第12話「宣言/新翼騎士団」
私――ベルトとカレンダは幼馴染だった。
隣り合う家で代々パン屋を営んでおり、良きライバルだった。
ある時、父の開発した魔道具により生産が跳ね、長年の両家の拮抗は崩れ、カレンダの店は零落した。
父は不憫に思い、事業を統一した。
しかし――それが不幸の始まりだった。
私の父母が急死し、特許は彼女の家へ。私は彼女の工場の下働きに落ちた。
それでも、互いの愛は揺らがなかった。
成人と同時に求婚したが家は拒んだ。
私たちは家を出て帝都で起業するも路頭に迷い、そこで出会ったのが白袖奉仕会だった。
婚姻は禁じられていたが、衣食住は足り、望めば毎日会えた。楽園だと思った。
けれど――会う時間は日に日に削られてゆき、ある日、カレンダは司祭様の第一妻になった。
話す時間は消え、心は遠のく。
やがて――身ごもったとの噂を耳にした。
ここでは子は皆、司祭様の子──本当の父は問われない。それでも頭から離れない雑念。 あの子は誰の子か。
怒りと悲しみが私を裂き、逃げ出そうとも思った。
けれど私はできなかった。カレンダを愛さない選択だけは、どうしても。
◇
いつの間にか遠くに行ってしまった、懐かしい声。
「ベルト――」
ゆっくりと目を開けると、光が差し込んだ。
懲戒部に目を潰されたと思っていたけど、案外自分の体は丈夫にできているみたいだ。
「よかった……見えるのね」
手を握る。こうやって触れ合うのもとても懐かしく思えた。
「ああ、よく見えるよカレンダ。どうして泣いているんだい?」
「私は……どうしてあなたのことを、今まで」
くしゃくしゃになりながら泣くカレンダ。その震える手の感触から、昔の彼女が戻ってきたように感じられた。
私は起き上がり、周囲を確認する。
散乱した礼拝堂内。焼け焦げたにおいが立ち込める。
「司祭様は?――」
カレンダは首を振る。
「……娘を探していたあの人はどうなった?」
「司祭様が消えて……それから身内同士の粛正が始まって……その間に子供を連れてどこかに」
白袖や信徒たちが忙しく動いている。今はその闘争の後片付け、なのだろうか。
「ごめんなさい。あなたが目を覚ましたら。謝ろうと思っていたの」
カレンダが立ち上がり、どこかへ行こうと歩みだした。
「どこへ行くんだい?」
そっと振り返るカレンダ。
「私は、あなたを裏切った。司祭様の誘惑に負けて……目先の欲に溺れてしまった。この手で罪を重ね続けてしまった。こんな私があなたの横にいるわけにはいかない」
カレンダは悲しそうに笑った。
「今までありがとう――」
そう言って去ろうとするカレンダの手を強くつかんだ。
「どこへ行くんだい? と言っただろ」
彼女は不思議そうな顔をした。
「これまでも、これからも、私たちはずっと一緒だよ。昔、そう言ってプロポーズしたの忘れたのかい?」
「……でも、私は、あなたを――」
思わず彼女を抱きしめた。
胸骨に当たる鼓動が昔のリズムで返ってくる。
「私の方こそごめん。目先の生活に目がくらんで、君の事を放っておいてしまった」
「――裏切ってきたの。あなたも気持ちを知りながら、それでも」
「今でも、司祭様のことを?」
カレンダは胸の中で力強く首を振った。
「それだけで十分だよ。これから二人でやり直そう」
いつの間にか、私も泣いていた。
不思議な男。――魔力はないのに、不思議な力を使っていた。
もしかしたら、私の目も、彼女の体も、彼が直してくれたのかもしれない。
「お取込みのところよろしいですかな」
急に声がした。
私とカレンダが向くと、司祭様の側近の一人がこちらを見て佇んでいた。
「無事を確認し合う中無粋ではありますが、あちら様をお待たせする訳にもいかないので」
側近がそっと道を作るように移動した。
奥から、逆光を浴びるように現れた集団。あれは――
「新翼騎士団。中央からの御来訪です」
白いマントを翻しながら現れた騎士団。
聖翼教会唯一の武力。
世界の秩序を監視する最強の戦闘部隊。
「初めまして。私は新翼騎士団団長のイスカリオ・アルマティス。今回の惨状についてお聞きしたい」
長い銀髪が風にたなびく姿は、まるで天使の降臨のように目に映った。
◇
身廊の長椅子に、中央通路で分けるように、それぞれが座った。
こちら側では司祭の側近が後ろに立ち、団長イスカリオの背後には屈強な男性と若く華奢な体つきをした女性が立っていた。
「――なるほど。司祭は謎の『くらやみ』に飲まれ消え去った、と」
背後に立っていた男がイスカリオに耳打ちする。
「他の証言と一致しています」
「ふむ――」とイスカリオは何かを考え込むように顎に手を添えた。
「司祭殿が急ぎ報告したいことがあると聞いて、夜通し移動して来たのだが、まさか、この惨状のことではあるまい」
礼拝堂は所々が砕け、焼けただれ、天井の裂け目から白い光が差していた。
「司祭様は、天使の子を手に入れた、と言っていました」
カレンダの一言に、騎士団がざわめく。
司祭の側近は頭に手をやりため息をついた。
「耄碌……ではないよな」
イスカリオの言葉に、側近が反論する。
「司祭殿は嘘などおっしゃらん! 抜けたとはいえ元は中央評議会の一員ですぞ。新翼騎士団だとしても、発言に気を付けてもらいたい!」
