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第1話「魔力ゼロの俺」

 世界を書き換えるヴォイド。ただし代償は重い。

 三十五歳の俺は、娘ルミナと世界の中心にある『天使の塔』を目指す旅に出た。

 達成できなければルミナは円堂おわりに殺される。


 残された期限はあと362日。


 塔は遠い。前人未到のその場所に、どうやって辿り着けばいいのか見当もつかない。

 三十五。体力も気力も心許ないが、なんとかするしかない。

 手がかりは島の向こうの大陸側。

 まずはギルドで稼ぎ、記録庫を当たり、通行状と案内人を手に入れる。入り口は全部、向こう側だ。


 ――ふと思う。円堂おわりはどうやって天使の塔へ行ったんだ?


 ◇


 ――島の港。

 港で最初のトラブルが待っていた。


 魔力計の針はゼロで止まった。魔導脈がないのだから、当然だ。


「……嘘だろ。ゼロは初めて見たぞ」


 乗船手続きの係員が顔を引きつらせ、俺と魔力計を何度も見比べる。


 周囲がざわつき始めた。揉め事に映るらしい。余計な注目は避けたい。


「というか、乗船に魔力の測定って必要ですか?」

「船員を守るためだよ。海の上は無法地帯。乗っ取られるわけにはいかないだろ」

「なるほど。じゃあ俺は問題ないってことだな」



 手元の乗船券には『不許可』の赤判。


「なんでだよ!」

「得体の知れない父さんは乗せたくないんだよ」


 横で達観した顔の娘――ルミナが言う。彼女の乗船券にも、しっかり『不許可』の文字。


「たしかに。得体の知れない奴は乗せれないみたいだ」


 俺の視線に、ルミナが気づく。頬が赤い。言い訳が始まった。


「あの魔力計、安物だよ。触れた瞬間に火花吹いて止まったんだもん。道具にはちゃんとコストをかけるべきだよね」


 こうして俺たち親子は、最初の一歩でつまずいた。



 どうするか。二人で桟橋の縁に腰を下ろし、脚をぶらぶらさせながら、海の向こうにうっすら見える大陸を眺めた。


 背中をトントンと叩かれた。振り返ると――三人組が立っていた。

 真ん中の男が笑顔で言う。


「困ってるなら、僕たちと来ないか? 魔力ゼロでは何かと大変だろう」


 男が保証人になるなら、港の例外条項で『不許可』は取り消せるという。


「どうする?」


 ルミナは肩だけすくめる。


「選択肢ないじゃん」


 三人組は『勇敢なる者』というチームだ。魔王軍残党の掃討を掲げている。

 いまはその第一歩として、大陸最大の国――ヴェルガノス帝国へ向かう途中だ、と。


「へえ、すごいですね。志が――すごい。」


 俺も帝国を目指して大陸に渡りたい。ただ、人助けが目的じゃない。手っ取り早く金が稼げると聞いたからだ。

 本当に行きたいのは、世界の中心にある天使の塔。けど、行き方も資金も不明だ。だから、わかりやすい金稼ぎから始める。


「アハハ! 君はおもしろいことを言うね。でも、娘さんがいるんだから、ちゃんと地に足の着いた夢を見ないとね」

「まあ、そう言うよな。みんな」


 俺は目を細め、ルミナを見てつぶやいた。


 女僧侶が娘にやたら懐き、ずっとくっついている。そんな彼女にルミナは本当に嫌そうな顔をしていた。


 出航の合図が鳴る。何はともあれ島からの脱出には成功した。


 ◇


 夜。

 手すりに肘をかけ、近づいてくる大陸を眺めた。その背後には、細く天を貫く天使の塔。

 すると、『勇敢なる者』のリーダー、アステルが声をかけてきた。


「緊張しているのかい?」

「そうだな。長い間島でダラダラ過ごしていたからな」


 振り向かずに答える。


「――僕はね。島の警備兵として働いていたんだ。けれど、この有り余る力はもっと別の場所で使うべきだと思ったんだ」


 アステルの目は大陸を向いていた。


