第16話
スヒョンから正式な「業務提携」の申し出が届いたのは、ショーケースからわずか三日後だった。
テソングループのエンタメ部門と、私の立ち上げた〈SOLARE〉を包括的に結び、巨額の資本を注ぎ込む――条件には「両家の婚約を視野に」と、はっきり一行添えられていた。
執務室に広げられた契約草案を眺めながら、私は深い呼吸を繰り返す。
資金、人脈、宣伝力。どれを取っても魅力的だ。
ソルが海外へ飛び立つ足場としては、願ってもない後ろ盾。
だが、交換条件は“私自身”の未来。
ソルを守りたいはずの手が、思わぬ檻を組み上げてしまう危険がある。
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1 父の意向
「ビジネスとしては悪くない話だ」
父・ハン会長は書類に目を通しながら静かに言った。
「だが――お前はどうしたい?」
私は顔を上げる。
財閥の後継者としてではなく、一人の娘として父が私を見つめていた。
「ソルを守る力は欲しい。でも、その代わりに自分を売り渡す気はありません」
一瞬、父の口角がわずかに上がった気がした。
「ならば、交渉しろ。ハンファの名を背負う者として、望む未来の形を自分で決めてみせろ」
それが父からの挑戦状だった。
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2 ソルの本心
同じ夜、私はソルを呼び出した。
倉庫を改装した練習スタジオ。壁の向こうで新人たちが基礎練習のリズムを刻んでいる。
「テソングループとの提携の話、聞いたよ」
ソルの表情は硬い。
「もしそれで、ユナが窮屈な思いをするなら……俺は要らない」
「そんな簡単に言わないで」
私は歩み寄り、彼の両手を握った。
「あなたが世界へ羽ばたくチャンスを、私は逃したくない。でも、私自身も――あなたの隣に立つ未来を諦めたくないの」
ソルの瞳が揺れる。
「欲張りだよな、俺たち」
「うん。でも、その欲張りを叶えるために生きてるんだよ」
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3 レイラからの警告
深夜、デスクで契約書と睨み合っていると、スマートフォンが震えた。
――レイラからのメッセージ。
《スヒョンは“鍵”になる。ただし開くのは扉だけ、檻じゃない》
続けて別の文章が届く。
《契約の裏には、彼の個人的な思惑がある。君は読み切れる?》
私は眉をひそめる。
“個人的な思惑”――恋愛感情以上の何か。
テソンの内部事情まで探らなければ、正しい手札は切れない。
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4 決断
翌朝。
私はスヒョンに返信を送った。
〈面談の機会を設けましょう。条件は対等な立場で〉
即座に既読がつき、
〈楽しみにしている。君の駆け引き、見せてもらおう〉
という返事が返ってきた。
胸の奥で鼓動が早まる。
ソルの未来を守るため、私はビジネスと感情が入り混じるテーブルに座る。
だがどんなカードを切ろうとも、
私が賭けるのは、ソルと私の“自由”だ。