「それは失礼。実を言うと別件の要請で帝国へ招かれてね。そのついでにここによる予定だったのだが……うむ、天使の子というワードを聞いてしまってはな。この案件から片づけないわけにはいかないか」
「参拝者の名簿、手に入れといたよ」
イスカリオの背後に立つ女性が、革装の名簿を渡す。
流し目で側近を見て、歯を見せた。
「ああ! 貴様、いつの間に!」
側近が叫ぶと、上唇をぺろり舐め、肩先で笑った。
しばらくイスカリオが名簿を読みながら指でなぞっていると、ある地点で指先が止まり、銀の睫がわずかに震えた。
「どうしました?」屈強な体格の男がイスカリオに問う。
「……まさか、こんなところでこの名前を目にするとは」
イスカリオは肩を震わせ、口角を上げていた。
「失礼」と、側近がイスカリオの指す名前を覗く。
「レン・ヒイラギ……」その名前を呼んで、側近は更に深く息を吐く。
「白袖奉仕会を、この惨状の原因となった男ですな」
側近はこめかみに指を添え、頭を振った。
「ってことは、このルミナ・ヒイラギってのが天使の子?」
先ほど側近をからかっていた女性が、会話を続ける。
私とカレンダは目を見合わせ「おそらく」と答えた。
「ハハハ……!」
突然、イスカリオが声を上げて笑った。
周囲の空気が止まり、誰もが固唾を呑んだ。
「失礼! まさか私の生徒の名をこんなところで見るとは思わなかったもので」
「団長の生徒って、もしかして暗部の――」
「バカもの! お前はいつも口が軽すぎる!」
男が女の方を制止した。
イスカリオは名簿を閉じて立ち上がった。
「レンが天使の子とともに帝国に来ている。これは、会わないわけにはいけないな」
「えー、じゃあ魔獣の件はどうするの?」
「大バカもの! なんでお前が団長に意見しているんだ!」
「さっきからうるさいなー。いちいち細かいんだよ、筋肉達磨は」
イスカリオの後ろの二人が言い争いを始めた。
そんな二人を気に留めることもなくイスカリオを私たちの前まで、歩み寄った。
「この場は封鎖し、調査が終わるまで現場保全とする。よって当隊はここに詰めさせてもらう」
イスカリオはカレンダに手を伸ばした。
「そういうわけで、しばらく新翼騎士団はここに居候させてもらうよ。もちろん、拒否権はないのであしからず」
自然と、二人は握手を交わした。
その光景に、少しむっとしてしまい、イスカリオへ聞いた。
「待ってください。なぜ、団長ともあろうお方が、私の――いえ、カレンダに付きまとうのですか?」
イスカリオが間の抜けた表情になる。
言い争いをしていた二人も、黙ってこっちを見てきた。
静まり返る状況に、司祭の側近が咳ばらいをする。
「司祭殿がいない今、白袖奉仕会の代表は第一妻……つまりはカレンダ、君だからだよ」
「え?」と私とカレンダは目を見合わせた。
「ただで居候させろとは言わない。ここの再建に新翼騎士団も協力させてもらおう。もちろん、任務の方を優先させてもらうが」
「ま、待って……」カレンダの呟きに、司祭の元側近が首を振った。
「あなたがここの司祭ですよ」
側近の言葉を聞いて、あらためて周囲を見る。
白袖たちや信徒たちが、じっとこちらに黙って注目していた。
私は、何か気持ちが抜けたように感じた。
カレンダの肩に手をやった。
「ベルト……」
カレンダの視線に私は何も言わずに頷いた。
彼女はそんな私の仕草を見て、決心したように、けれどどこか嬉しそうに頷き返した。
「――私は逃げません。奪われた分も、ここで生まれる分も、私が見届けます」
「と、いうわけでカレンダ殿。今からあなたは司祭として学ぶことが山ほどある。今までのように堕落した生活が送れるとは思わないように」
側近の言葉にカレンダが答えた。
「待って……ベルトはどうなるの?」
周囲がざわついた。
「信徒の一人であろう。役職は君が決めなさい」
「でしたら……彼は、私の夫です。彼も私と同じ立ち位置にするなら、司祭としてのお仕事、全うする所存です」
周囲の白袖や信徒がざわめきだした。
側近がカレンダと、私に向けて頭を下げた。
「司祭殿の仰せるままに」
白袖や信徒たちが手を組み、頭を下げていた。
私とカレンダは何も言わずに、その光景を見ていた。
◇
――時は遡り深夜。
「なんでわたしドレスなんて着ているの?」
目を覚ましたルミナがずっとドヤしていた。
「知らないよ。あの教会から逃げるので精いっぱいだったんだから」
「全然記憶にない……女の人に何か嗅がされたような気がするんだけど」
ルミナの言葉を流しながら、明かりのついた宿の前にたたずんだ。
「この時間、空いているかなぁ?」
帝都はとっくに寝静まっている時間。
この離れの宿に断られたら、俺たち親子は街中で野宿だ。
ルミナの格好を考えると、それだけは避けなければならない。
俺は宿のドアノブに手をかける。
「断られたらどうする?」
ルミナの問いに、答える。
「その時は――土下座してでも泊まらせてもらうさ」
遠くで獣の遠吠えが聞こえた。
鐘は鳴り止んだ。だが、帝都で鳴る鐘はこれからだ。
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