第5話
「芸能界って……どう思う?」
それは唐突な問いだった。
庭のベンチで二人きりになったとき、私はソルにそう尋ねた。
ソルは一瞬だけ驚いた顔をして、それから空を見上げた。
「どう、って……まだ何にもわからないけど。でも、俺……歌いたいんだ。踊りたいし、ステージに立ちたい」
その目は、まっすぐ夢を見つめていた。
変わらない。
2024年まで彼が突き進んできた道と、まったく同じ方向に向かっている。
けれど――その先に、あの結末がある。
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心がざわついた。
「……疲れたり、逃げたくなったりしない?」
「あるよ。しょっちゅう。練習、めちゃくちゃ厳しいし」
そう言って笑ったソルに、未来の記憶が重なる。
明るくて、優しくて、でも誰よりも脆い人。
「でも、俺の居場所はきっとここしかないから」
その一言が、胸に突き刺さる。
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私は知っている。
彼がこのまま行けば、デビューし、成功し、世界に知られるアイドルになる。
でも、その代償に、壊れてしまう。
ファンに愛されるほど、彼は自分をすり減らしていった。
誰にも言えず、SOSも出せず、やがてその光は消えてしまった――。
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「……それでも、進む?」
「うん。たとえしんどくても、ちゃんと立ちたい。誰かの前で」
誰かの前で。
まさに、私の前で。
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私の胸の中で、静かに決意が芽を出す。
この世界では、絶対に彼を一人にしない。
どんな手を使ってでも、彼を守ってみせる。
財閥の娘“ユナ”としての特権。
未来を知る“私”の記憶。
すべてを使って、彼の運命を書き換えてやる。
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夕暮れの光がソルの横顔を照らしていた。
それは、まだ届かない“遠い光”。
でもきっと、私が手を伸ばせば、いつか――。