第2話
意識ははっきりしているのに、体がまったく言うことをきかない。
視界はぼやけていて、焦点が合わない。
けれど、私は確かに“生まれ直した”のだと、直感でわかっていた。
耳元では誰かが優しく私の名前を呼ぶ。
「ユナ、お嬢さま。おきていらっしゃるのですか?」
母の声だ。おそらく。
けれどどこか“よそよそしさ”を感じるその響きに、私は不思議と距離を感じた。
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私は「ハン・ユナ」として生まれた。
それは2025年の世界には存在しなかった名前。
未来のどのゴシップにも出てこなかった、架空の少女。
だけど今――この小さな手、この柔らかな声、この名を呼ぶ温もりが確かに存在している。
私は、確かにここに生きている。
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生後数週間。目はようやく少し見えるようになってきた。
天井には高価なシャンデリア。揃えられた小さなドレス。
育児スタッフも何人もいて、財閥の娘として特別扱いされているのがよくわかる。
贅沢。それなのに、息苦しさもある。
“箱入り娘”――そんな言葉が頭をよぎるたび、未来の知識が脳裏に浮かぶ。
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眠りの中で、夢を見る。
ソルの笑顔。
舞台の上で輝く彼。
でもその笑顔の裏で、誰にも見せなかった孤独。
ネットの罵声。擦り切れた心。泣きそうな背中。
――また、見殺しにはしない。
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身体が自由に動く日が来たら、私はまず“ある行動”に出ようと思っていた。
ソルに近づく方法を探ること。
そして、彼がどんな環境に置かれていたのか、その真実を知ること。
赤ちゃんの今はまだ何もできない。
でも、私の中には未来がある。
この時代の誰も知らない“終わり”を、私は知っている。
それはきっと、最大の武器になる。
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ユナとしての人生は始まったばかり。
けれどその胸にはすでに、誰よりも強い決意があった。