幕間1「喰寝亭の朝/パンとパレード」
俺はクウネル。
帝都の外れで「喰寝亭クウネル」を営んでいる。
普段はガラ空きの宿も、魔獣討伐帰りの皇子の凱旋パレードで満室。深夜まで宿泊を求める客が来る始末だ。
こっちはゆっくり余生を過ごしたいというのに、困ったもんだ。凱旋パレードなんかさっさと終わっちまえ。
早朝。
宿屋の広間の大テーブルに三人が腰掛けていた。
「レイナお姉様もギルド登録に帝都へ!? すごい偶然、運命! 私もです!」
「きっと天使様のお導きがあったのでしょう。運命に感謝です」
「ギリギリこの宿に泊まれてホッとしていたのに、よくいうよ。凱旋パレードの影響、もっと真面目に考えるべきでしたね」
朝っぱらからずっとこの調子だ。うるさくて目が覚めた。
一人は深夜に突然この宿屋に舞い込んできた少女――ルミナ。
「パレード! 何それ! 行きたい!」
「知らなかったんですか? 深夜に宿探すぐらいだから、てっきりそれが目当てだと思ってましたよ」
もう一人はノエル。
昨日から姉のレイナとここに宿泊している。
二人とも雰囲気からしてどこかの良家育ちに見えるが、こんな安宿に泊まっているからには、何か事情があるのだろう。
「ノエル、あまり詮索してはいけません。きっと彼女にも事情があるのでしょう」
レイナが諭す。
朝日が髪を縁取る。佇まいは端正、声はやわらかい。
気づけばこちらの背筋が伸びていた。
「……それで、パレードとは何のことですか?」
前言撤回。この女、ただの変人だ。
「えぇぇぇ……もしかして僕の方がマイノリティですかぁ?」
狼狽するノエルをよそに、料理をテーブルへぱぱっと並べた。
「お前が普通だ。国中が今日の凱旋パレードでお祭り騒ぎだよ」
三人と同じ席につき、持ってきたパンを頬張った。
……何だか強い視線を感じる。
レイナとルミナだ。二人ともわかりやすく口元が緩んでいた。
「どんだけ見つめてもやらねぇよ。欲しかったら朝食代を払え」
「何を言いますか! いつ私が“焼きたてのパンが欲しい”と言いました?」
「仕草でわかるよ、姉さん」
ノエルは乾いた笑いだけ浮かべ、視線を逸らす。
「とゆーか、女の子三人を目の前にして、よく一人で朝食食べられるよね」
ルミナが恨めしそうにいう。
「え? 女の子三人?」
ノエルの瞬きが増え、口角が上がった。
もしかしてこいつ、この見た目で――いや、余計な詮索はやめよう。
俺の人生、余計なことに首は突っ込まないって決めたんだ。
「言われてみればルミナさんのいうとおりですね……良い返事を期待していますよ、宿主」
レイナは綺麗な姿勢のままパンに手を伸ばす。
「――ッ! いい加減にしろよお前ら。そもそもこんな朝早くから広間で大騒ぎしやがって! いつもならこんな時間から飯なんて食わねえよ。ってコラ、待て!」
ルミナがすでにパンを頬張っていた。
「お、おいしひい! 見た目はアレだけどおじさん料理上手だね」
「……確かに。人は見た目通りとはいかないですね。モグモグ」
「カッコつけるか食べるかどっちかにしようよ、姉さん。モグモグ」
当然のように三人がパンを食べ始めた。
「宿泊ゴロかよ! 食っていいなんて一言も――」
突然、ラッパの音が鳴り響いた。
続いて、打楽器の音。耳の奥が振動する。
時間は早朝。
街はまだ眠りから覚めきれていない。
「おいおい。こんな時間から開始かよ。軍は何考えてんだ」
「レイナお姉様はパレードに興味ないの?」
「興味ですか。帝国の要人がこの目で見られる、という点ではありますが……」
「じゃあ行こうよ! 今からならきっと間に合うよ」
ルミナは前のめりになり、瞳がぱっと開いた。
「適当だなぁ。どこでやってるかもわかってないくせに」
ノエルは視線を落とし、肩の力を抜く。
「ルミナさんは、お父さんが迎えに来るのでは?」
「大丈夫だって。父さんならまだ寝ている時間だよ。起きる前にちょこっと覗いて、ささーっと帰ってきたらいいんだよ」
「それなら――わかりました。行きましょうノエル。善は急げとお祖母さまは言ってました」
「え!? 急すぎるよ。まだ準備してないし。というか、姉さんが生まれた頃には祖母さんとっくに死んでるよね?」
わちゃわちゃしながら嵐のように過ぎ去っていった三人。
ようやくゆっくりできる。
食い散らかされたテーブルでパンを頬張りながら思う。
あのルミナって少女の父親。
部屋が満室だということで追い出したが、今どこで何してんだろう。
「はやくあいつら引き取ってくれねぇかなぁ」
遠くから大衆の歓声が響いた。……その中に、鉄鎖が軋む音がかすかに混じった気がした。
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