命のユートピア
祈り、願え、清らかな心で、汚れた肉体で。
さすれば命のユートピアは応えよう。但し欲張ってはいけないよ。命のユートピアは永遠では無いのだから。
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深い深い森の中、箱庭の世界に小鳥の囀りが響き少年少女が目を覚ました。大きな欠伸と共に目元に溜まった涙を拭う少女の名はアスク。覚めない頭を抱えて床を模様を眺める少年の名はレピス。
此処は二人だけの箱庭。まるで共感覚の双子の様に、将来を誓う恋人の様に、鎖に繋がれた獣の様に、母の中の胎児の様に、二人は何時も何をするにも一緒だった。
朝日を浴びる時刻も、食事の斜陽も、瞼の閉じる瞬間も、延々変わる事もない穏やかな日々。
「何時か、旅をしたいな」
「何処まで行こう?」
「御伽噺のユートピアの泉まで行こう」
「帰って来られるかな?」
「お腹が空いたら帰ろう」
二人が住むにしては大き過ぎる屋敷を駆け回って、御伽噺を手に取る。何度読んでも飽きない物語は二人に刺激ある一時を齎す。
茜射し込む遊戯場で同じ色をしたアスクが眠いと云った。レピスはちっとも眠くはなかったが、少女と共に瞼を閉じる事にした。
「おはよう」
と呼んでも少女アスクは夢を見ていた。
「お腹が空いたね」
と云っても少女アスクのお腹は鳴らない。
「おやすみ」
と伝えても少女アスクは眠るままで。
其れから十月十日が過ぎ去った。少年レピスは一人で朝日を浴び、食事を摂り、瞼を閉じた。一人でに蹲り、啜り泣き、茜色の体を持て余した。
野良猫が仔猫を産んだ。鹿が角を振り落とした。世界は今日も回ってる。命を廻して祈り続ける。其れでもアスクの体は世界から見放された様に血色良く寝転がっている。
腐敗していくのは何時だって遺された心。
「命のユートピアに行こう。祈り願えば、或いは目を覚ますかも知れない。そうだ、そうしよう」
命のユートピア。其れは伝承に登場する聖域。泉の形をしていると伝えられ、病気平癒を願えば如何なる病魔でも退く、正に神域。少女アスクは病に侵され昏睡したのだと信じて、近付きもしなかった森の入り口に立った。
「行ってきます」
返って来ない返事を求めに、
少年レピスは命のユートピアを探しに出立した。
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茶褐色が出迎えた朝の大地。何時か旅をしたいと話した世界は、荒廃し見るも無残な光景が呆然と広がっていた。色彩豊かな絵本で眺めた姿形は何処にも無く、レピスの星の髪ばかりが異様に目立っていた。
『世界は色を失った。何百年と前の事さ』
純白の翼を翻した烏が鳴いた。
荒廃した世界で独りと一羽は目立った。少年と同一言語を語る烏は道すがら様々な声で謳った。
人工の流星群が降って来ただとか、人族は一部を除いて死滅しただとか、突然変異種があちらこちらで回遊してるだとか、命のユートピアは後の正面に在るだとか、勝手気儘に口笛を吹く。
「命のユートピアを探しているんだ」
『彼は知らないと言った。何故なら彼には祈り願う心が無いのだから』
鉄骨にぶら下がる蓑虫の様な多数の生物は一斉に蓑を揺らした。其れが否定の意であると烏は伝える。
レピスは歩を進める。空の色が何度移り変わろうとも、曇天に笑われようとも、足を止めない。
『今日はおやすみかい?良いさ偶にはそんな日があっても』
「寂しいんだ。体が半分欠けてしまったみたいに動かない」
『心に雨が降っているのだね。そんな時は雨宿りをしよう。雨が降っているなら正面も見えなかろう』
「怖いんだ。すっかり帰り道が解らなくて」
『旅の終わりには迎えが来るさ。手を引かれて歩けばあっという間に帰り道だ』
