第10話
「この資料を、お父様に見せてほしいの」
そう言って、私は秘書のミン室長に分厚いファイルを差し出した。
中には韓国の芸能事務所数社の経営分析、今後の成長予測、市場規模の推移、そして――“アドレイン・エンターテインメント”の弱点をまとめたレポート。
「これは……ユナお嬢様が?」
「はい。独自に調べました。いくつかの事務所には、非公式に接触もしています」
「なぜ、そこまで……?」
「芸能界の支配構造は、今のうちに押さえておくべきです。ハンファが仕掛けるべきタイミングは、今しかありません」
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それは全部、ソルのため。
だけど私は、父にも納得できる“ビジネス理由”を用意した。
父はこれに乗るはず。
そして、私の望む新しい事務所を“作らせる”ことができる。
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数日後、ミン室長から連絡が入った。
「お嬢様の提案に、会長が強い関心を示しています」
私は内心でガッツポーズをした。
「さらに、会長は“新規芸能ブランドを立ち上げるべきではないか”という話を役員会に持ちかけました」
思った通りだ。
ハンファの持つ資金と影響力があれば、小さな事務所を買収し、完全に新しいブランドとして再出発させることも可能。
そして――ソルを、その中心に据える。
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「君を守る場所を、私が作る」
そう心の中でつぶやく。
私は今、未来を知るだけの“ファン”ではない。
この世界に影響を与えられる、“権力者の娘”――ハン・ユナなんだ。
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「……最近のユナ、怖いくらい大人びてるね」
後日、ソルがぽつりとそう言った。
「俺のほうが2歳年上なのに、君のほうがよっぽどしっかりしてる」
「そう? 私はただ……」
“君を守りたいだけ”。
その言葉を飲み込んで、私は笑った。
「10年後、ソルはすごいスターになるの。そのとき、私は胸を張って隣にいたい」
ソルはきょとんとして、それから照れたように笑った。
「……そっか。なら、俺もその隣に立てるように頑張らなきゃな」
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彼はまだ知らない。
その未来は、ほんの少しの狂いで崩れてしまうほど脆いことを。
でも、私はもう迷わない。
“この世界のソル”は、私が守る。