第16話「路地裏/引き金」
人波を逆らい、兵士たちは路地裏へ消えた。
「男三人が路地裏に……やっぱりトイレじゃないのか」
「帝国軍はそんなフランクな集団じゃないですよ~」
「じゃあ、何か特別な任務とかで? 路地裏に?」
「う~ん。そう言われるとたしかに」
一緒に歩いていたフェイが離れた。
「あたしは裏から回るので、お兄さんはそのまま追いかけてくださいね」
「挟みこんでどうするんだよ」
「列を離れた理由を聞くんです。もし、逃げ出したら、ちゃんと捕まえてくださいよ」
フェイが肩越しに答える。
「俺、一般人なんだけど。兵士を止める自信ないんだけど」
「弱いふりしても無駄ですよ~。あたしの首元捉えておいて今更ですね~」
フェイは手をひらひらと振りながら、路地の奥へと消えていった。
――あいつこそ、只の一般人装っているんじゃないか。
俺は言われたとおりに兵士たちの後をつけた。
近すぎず、遠すぎず。気配を消しながら。
思えば少し前までこんなことばかりやらされていた気がする。
周囲が静かなせいか、大通りの歓声がやけに響く。
早朝とはいえ、兵たちの大行進に誘われ、市民たちがパレードを囲みだしたのだろう。
何だか楽しそうでうらやましい。
俺も宿にさえ泊まれていれば、今頃ルミナと気楽に観覧していたのかもしれない。
何で俺は、早朝から尾行などしているのだろうか。
兵士たちが角を曲がった。
気持ち足早に追いかける。
角から覗くと、前を歩く二人の兵士に変化はなかった。
――二人?
突然、剣が振り下ろされた。
すぐに腰のナイフでその剣先を逸らす。
兵士の輪郭が水面のように揺らぎ、薄く透けた。
魔法だ。
さすがは現役の帝国兵、直前まで気づくことができなかった。
「けれど、兵士さんがいきなり一般人を殺しにかかるのはやりすぎじゃないのか?」
見れば兵士の表情が歪んでいた。
肩をゆらしながら大きく息をしている。
透明化する魔法も安定せず、消えたり現れたりを繰り返している。
まさかの当たり。いや、ハズレか。
俺の力は、厄介ごとを呼び寄せる。
思えば、帝国を目指してからずっと、事件に巻き込まれている。
「落ち着けよ、兵士さん。今のは見なかったことにするから、事情を話してくれないか」
これ以上、《ヴォイド》は使いたくなかった。
「何で……後をつけたんだよぉ。お前を殺さないといけなくなったじゃないか」
剣を構える腕が震えていた。
自分の意志じゃない? 誰かに操られているのか。
「もう一度言うぞ。俺は見なかったことにする。だから、その剣を下ろしてくれないか」
「殺さなきゃ、殺されるんだ! 俺には待っている家族もいて――」
そう言いながら剣を突き立てて突進してきた。
――前言撤回。
殺さないために、力を使わせてもらう。
足元の影が伸び、兵士の足首に絡みつく。
「止まれ」
その一言で兵士の動きが止まった。
剣は力なく地面へと落ちた。
ほっと一息。なんとか荒事を犯さずに済んだ。
目の前の兵士はすでに支配下にある。
ついでなので、どうして隊列から抜けたか聞いてみた。
「……輸送檻に細工をした。魔獣が逃げやすいように」
つい、手で目を覆ってしまった。
ハズレどころか大ハズレ。
今度は帝国がらみの厄介事に首を突っ込んでしまった。
「細工って、何をしたんだ?」
「パレードで、人が一番集まっている時間を見計らって、爆裂符が作動するように、俺たちが細工した。ちゃんと、魔獣が外に出られるように、計算して」
「おいおいおい――それって、テロじゃないか。第一皇子を狙ってとか、そんなんじゃないのかよ」
兵士は答えなかった。
目的は一般人を狙った虐殺。
しかも、時限爆弾だけではなく、街中に魔獣を放つという最悪のシナリオ。
「お前、誰かに命令されたんだろ? 脅されているのか、操られているのか、お前に指示した奴を教えろ」
たとえ魔法で操られたとしても、俺の<ヴォイド>の方が格が上。
命令に従うはずだ。
「指示したのは……」
兵士の喉奥で「カチリ」と歯車が噛む音がした。
まさか、主の名を口にすることがトリガーになる爆裂符が仕込まれているのか。
考えている時間はない。
今すぐに力を使用する。
「加速ッ――」
周囲の色彩が消え、時間がゆっくりと流れ始める。
否――実際は俺が普段の二倍の速度で動いているだけだ。
兵士の体が膨れ上がっていく。
これは、絶対にマズい。
急いで後方へ飛びのき、目をつむり、耳を塞ぎながら曲がり角で身を伏せる。
「――加速解除」
心臓がズキリと傷んだ。この技は歪み以前に、直接体に負担がかかる。
色彩が元に戻るのと同時に爆発が起こった。
周囲の建物の壁が爆風で崩れ落ちた。
爆風で飛んだ石畳や壁の破片が刺さってしまったのか、背中が熱い。
爆発に巻き込まれていたら、負傷程度では済まなかったかもしれない。
巻き起こる粉塵と、パラパラと落ちる建物の残骸。
幸いにもパレードの見物に行っているのか、人の悲鳴は聞こえなかった。
恐る恐る、移動する。
黒焦げの円が石畳に焼き付いていた――中心だけが、ぽっかり無い。
兵士の残骸も残っていなかった。
ふと、気づいた。
「フェイ――」
奥を確認すると、残った兵士二人がこちらを見ていた。
そして、タイミング悪く更に奥の曲がりからフェイが顔をのぞかせた。
「逃げろ!」
俺は咄嗟に叫んだ。
しかし、逃げ出したのは兵士の方だった。
フェイは、何が起きたかわからず呆然と立っているだけのように見えた。
何でそっちが逃げるんだよ。心の中で悪態をつくと、さらに最悪のことが起きた。
逃げ出した兵士たちの体が、膨れ上がった。
すぐそこにはフェイの姿。
心臓の鼓動がさらに早まる。
大通りから、ラッパの音と、一際大きな歓声が聞こえた。
路地裏の出来事になど、だれも興味がないかのように。
フェイまで三歩。二歩。――次の瞬間、俺は――
次回:路上爆散――三歩の距離、間に合うか。
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