瓦解した建築物の隙間で屡々休息を取る。レピスの両足は腐敗した土と濁った瓦礫に毒され、爛れ出血した。脳がソレを痛みと認識しないのは心が苦痛を訴えているから。心臓を患った人間の様に、上衣の下の心臓を押さえて雨の止む日を待ち詫びる。
同じ場所に土竜に似た生物が鼻提灯を作っていた。烏は否定の意を通訳した。土竜も命のユートピアを知らないらしい。蝕む心は猜疑の心を産み落とした。
「祈り、願え、清らかな心で、汚れた肉体で。さすれば命のユートピアは応えよう。救いを求める者に慈悲を、幸を望む者に愛念を」
『但し、欲張ってはいけないよ。命のユートピアは有限。人智を超えた奇跡は奇跡故に存在出来るのだから』
祈りの様に言葉を連ねた。信心を忘れぬ為に、声に出して猜疑心を追い払う。微睡みの悪夢の様に逃げ場の無い感情を鮮血に紛れさせ志を改める。レピスはアスクの返事を聴く為に此処に居るのだ。此処から進むのだと。
地図に載らないユートピアは奇跡の泉。煤けた風も不思議な生物達も探す本人ですら知らないユートピア。辿り着いた者には一時の祝福が約束される。
「今日はあの高い塔に登ろう。見晴らしが良い、きっと命のユートピアを見付けられる」
『電波塔だね。その小さな体で登るのかい?無謀だ。傲慢だね。出来っこない。ほぉら今にも崩れて来るぞ』
「会いたいんだ。一秒でも早く帰りたいから前に進むんだ」
荒道と荒んだ世界にも慣れてきた頃合い、烏は眼前の建物を電波塔と云った。これほど高い建物を見たのは初めてだ。障害を乗り越えた先の景色に色彩が在ると信じて、レピスは登り始めた。
バサバサと耳元で煩い烏は知りっこない。アスクの笑顔を、柔らかな髪を、桃色の寝顔を。有限の命を抱えて、何時腐るかも分からないアスクに会いたくて、ゴツゴツとした突起物を掴んでは登ってを繰り返して、呼吸を整える。
『おお300m。この景色は初めましてだ。然し残念、更に上は崩れて無くなってしまった』
「揺れるばかりで何も無い。向こうの山の方が高いね。次は彼処に向かおう。っあ」
『どうやって降りるのかと思ったが、まさか真っ逆さまに落ちるとは。はてさて生きているだろうか』
ギリリと不気味な風が電波塔を揺らす。半透明な瞳には茶褐色の世界が地平線の先まで広がり、情報量の少なさにガッカリした。命のユートピアは未だ現れてくれない。帰り道である眼下に視線を送ったレピスは、自らの手汗を滑らせ真っ逆さまに落ちていった。
悲鳴すら間に合わない速度で投げ出された肉体は不格好に手を伸ばしていた。其の手で一体何を掴もうと言うのだろう。
『おはよう』
「体が痛いや」
『だから忠告したのだ。落下したのが緩衝材の上で命拾いしたね。それにしても一ヶ月はねぼすけにも程がある』
場の景観に不釣り合いな大量の緩衝材の上で、レピスは一ヶ月間眠りこけていた。一ヶ月経っても全身打撲の肉体は再生せず、余計な痛みを背負って旅を再開した。
烏にお礼を言っても受け取ってくれなかったが心は清らかに、晴れ晴れとしていた。予定外に伸びた旅路を早足に駆け抜ける。向かいの山まで後、どのくらいか。
「どうして付いてくるの?」
『旅烏にもそれなりの目的があるのさ』
鯔の詰まり語る気は無いのだと澄ました声で告げられ、レピスは白羽を追い掛けるのを辞めた。獣道を進む傍ら、口寂しい自分にとっての良い話し相手になってほしかったが、旅烏は時偶に詰まらない。
『日が暮れた。今日の冒険は終いにしよう。サァサァ、寝た寝た』
「まだもう少し先に進みたいんだ」
『いけない思考回路だ。人の原動力は確かに"コレ"がしたい"アレ"がしたいと言った欲求だが、運動エネルギーは欲求では賄えない。体力の限界を超えた先に待っているのは希望ではない、と知るべきだ』
