第17話「限界突破、起爆前夜」
《ヴォイド》で時間を鈍らせてフェイを守る。鈍化の反動は心拍の暴走と体の損耗――二発目だ。今まさに兵士が爆ぜる。
急なことでフェイは動けずにいる。
フェイまで三歩のところで、兵士たちの体が膨れ上がった。
「加速――」
再び世界から色彩が失われ、空気がまとわりつく感覚に襲われた。
けれど、あと三歩足りない。
さっきはその場から逃げるだけでよかったが、今回はフェイの元まで駆けつけ、避難させないといけなかった。
限界まで時間を鈍らせないと追いつけない。
心臓の痛みに耐えられるのかと不安に思った。
けれど、迷いは一拍で終わる。
次の鼓動で、躊躇は捨てた。
「――リミットブレイクッ!」
色と音が薄紙みたいに剥がれ、コマ送りになる。兵士の体は内側から裂け、光と圧がにじむ。
俺は崩れかけの二人を素通りし、フェイへ跳ぶ。
間に合った。
次の瞬間、心臓が一拍止まった。
「嘘だろ、こんなところで――」
フェイを見ると、ただ目を見開いていた。
何が起きているのか理解できていない。
今この瞬間に俺が目の前にたどり着いたことも。
せめて、こいつだけでも。
フェイを抱きかかえ、できるだけ遠ざける。
けれど、すぐに限界が来る。
地面に降ろし、その身を覆う。
「――え?」
フェイの抜けた声と同時に、世界が弾けた。熱と衝撃で視界が白で埋まり、落ちた。
◇
目を開けると、フェイが両手をかざしていた。
翠色の光が掌からこぼれ、俺の体に沈んでいく。
緑の魔法だ。
「お兄さん!」
「フェイ? ――無事か!」
勢いよく起き上がる。背中に鈍い痛み。けれど、生きてる。
「よかった。ギリギリの一か八かだったけど、うまくいった」
「それはこっちの台詞ですよ。いきなりお兄さんに抱きつかれたと思ったら、爆発が起きるんですから」
よく見るとフェイの衣服も所々が千切れ、体に痛々しい傷を負っていた。
「ずるむけになって、本当に死んだと思ったんですから」
フェイの目に涙がたまっていた。
自分のケガを顧みず、俺のことを助けてくれたのか。
「助かった。お前のおかげで生き延びられた」
鈍化の反動で壊れた心臓も、緑の魔法が繕っていた。
「さっきの魔法、シードだろ? あんな爆発間近で受けても治せるなんて、すごい力だな」
フェイは涙を拭い、胸に手を当て、得意げに笑う。
「こう見えてシードは得意でして。あたしじゃなきゃ、お兄さんの命日は今日でしたね」
硬い表情が解けた。
そんな彼女を見て、胸をなでおろす。
遠くから歓声が鳴り響いた。
パレードはまだ続いているようだった。
「まずいな。俺はどれくらい意識を失っていた?」
「……二十分です。治療を始めてから二十分くらい」
さっきまで近かったパレードの音が、今は遠い。
「隊列はどれくらい進んだ?」
「そろそろ大広場に到着するぐらいですかね。どうしたんですか急に。もしかして、あの爆発した兵士たちに関係が?」
「大ありだ。あいつら、輸送檻の錠に起爆符を仕込んでいる。人が一番集まる頃合いを測った時限式だ」
兵士の一人から聞いた情報を伝えた。
フェイは腕を組んでうなだれる。
「お兄さんの話が本当なら、帝国史に刻まれる大事件ですね~」
口ぶりは軽かった。けれど、憔悴した表情と漏れるため息が、より事の深刻さを物語っていた。
「こんなことになるなら、軽々しく首を突っ込むんじゃなかったです。お兄さん、いっそのこと帝国から逃亡しましょうか」
「こっちの台詞だ! ――どうする? 兵士の話が本当なら一刻後には、大路は血の海になるぞ」
「この情報が本当か確かめるためにも、パレードはいったん止めましょう。あのバカ皇子を無視してでも」
フェイが軽く身を整え、大通りへと体を向けた。
そして、振り返った。
「もちろんお兄さんも手伝ってくれますよね?」
いたずらっぽく笑った。
向けた掌からは緑色の光が滲んでいる。
「……わかったよ。命の恩人だからな」
俺だって命の恩人なんだけど、と思ったがかっこ悪いのですぐにその考えをかき消した。
フェイの隣に並ぶ。
すると、視線を上げ、耳打ちするように呟いた。
「うまくいったらあたしの正体、教えてあげますね」
フェイの目が笑い、片口角だけが上がる。
俺は息を整えるふりをして、口元だけ結び直した。
「ガセだったらどうする?」
「その時は、ただ働きです」
呆れてしまった。
でも、嫌な感じはしない。
本当に、こいつは何者なんだ。
――ルミナが起きるまでに戻る時間が、また削れた。
大通りへ出ると、路地裏へ入った時とは打って変わり、大勢の観衆で前へ進むのも難しいほどの人混みで溢れていた。
「おいおい……どうするよ、これ」
遠くを見ても、輸送檻の姿は見えない。
相当遠くの方まで行ってしまったようだった。
「中央から追いかけましょう。あたしが言えば警備兵も通してくれるはずです」
俺とフェイは警備兵が観衆を手で押しとどめる規制線を目指した。
とはいえ、この人の量。
そこまでいくにも一苦労しそうだった。
人の波を押しやりながら前へと進む。
やっとのことで警備兵が見えてきた。
フェイがバッジを掲げると、規制線が割れ、中央の石畳があく。
「やれやれ……これで人混みから抜けられる」
と、知らない男が身を押し付けるように寄ってきた。
「何してるんですか~。置いてきますよ~」
フェイはすでに中央の通りに出ていた。
「待てって。なんか変な奴が――」
肩を掴まれ、男が耳元で囁いた。
「動かないでくれ。爆発するんだ」
喉元で歯車が噛むような音。胸の下あたりが不自然に膨らむ。
まさか、こいつも――。
カチリ。
フェイと目が合った。
「お兄さん! さっき渡した――」
ドォン。
破裂音が人混みの中で響いた。
なんだ? と市民たちの注目がこちらへ向く。
耳の奥で金属が焼ける匂いが張りつき、ざわめきが一瞬、真空になった。
人波が吹き飛び、焦げと血の匂いだけが残った。俺の周囲だけがぽっかりと空いた。
背で歯車、前で蝶番。先に動くのはどっちだ
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