第15話「凱旋大路/揺れる鉄鎖」
ヴェルガノス凱旋大路。
亜人が案内した先だ。
パレードに向けて、露店が並んでいた。
帝国兵が行進路を確保するため人々を追い払っている。
道路のど真ん中に出て振り返ると、凱旋大路の先に巨大なヴェルガノス帝国の城がこちらを見下ろすように立っていた。
圧のある威容に息を呑んだ。
「貴様! ここは立ち入り禁止だ!」
帝国兵に注意された。
「ごめんね~。こいつはあたしの手下なんで許してください~」
「誰だ貴様は――って、貴方は!」
帝国兵が姿勢を正す。敬礼をしようと手を上げかけたが、何かに気を遣うように途中で動きを止めた。
「ふ、不審者はおりました……いましたでしょうか?」
亜人の眉がわずかに寄る。――一拍。肩の力がほどけ、視線が戻った。
「まあいいでしょう。……いや~、帝都は広いですからねぇ。あたし一人じゃ全部回りきれないよね」
「警備は万全です。グラウフェン――」
フェイの目が細くなる。帝国兵は言いかけて、こちらをちらりと見たのち、ため息をついて言い直した。
「フ、フェイさんが心配なさらずとも、第一皇子に何かあれば私どもが忙しくなります。不測事態も織り込み済みです」
そう言って帝国兵は足早に去っていった。
「……つまりはどういうことだ?」
猫耳の亜人――フェイに聞く。
「魔獣討伐の自慢をしたい皇子にみんな頭を抱えているってことですよ」
フェイは手をひらひらと動かす。
いまいちよくわからない。頭を捻っているとフェイが答えてくれた。
「皇帝の容体が良くないんですよ。それで跡継ぎ問題で国内はピリピリ。穏健派と改革派でぶつかり合っている中に、何も考えていない第一皇子が自慢のパレードを開きたいと言い出したって流れですね」
「つまりは、このパレードでバカ皇子に何かがあると、どちらかの派閥が動き出して、最悪内戦状態になるかもしれないってことか」
「そうそう。それであたし達は不審者を見つけ次第、問答無用で捉えるってね。帝国も余裕がないんだね~」
視線が遠のき、沈黙が残った。
フェイが口をわずかに開き、一拍置いて笑った。
「って、あたしだから流してあげるけど、絶対にバカ皇子とか言っちゃだめだよ。冗談抜きで死刑だよ」
首が跳ねられるジェスチャーをする。一瞬重い空気を感じたため、少しホッとした。
――って、なんで俺はホッとしてんだ。
「そういうわけで城門に行きましょう」
「何がそういうわけで、だよ。お前、何だか俺にとんでもないことさせようとしていない?」
「ギク――。いえいえそんなことはないですよ。ただこの辺りは帝国兵がしっかり警備してそうなので、あたしたちのお役目はないかな~っと思っただけで」
「……早いうちに帰らないと、娘が待っているんだよ。悪いけど、時間かかりそうだったら他当たってくれないかな」
「娘? 子供がいるんですか? 路上で寝てたのに?」
「俺だけ泊めてくれなかったんだよ。だから今も娘は知らない女と一緒の部屋で――」
自分で言っていて訳がわからなくなった。フェイも首をかしげている。
「とにかく、あんまり長居はできないんだよ」
「よくわからないですけど。OKってことですね!」
「全然わかってない!」
フェイに手を引かれた。
無邪気に笑いながら城門をめがけて走る。
本当なら振り払うべきだったのかもしれないけど。
なぜかそんな気にはならなかった。
城壁前。
すでに馬車や兵隊、騎兵がパレードに向けて整列していた。
「おいおい、早朝だぞ」
「だねぇ。大路はまだ準備も整っていないのに」
フェイが今にも始まりそうな軍の整列を見て、肩をすくめた。
すると、怒鳴り声が響いた。
声のする方に視線をやると、周りとは一際違う豪勢な格好をしている男がいた。
「うわぁ。こんな場所で目立っちゃって」
フェイがうなだれる。
つまりは、あれが――
「父上の具合が悪い。だからこそ、今すぐ勝ちをお伝えして、お力としたいのだ!」
