第13話:試練の一日
第3章: 試練と社交界での再挑戦
5話: 試練の一日
◇
「お嬢様、本当にこれでよろしいのですか?」
侍女のエリザが、不安げな顔で尋ねてきた。淡い水色のドレスを身にまとった私をじっと見て、眉をひそめている。
「これが今の私にできる精一杯なのよ」
鏡越しに自分を見つめながら、私はなんとか笑みを作った。ソフィアからの招待状には「特別なドレスコード」についての記載は一切なかった。それでも、胸の奥にある嫌な予感は消えない。
(堂々としていれば、きっと何とかなるわ)
◇
ソフィア邸に到着すると、庭園には華やかに装った令嬢たちが集まり、優雅な談笑を楽しんでいた。噴水の音が響き、庭を彩る花々が一層その場を華やかにしている。
しかし――。
「……え?」
目に飛び込んできたのは、赤と金を基調としたドレスを身にまとった令嬢たちの姿。私は思わず自分の水色のドレスを見下ろした。次の瞬間、背中に冷たい汗が流れる。
(ドレスコード……そういうことだったのね)
息苦しさを感じる間もなく、ソフィアが柔らかな微笑みを浮かべながら近づいてきた。
「クラリッサ様、いらっしゃいませ。本日はお越しいただきありがとうございます」
彼女の真っ赤なドレスは、誰よりも目を引く華やかさ。私の装いを見た彼女の目が一瞬だけ光るのを見逃さなかった。
「本日は赤と金をテーマにしたドレスコードを設けていましたの。……お伝えし忘れてしまったかしら?」
「いいえ、そのようなご案内はございませんでしたわ」
できる限り冷静に返答したけれど、周囲から向けられる視線が突き刺さるように痛い。背後では令嬢たちがひそひそと囁き合い、私を値踏みするような目で見ている。
「まあ、それは私の落ち度ですわね。でも、水色もとてもお似合いですわよ、クラリッサ様」
ソフィアの声には、明らかな嘲笑が混じっていた。
◇
テーブルに着席すると、次はソフィアの「仕掛け」が待っていた。彼女は南方の特産とされる紅茶を優雅に注ぎ、私の前に差し出す。
「こちら、最近話題の紅茶ですの。特別な製法で作られていて……クラリッサ様もご存じかしら?」
「……いえ、詳しくは存じませんわ」
「まあ、それも仕方ありませんわね。この地方ではまだ珍しいものですから」
ソフィアは嬉しそうに笑いながら、紅茶の製造工程について語り始めた。横に座る令嬢たちも楽しげに相槌を打ち、その目には明らかな優越感が浮かんでいる。
話題は次々と変わり、植物学、最新の文学、さらには貴族の歴史まで。全てが、私を試すために仕組まれた罠だと分かった。それでも、何とか笑顔を保ちながら、できる限り答えようと努めた。
(こんな場面で逃げるわけにはいかない……)
◇
お茶会が終わり、ソフィアが勝ち誇ったような笑顔で私に近づいてきた。
「クラリッサ様、本日は本当にお越しいただきありがとうございました。またご一緒できますことを楽しみにしておりますわ」
その言葉に込められた皮肉が、心に突き刺さる。私は微笑みを浮かべたまま、軽く頭を下げた。
「こちらこそ、素敵なお時間をありがとうございました」
◇
馬車に乗り込み、帰路につくと、全身の力が抜けるのを感じた。そして、堰を切ったように涙が溢れ出す。
「どうして……どうしてこんなに上手くいかないの……」
押し殺した声が静かな馬車の中に響く。ドレスコードを知らされなかったこと、紅茶や話題での試し――全てが私を揺さぶるための罠だった。分かっていた。それなのに、何もできない自分が悔しくて、情けなくて仕方なかった。
「私……本当に変われるのかしら……?」
問いかけても答えは出ない。ソフィアの勝ち誇った笑顔と、令嬢たちの冷たい視線が胸を締め付ける。
「……疲れた」
呟くと、涙がさらに溢れる。窓越しに見える星空が、ぼんやりと滲んで見えた。
「でも……負けたくない」
震える声で呟きながら、私は涙を拭った。今日は泣いてもいい。でも、明日はまた前を向こう。何度だって立ち上がればいい。
馬車は静かに夜の街を走り抜ける。星空の下、私は再び誓いを立てた。