいに城壁内で宿屋ができるんだから」
ノノは、精一杯明るく振る舞っているように見えた。
「すみません。巻き込んでしまって……」
「いえいえ。仕方ないですよ。それにしても、何だったんだ、あいつら」
「客に話す話では……」
「いいじゃん。巻き込まれちゃったんだから!」
なぜかルミナはぷんすかしながらノノを煽る。
ノノは店主を一瞥し、仕方ないという顔で話し出した。
もともと城壁内で宿を営んでいた一家だが、親戚に建物ごと乗っ取られ、税金も払えなくなり、スラムへ。
不幸は続き、ノノの母は病に伏し、わずかな利益も薬代に消えた。
そんな中、《ファミリア》を名乗る集団がショバ代を取り立て始め、生活はじり貧に。やがて母は亡くなり、日に日に増える取り立てに、今に至る。
「何それ! ひどい話!」
ルミナが歯ぎしりする。
「しかしファミリアのおかげでスラムの治安がギリギリ守られているのも事実です。
――辛いですけど、今夜を最後に店を閉めようと思うのです」
後ろで店主も頷いた。
「家族の思い出の品も壊されましたし、今が潮時なのかもしれませんね」
沈黙。遠くで獣の雄たけびが聞こえた。
「話は変わるが、あの城門の列。あれはずっとああなのか?」
ノノは首を振る。
「あれは、城壁内に入れないようにする仕組みです。素直に並んでも自分の番は永久に来ない」
「やっぱり、そういうことか」
おそらく帝国と《ファミリア》は裏で組んでいて、並んでいる連中からの略奪を黙認されているのだろう。
「どうやったら城壁内に入れるんだ?」
「それは……お金で買うか、帝国と何らかの縁があれば入国証を手に入れられますけど……」
ノノの発言に店主が入ってくる。
「わしらが一生働いても買えない金額だ。気の毒だが、素直に諦めたほうがいい……」
ルミナは頬を膨らませながら、掌で帝国金貨を転がしていた。むーっと息を漏らす。
そんなルミナをあやしながら「そろそろ寝ます」と二人に伝えた。
「最後の客だ。汚いところだが、自分の家のように使ってくれ」
二人とも満面の笑み。それでも、悲しさは拭えない。
「父さん。二人がかわいそうだよ。どうにかしてあげようよ!」
「と、言われてもなぁ」
俺は頭を掻いて話をはぐらかす。
「とにかく明日だ。今、動いても何もできん」
その一言に「わかった」と答え、ルミナは床に就いた。
疲れていたのか、一瞬で寝た。
正面は塞がっている。なら、別の扉を開けるだけだ。夜はまだ終わらない。
――正面が塞がっているなら、扉は描けばいい。
次回:ファミリアと激突――帝国門、こじ開ける。
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