第11話
春が近づいてきたある日の午後、ソルのレッスン中に異変が起きた。
「……はぁ、ちょっと待って。息が……」
鏡の前で踊っていた彼が、突然胸を押さえた。
周囲の練習生たちが驚いて駆け寄る。
「おい、ソル! 大丈夫か?」
「だ、大丈夫。ちょっと目が回っただけ……」
だがその顔色は、青白く汗で濡れていた。
私はすぐに駆け寄った。
「無理しないで、病院に行こう」
「ユナ……俺、本当に大丈夫だから。ちょっと水飲んでくるだけ」
彼は笑ってごまかすが、私は見逃さなかった。
あれは、“倒れる直前”の兆候だ。
過去の映像で何度も見た、彼の最後のライブ直前の状態と、全く同じ。
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「このままじゃ、また繰り返す」
私は心の中でつぶやいた。
“ソルの死”は、未来の選択の結果だけじゃない。
彼自身の身体に潜む危うさも、運命の一部だった。
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夜、自宅の書斎で資料を広げながら考える。
彼の家族構成、出身地、遺伝病のリスク――
何もかも足りない。
この時代では、個人情報が簡単に手に入るわけじゃない。
「でも、調べなきゃ。知って守るには、まず知ること」
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その夜、初めて“レイラ”にメールを送った。
彼女は私に、あるアドレスを渡してくれていた。
《ソルについて、知っていることを教えて》
数分後、返信がきた。
《彼の家系には心疾患の既往歴がある。父親が突然死したのも、それが原因》
私は震えた。
《遺伝性の可能性が高い。でも、彼自身はまだ検査を受けていない》
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「ソル……」
私は唇を噛んだ。
彼を救うには、音楽の道だけじゃない。
“命”そのものに、私が踏み込まなければならない。
彼の人生を変えるには、もう一歩深く、近づく覚悟がいる。