幼子を咎める保護者の様に口煩く道徳的な旅烏に諭され、レピスはようやっと切り株に腰を下ろした。そうして体の披疲労と不調に気付き、眠りに付いた。
暁光の合間に旅した夢の中でレピスはアスクの手を握り、微笑みを抱いて、何処までも歩き続ける、好都合な世界線。せめてアスクは其処に居てほしいと思いながらレピスは目を覚ました。
『おはよう。眠気も吹き飛ぶビックなサプライズ!気分はどうだい?』
「彼等は何て言ってるの?」
『質問に質問で返すとは少々生き急いでいるね。自らの感情を整頓する為にも、感情を曝け出した方が良い事もある』
真昼の陽光は乱反射しレピスの視界を二転三転させる。眼前に映る生物は様々な色相の蛇、取り囲まれて逃げ場もない。まるで蛇使いの様だと呑気に考えていられるのは旅烏が危険で無いと証明していたから。
『彼等は大層懐いた様子だ微笑ましい。妬けそうだ。近道を教えると言っている』
其れから丸三日、レピスは山並みを駆け巡った。レピスの足が遅いのか、近道が近道でないのか、そもそも山の規模が大きいのか、正解の出ぬ自問自答を繰り返し水の瞳を擦る。
蛇と烏が吸い込まれた夜、見上げた世界は月と星の夜会が開催されていた。区切られた箱庭とは違い、此処は自由で壮大で、レピスの幼い脳では感動を言語化出来なんだ。
「この光景をアスクにも見せてあげたかった…旅烏はこれを何て呼ぶの?」
『ああ流星群だ。旅烏は流星群に感動する心をすっかり忘れていたようだ。こんな世界は当に天と地ほどの差と呼ぶに値する』
「暫くそっとして……」
『星を眺めるのも良いが人工の光は夜明けと共に役目を終えるものだ。目を凝らして見ると新たな発見がある事も有る』
「夜更しの光。命のユートピアの手掛かり!」
天満月が回る。天満星が回る。少年も畜生も廻る。大地は荒廃し生物を蝕むが命尽きる果てに映る天界の美しさときたら、レピスの堪えた水滴を煽るほどに。透明度の高い雫はくるくる回って腐面に弾けた。ぐずる音楽は旅烏の言葉で段々小さく弱くなっていった。
微かに視認出来る人工の光は地上に輝き、星月夜と対抗した。今は昔、夜更しをしようと決めたレピスとアスクは天井の光を灯した。人の形跡だ、命のユートピアの在処を彼等は、今度こそ彼等ならば存じているやもと気の早いレピスは山を下った。
信じていれば祈りは届き願いは叶う。信じてさえいれば―――。
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十日もあれば到着するだろうとの目測は誤り、人工の光が手の届く範囲になるまで倍近く掛かってしまった。然し星月の夜会と比べると人工光は見劣りしていると気付いてしまったのは少々勿体無い。
「まぁボロボロで…大変だったでしょう。中へお入り」
『彼は歓迎してる。案内してくれるようだ』
「判ってるよ?」
此処は生き残った人類の最後の砦。出迎えたのは白髪混じりの老父であった。初めて自分達以外の人間の姿を見て、声を聞き、会話した感想は気持ちの良いものでは無かった。不思議と後味の悪い食材を掴まされた様な感覚にレピスは警戒心を顕にした。
一方、旅烏はレピスの様子を咎める事もせず肩に乗っかったまま息を漏らした。
「君は何処から来て何処に行こうとしてる」
「助けたい人がいるんだ。その為に命のユートピアを探して此処まで来た。その子がもう一度目を覚ましてくれるのなら帰り道が分からなくても怖くない」
「砦村は命のユートピアを水源に生き長らえた。大切な生活の源だから、源泉に祈らせる訳にはいかない。だが追い返す事もしない。君は自由なままだ」
砦村は白を基調としたパステル調で塗り固められており、あの小さな箱庭を思い出す。少しばかり浮き立った心は老父の拒絶により再び最下層まで沈む羽目に。