周囲が兵や黒礼服であふれる中、一人、白銀の胸甲に、翼の意匠の肩当て。腰には鈍く光る儀礼剣を携えている。そんな目立つ衣装の男こそが――
「第一皇子、ルキウス・ヴェルガノス。これじゃあ標的はここですよって言っているようなものだよ」
帝国の皇族。
こんな目先で見られるとは思ってもいなかった。
「もういい。パレードを開始しろ! 皇子としての命令だ、今すぐ城へ向かえ!」
その号令と共に、パレードの集団に緊張が走った。
先導の騎兵・旗手・楽隊が音を鳴らして行進を始めた。
「始まっちゃったよ。どうするのこれ」
「動き出したらあたしの仕事の範疇じゃないですね~。とりあえず、後列の魔導装甲車と魔獣を確認して終わりにしましょうか」
「了解」と手を上げて返事をした。
先日通った城門とは別の巨大な門だ。
もちろん城外から城内まで一直線に貫通していて、軍の行進や馬車などはそのまま外から場内へと行進していく。
その奥に巨大な鉄の塊があった。
「すげぇ……」つい、声が漏れた。
元の世界でも見たことがない、強大な鉄の車。いや戦車と言ったらいいのだろうか。
その足元に青白い魔法の光を放ちながら車輪が重たく動いていた。
「おやおやお兄さんでも、魔導装甲車には驚きを隠せないみたいですね」
フェイがいたずらっぽく口元をゆがめた。
「帝国ってこんなもの作れる技術があるのか?」
「よくわからないですけど、最近現れた研究者が天才らしくて、すごい発明品を世に出しまくっているんですよ。これはその内の一つですね~」
装甲車の後ろには、鉄壁で囲われた巨大な輸送檻があった。
俺とフェイは馬車や騎兵隊とはスケールの違う、まるで別世界の乗り物を呆気にとられながら見ていた。
そういえば魔獣がどうとか、宿主が言っていた気がする。
建物がまるまる入りそうな大きさの輸送檻だ。この中に入るほどの魔獣をあの皇子の力で捕えた、とは思えなかった。
中の魔獣が暴れているのか、檻はきしみ、大きく揺れている。
「あれを捕まえるのに、兵士が何十人も死んだんだよねぇ」
フェイが他人事のように呟いた。
けれど、その表情は暗く、遠くを見つめているようだった。
どこか、規律良く行進する兵士たちに疲れが見えた。
「――そうだな」
歩く兵士たちにねぎらいの言葉をかけたくなった。
そんな中、輸送檻の脇についた車列から歩兵姿の三人が隊列を外れ、一般人の群れへと消えていった。
「なんだか、数人、行進から抜けていったけど」
フェイを見ると、彼女もその様子を見ていたようだった。
「……怪しいですね。一応追いかけてみましょうか」
「そうだな。仕事と言っても今のところ、これといったことはしていないし。それぐらいは協力しますよ」
パレードが始まったとはいえ、まだルミナはギリギリ寝ている時間。もう少しぐらいなら付き合っても大丈夫だろう。
フェイはにこりと笑みを向けた。
とはいえ。パレードが始まったことで、一般人が通りに集合し始めていた。
このままだと、前へ向かって歩くことも困難になりそうだった。
俺とフェイはそっと、怪しい動きをした兵を追いかける。
先導のラッパが二度鳴る前に宿へ戻る――それだけだ。
この時は、多分トイレだろう、ぐらいに思っていた。
ただの尋問に終わり。俺はゆっくりと宿へ帰る。
そんな未来を考えながら追いかけていた。
鉄の壁が大きくきしみ、鎖がカランと鳴った。
中から甲高い魔獣の鳴き声が響く。
周囲の群衆がざわつき、視線が檻に集まる。
フェイも耳をそばだて、険しい顔をした。
「……嫌な音」
思わず足が止まる。
次の瞬間、パレードの太鼓がドンと鳴り響いた。
二度目のラッパまで、もう余裕がない。胸の奥で汗が滲む。
太鼓が二度目を打つ。群衆が揺れ、兵は角へ逸れた。
次回:檻のきしみ――衝突。逃げるか、助けるか。
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