第9話
「ねぇユナ、最近ちょっと変じゃない?」
ソルの練習仲間であるジンフンが、私にこっそり言った。
「変?」と聞き返すと、彼は少し困ったように笑った。
「うまく言えないけど……無理してるっていうか。張り詰めてる感じ。練習も前より増やしてるみたいだし、夜遅くまで残ってて……」
胸がざわついた。
この時代のソルは、まだ小さな事務所で育成中の練習生にすぎない。
でも――“無理をする癖”は、すでに始まっていた。
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私はその夜、事務所のビルの前で彼を待った。
21時を過ぎた頃、やっとソルが扉から出てきた。
「ユナ? こんなとこで何して――」
「ちょっと、話したいことがあるの」
私は手を引いて、近くの公園まで彼を連れていった。
ソルは疲れた表情のまま、静かに私を見つめていた。
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「無理してない?」
「……してるよ。してるけど、それが普通だから」
「でも、それで壊れたら、意味ないでしょ?」
「何言ってるんだよ、ユナ。俺は、壊れてないよ」
彼の声が少しだけ震えていた。
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私は一歩近づいて言った。
「ソル、もし事務所を変えるって言ったら……どう思う?」
「え?」
「今の環境じゃダメだよ。小さな事務所で、サポートも薄い。身体も心も追い詰められる」
「でも俺、ここで頑張ってきたし……」
「だからこそ、もっと大きな可能性のある場所に行ってほしいの。もっと安全で、ちゃんと支えてくれるところへ」
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彼は黙った。
その沈黙が、私の胸を締め付けた。
「ソル、私はね……」
言いかけて、私は言葉を飲み込んだ。
“あなたは未来で死んじゃうの”――そんな言葉、言えるはずがなかった。
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「君、誰なんだろうね。時々そう思う」
ソルがぽつりと呟いた。
「俺のこと、全部わかってるみたいに話すから」
私は笑った。
「ただの、君の味方だよ」
それだけを言って、そっと彼の手を握った。