命のユートピアは湧き水に噴水的装飾を施した貴重な聖域。何者かも分からぬボロ雑巾のようなレピスが踏み入る場所で無いと、そう言っているのだと解釈の余地がありレピスの吐気は益々上がってくる。
『何を悄気げている。折角、辿り着いたユートピアだ。もっと喜んだら良い』
「人が、こんなに沢山居るなんて思いもしなくて」
『ああ人に酔ってしまったのだね。無理も無い、人が人に酔う事もあるさ。誰も悪くない悪くない、お水を取ってこよう』
自由だと見放されたレピスは広場のベンチに腰掛ける。ベンチ下に咲いた花の香りが何処となく箱庭の花畑の香りにそっくりで、心が痛いとレピスに訴えた。
旅烏が振り落とした純白の羽もベンチの色と良く似ている。やるせない思いが募り積もり山となった時、人々の喧騒が遠退いた。羽を旋風に預け入れ、レピスは砦村の最奥へ侵入した。
『参った』
其れは運命の悪戯。一言呟いた旅烏はコップサイズのバケツを落としたのも知らぬ振りで、レピスを捜した。焦燥感に駆られた様子の旅烏は汚れた足跡すら目に入らず、祈りを込めて捜していた。
「泉が枯れてしまったのは天罰天命だ」
「我々は傲慢だが選ばれし新人類であると自負している」
「命のユートピアが尽きれば新人類は何を水源に生きていく」
そんな会話が聞こえた。背の高い男性共が建物の裏手で口論していた。レピスが通り過ぎたのにも気付けず何を焦っているやら。
彼等が過ぎた後、茜色に染まった体を動かしレピスは駆け回る。慎重に、隠れ鬼の様に。
「探したよ。―――命のユートピア」
『捜したよ。―――レピス』
砦村の奥の奥の最奥の、そのまた奥底に傾いた陽光を注がれる泉を発見した。御伽物語の挿絵の様だ。間違えようもない命のユートピア、が眼前に現れた。否。現れた、と表現するならば泉に対してでなくレピスに対して使用した方が正しい。然しながらレピスにとって見ては、現れたと綴る他無い。
旅烏に目もくれず真っ直ぐ向かうレピス。その行動理念は正しく"欲求"であった。
『レピス。おおレピス。どうか止まっておくれ。泉を覗いてはいけない』
「やっと見付けたんだ。それが有限でも、どんな代償を払っても、良いから、だからお願いだ、アスクを、どうか、どうか」
『そうだ。旅烏の目的を教えよう。白羽を差し出したって構わない。願いを、此方を向いて聞いてくれ。星の光を持つ生命よ……我が赦しはそうまでして拒絶するのか』
"祈り、願え、清らかな心で、汚れた肉体で。さすれば命のユートピアは応えよう。"
水面を覗き込んだレピスは自らの顔が歪んでいる理由も知らずに水面を揺らした。二段式の泉の内、受け皿となる二段目は既に枯れていたが最早何を感じろと言うのだ。
「お願いします。大切な人なんです。アスクを、助けてください!っあ」
夜の帳が降りる様に、茜色から藍色に移り変わる水面は次第に其の潤いを亡くし、遂には命のユートピアは途絶えた。真っ暗で無機質な造形には少年の姿は映らない。歪まない。揺らがない。
少年の心を反映したのは苦悩の眼を隠した旅烏だった。
『欲張ってはいけない。アレもコレもと願えば奇跡は奇跡でなくなってしまう』
「だったら誰が欲張ったの!?」
『此の世に生きる人類。自らの欲望に溺れ我欲を曝け、在る奇跡に縋る愚かしい人種……』
旅烏は何時如何なる時も言葉を紡ぐ。大粒の雫を溜める少年に向かって平静さを装い、澄ました口調で、正解であるかの様に見せ掛ける。
少年の心に近寄り通り過ぎて、泉を囲う飾りの上に乗り空虚を眺めた旅烏、話は一層物語調に取って代わる。
『命のユートピア。……幾千年前より、守人の一族によって慈しみ護られ、其の奇跡に溺れる事無く隠れ続けた。然し、青天井の発展を遂げた世界が相手では暴かれるのは時間の問題であった』
