第13話「満室/厄介事」
前回。白袖奉仕会から脱出――深夜の帝都で宿を探すが……。
時は既に深夜。
白袖奉仕会から逃げ出し、ようやく灯りの点いた宿を見つけた。
あとはこの宿に泊まれるかどうかが問題。
果たして、帝都の宿とは深夜からでも客を受け入れてくれるのだろうか。
ドアを開ける。カランと音がした。
「おいおい、こんな時間に何だ……って!?」
カウンターに一人、この宿主らしき男が口をあけてこちらを見ていた。
「部屋空いてるかな?」
俺が聞くと、宿主は全力で首を振った。
「空いてないが、それ以前に怪しい奴はお断りだ」
俺はルミナのドレス姿を見て、ため息をつく。
まあ、こんな深夜に、おっさんとウェディングドレス姿の少女を見たら、まともな人物には見えないよな。
「厄介事に首をつっこまないのが俺のモットーだ。さっさとよそに行きな」
宿主は手を振ってこちらを追い払う仕草をした。
「う!」とルミナがお腹を抱えてうずくまった。
「どうした! どこか痛いのか!」
ルミナが弱々しい表情で答える。
「お父さん……わたし、もうダメかも。最後にふかふかのベッドで眠りたかった……」
「どうか……娘のためにもここで休ませてもらえないだろうか」
俺の真剣なまなざしを見て宿主が「フ……」と笑った。
「三文芝居は昼間にしな。悪いが本当に部屋が空いてないんだよ。魔獣討伐パレードのせいで、大忙しなんだ」
宿主が手にした新聞の見出しに、魔獣の文字が見えた。
「何で魔獣倒したぐらいでパレードなんだ?」
「第一皇子が指揮したんだよ。その戦果をアピールしたいんだろ? 明日のパレードの準備で帝都中大騒ぎだよ」
魔獣……正直、あんまり聞きたくないワードだ。否応にも過去の罪を思い出してしまう。
「今だって、普段は寝ている時間だが、客が多すぎて、この時間まで仕事していたんだよ。そういうわけで、すまないが出て行ってくれ」
宿主は新聞をしまい、代わりにカウンターへパンと飲み物の入ったボトルを置いた。
パンとボトル。――追い出し料、ってことか。
俺は肩を落としながらルミナの元へ歩く。
「無理そうだ。今日は固い石畳の上で野宿でもするか」
ルミナは顔を下げ震えていた。
やばい。
これはルミナのストレスが最大値に達した仕草だ。
このままだと、力づくでここで寝ると言い出しかねない。
俺は宿主へと振り返った。
「なあ、こいつだけでも泊まれないか? 金ならそこそこ持っているんだけど」
「くどいな! 部屋は満室で無理だって言っただろ! あまりしつこいと帝国兵を呼ぶぞ!」
宿主は机を強くたたいた。
二階から金髪の女性が降りてきた。宿主が一瞬、背筋を伸ばす。
その指に、鷹の紋章入りの指輪がきらりと光った。
「どうしました?」
「怪しい連中が泊まらせろとうるさいんだよ。あんた、悪いがこいつら見張っていてくれ。俺は帝国兵を呼んでくる」
俺は焦った。
ようやく、ここまで来たのに、このままでは今度は帝国に尋問される。それだけは何とか避けたい。
「わ、わかった。さっさと出るから。それだけは勘弁してくれ」
震えるルミナを押して、店から出ようとした。
「待って!」
金髪の女性に呼び止められた。
「私の部屋でよければ休んでいきますか?」
突然の提案に、この場がしん、と静まり返った。
「おいおい、嬢ちゃん本気か? 深夜にウェディングドレス着てる奴だぞ。絶対、厄介事抱えているって」
「そうだとしても、ここで出会ってしまったのですから。手を差し伸べないわけには行かないでしょう」
女性の背後から後光が差したように見えた。
宿主はため息をついて、新聞を読み出した。
「勝手にしろ。代金だけは払って行けよ」
「宿主の了承も得ました。どうぞこちらへ。その姿では体も休まらないでしょう」
ルミナは一目散に女性の元へ走り抱き付いた。
「神! 神姉さまと呼ばせてください!」
「それは言いすぎかな。私はレイナ。あなたは?」
「わたし、ルミナです」
レイナはルミナの頭を撫でて笑いかけた。
「それじゃあ、行こうか。ルミナさん」
「はい! レイナお姉さま!」
やれやれ、一件落着か。
階段を上っていく二人を追いかけるように、俺も階段を上る。
「え?」
レイナがこちらを見て目を丸くした。
「え?」
俺も訳が分からず、声を漏らす。
「すみませんが、あなたは男性ですよね?」
レイナの一声にはっと気づく。
もしかして、今の話はルミナ限定?
縋るようにルミナを見ると、すでにこっちのことなど気にしていない。
宿主の方を見ると、出口のドアを顎で指していた。
俺は唇を噛みしめ、レイナに頭を下げた。
「娘を……よろしくお願いします」
「え、ええ。わかりました」
俺の泣きそうになった表情のせいか、少し引いていた。
とぼとぼと、カウンターに置かれたパンとボトルを取り、外へ向かって歩く。
「明日は部屋が空くから、夜が明けたらまた来な」
俺を憐れんでくれたのか、宿主がやさしく声をかけてくれた。
夜風が肌を刺す。遠くの通りで犬が吠え、どこかで瓶が割れる音がした。
ルミナはふかふかのベッドで眠り、俺は石畳の上で夜を明かすのだろう。
暗がりの路地から、誰かの視線を感じた気がして足を止める。
風が吹き、瓶の破片がカランと転がった。
パレードまで、あと四刻──嵐の前の静けさだった。
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