「だから君も志をもってほしい。大陸には魔獣がうようよしているみたいだ。生半可な覚悟じゃ、生きていけない」


 天使の塔を見たまま、視線だけをアステルへ向けた。何も答えない。


「邪魔して悪かった。海の上とはいえ、何が起こるかわからない。早く寝た方がいいよ」


 そう言いながらアステルは去っていった。


「志、ねえ……」天使の塔を見つめながら俺は呟いた。


 ◇


 船に乗って一週間。


 ようやく大陸にたどり着いた。途中で魚人海賊団に襲われ、着岸前に巨大クラーケンに襲われたりした。


 船から降りる瞬間。アステルと仲間が隅で話し合っていた。


「――しかし、あの魔力を諦めるには惜しい」

「ここからは大陸だ。荒事を起こさずに引き離すには――」


 何やら熱心に話し合っているが、俺には関係ない。

 とにかく、色々あったが、第一の目的――大陸には着いた。


 大陸の波止場の酒場で、食事をとることになった。


「色々あったけど、無事たどり着けてよかったな、ルミナ」

「そうだね。よかったね、父さん」


「よくない!」


 酒樽が卓にドンと置かれ、大きな音を立てた。騒がしい酒場で、ここだけ空気が冷えた。


「え?」俺とルミナは突然の形相に、黙ってしまった。


「ルミナちゃんは私と外で遊ぼうか」


 女僧侶がルミナを酒場の外へ連れ出した。

 気になって、影の端だけを扉の外へ伸ばす。


「どうした? 急に大声張り上げて」

「君は船の上でのことを覚えていないのか?」

「船? みんなで頑張って魚人やクラーケンを倒していたけど。それが何かあったのか?」

「僕たちが必死に戦っている間、君たち親子は何もせず、ぼーっと見ていただろ!」


 まあ、たしかに。ぼーっと見ていたっちゃ見ていた。


「仲間の一人がずっと行方不明だ。きっと、戦っている最中に海に落ちたんだ」


 アステルの目に涙がたまっていた。さらに強く机を叩き、眉間を押さえて首を振った。


「悪いけど、俺は魔力ゼロの何の役にも立たない男だ。邪魔にならないように身を隠すのが最善だと思ったんだ」


 アステルに睨まれた。


「そうかい。君がそこまで言うならこっちも言わせてもらう。君の娘。桁違いの魔力を持っているだろう?」


 心に突き刺さる。冷汗が一滴、頬を伝った。


「君たち親子をずっと見ていたよ。君の魔力ゼロでうやむやになっていたけど、娘の方は魔力計を壊していたじゃないか。あれは道具の故障なんかじゃない。君の娘の魔力が膨大だったからだ」


 なるほど。だから俺たちに声をかけてきたのか。


「こんなことはしたくない。けれど、一つ提案をさせてもらう」


 机の上に袋が置かれた。中には金銀宝石がぎっしり詰まっている。

「ヒュー!」ガラの悪い客が遠くから薄ら笑いを浮かべてこちらを見ている。

 そんな周囲の冷やかしを振り払うようにアステルは話を続ける。


「君の魔力はゼロ。失礼だけど冒険どころか日常生活にも支障を及ぼすレベルだ」


 アステルは言いづらそうに、俺へと告げた。


「だが、娘――ルミナは別だ。魔力量が常人を遥かに超えている。島で埋もれるにはあまりにも惜しい才能」


 手が震え、顔は憔悴しきっていた。


「ルミナの面倒は僕たちが見る。だから君は、島へ引き返してくれ。力を持った者と無い者。同じ世界では生きていけない……」


 追い込まれているのが見て取れた。

 彼なりに考えた上での決断なのかもしれない。


「――たしかに」俺は相槌を打った。


「わかってくれて助かる。早速だけど、僕たちは帝国へ向かう」


 俺の足元の影が伸び、アステルの影に繋がった。


 ヴォイドを発動させる。


 店のランプが一瞬だけ明滅した。


 命は取らない――まだヴォイドが完治していないからな。



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