「その知識が物語が今更何の役に立つのさ」
『まっこと役に立たない。どころか、奇跡を悪夢に塗り替えてしまうかも知れない。続けよう』
かつて命のユートピアを守る一族が居た。彼等は命のユートピアが有限の奇跡と知り、祈りを捧げ共生していた。
発展した超情報社会で暴かれたのは人類の醜悪。命のユートピアを巡って、命も時間も大地すらも巡らせ、人工の流星群を降らせるまでになった。
愚者の行進が迫る中、一人の献身的な女性が命のユートピアを覗き込んだ。彼女は守人一族の娘であり、他者を思いやる慈悲深い性格だった。
女は云った。
「どうか」
『どうか、この子達だけでも助けてください』
妊婦は云った。
「我が」
『我が腹の子達だけは慈悲をお与えください』
母親は云った。
「如何なる」
『如何なる天罰をも甘んじて受け入れましょう』
命のユートピアに今も昔も降り込む、人の儚い水分。
「お願いします。どうか、どうか、この子達には。愛しい愛しい名も無き双児は、だってまだ自分の姿も愛の形も知らない……!」
『この子達の為ならば私は如何なる天罰をも受ける所存。畜生にだって堕ちましょう。この子達の一生分の苦痛を代わったって構わない。只々、この手で愛してると伝えたいのです』
軈て空泉に小さな満月が出来上がった。此の世界の成り立ちを語り終えた旅烏は、ホロホロと緩んだ眼で此方を見上げる。互いに言い出す事も無く、少年レピスも旅烏を一瞥し空泉の満月に視線を移動させた。
儚くも愛ある命のユートピアに点々と星が散る。不格好に不器用に上空から落ちゆく水の星。
「っあ、え?」
『痛みは無い。時期に世界は色を失う』
空泉に命の水が流れ散らす時、レピスの体に異変が生じた。至るところから発生した瘴気はレピスを闇の中へ引きずり込み、蓋をする。爪が伸び、牙が生え、ギザギザの翼が旅烏の白を黒く染め上げる。
発生した地異に何事かと慌てふためく砦村の、寄せ集めた人類は最後の晩餐を食した。そうして降ってきた夜の闇に喰らい尽くされ有限の命を手放した。
尚も闇を増長させる愛の痛みは、人工の流星群を降らした。星の涙は砦村を、茶褐色の大地に降り注ぐ。雄叫びか慟哭か、命の声を発した物の怪の様な生物は、
《会いたかった。レピス》
《――っアスク、アスク!》
不意の純白に叫声を止めた。月と星の分だけ蘇った奇跡は、今目の前に。
《夢を見ていたんだ。レピスが連れ出してくれる夢を。伝えられなかった事を伝えたくて、会いに来たんだ》
《伝えられなかった事?》
《命のユートピアと繋がる私達だけど、探しても良いと思うんだ》
《何を?》
《永遠のユートピア》
肥大化した欲求は取り払われ、レピスは等身大の真っ暗闇となった。まるで悪魔の様だ。
一方、アスクは生気を失い、人工物と遜色無い肌質へと様相を変えた。まるで天使の様だ。
《でも、何処にも無かった。世界を巡っても何も無かった》
《在るよ。二人一緒なら在るよ。黒くても白くても探しに行けるよ二人なら》
《本当は二人で旅がしたかった。見せたい景色が沢山あったんだ》
地上を離れ、遥か彼方の上の空へ。漆黒の翼と純白の翼が重なり混じり合い、一つになっていく。
二人は何時も何をするにも一緒だった。まるで最初から一つだったみたいに、繋がっていた。蛇尾は絡まり有限の世界は色を失う。
―――ありがとう。と聞こえた気がした。
―――ごめんなさい。と重なって聞こえた。
祈りでも願いでも無い、生きた証の子守唄。其れは流離う愛の源泉。永遠のユートピアを探す旅は、今宵の月の上で。
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