第12話:ソフィアの企み
「ソフィア様、舞踏会では本当に素敵でしたわ。それに比べて、あのクラリッサ様……注目を集めたいからって、ガーデニングの話なんて持ち出して。少し必死すぎると思いませんか?」
取り巻きの一人が紅茶を手に、楽しげに私に話しかける。その言葉に、私は穏やかに微笑んだ。
「ありがとうございます。でも、クラリッサ様も変わろうと努力されているのかもしれませんね」
紅茶のカップをそっと口元に運びながら、取り巻きたちの反応を伺う。私の言葉が本心ではないことを、彼女たちは薄々理解しているのだろう。けれど、私は「優しく完璧な令嬢」であり続ける。誰も私に異を唱えることはない。
「まあ、少しくらい変わったところで、王子様の気持ちはもうソフィア様に向いているのに」
「本当に。過去のあの振る舞いを忘れられる人なんていませんわ」
取り巻きたちが口々に同意する声を上げる。私はカップを静かに置き、優雅な笑みを浮かべたまま答えた。
「そうですわね。変わったように見えても、過去が急に消えるわけではありませんもの」
彼女たちは声をそろえて笑い出す。その笑い声を聞きながら、私は静かに考えを巡らせた。
(クラリッサ様が注目を集める? そんなこと、私が許すわけがないじゃありませんの)
舞踏会でのクラリッサの姿が頭をよぎる。以前の高慢な態度は消え、主催者夫人に褒められ、数人の令嬢たちが彼女に興味を持ち始めている。
(少し変わったように見せかけただけで、どうしてこんなにも周りが騒ぐのかしら)
私は完璧でなければならない。社交界で最も美しく、誰からも称賛される存在であり続けるために、努力を惜しまなかった。その地位が揺らぐ可能性を、私は見逃すことなどできない。
(変わったふりをしているだけだということを、皆に教えて差し上げましょう)
「皆さま、少しお力をお借りしてもよろしいかしら?」
私が柔らかく声をかけると、取り巻きたちは期待を込めた目で私を見つめる。
「クラリッサ様について、少し噂を広めていただけますか? もちろん無理のない範囲で結構ですわ」
「噂……ですか?」
「ええ。彼女が変わったように見えるのは表面だけだということを、皆さまに知っていただきたいのです」
私の言葉に、彼女たちは喜々として頷いた。噂をどう広めるか、次々に意見を出し合う姿を見て、私は満足げに微笑む。
紅茶を飲み終えた後、私は次のお茶会の計画を進めることにした。彼女を完全に失脚させるための舞台を用意する。
「次のお茶会には、クラリッサ様もお招きしようと思いますの」
取り巻きたちは一斉に顔を上げた。
「まあ、それは素敵ですわ! どんなお茶会にされるのですか?」
「少し趣向を凝らしたものにしようと思いますの。例えば……特別なドレスコードを設けるのはいかがかしら?」
「素敵なアイデアですわ!」
彼女たちはすぐに賛同の声を上げる。その様子に私は心の中でほくそ笑んだ。
(特別なドレスコードを守れない令嬢がどう見られるか、社交界の常識を知る者なら誰でも分かるでしょう)
さらに、彼女が簡単には答えられないような難しい話題も用意するつもりだ。その場で困惑する彼女の姿を、周囲に見せつけるために。
◇
最後に取り巻きたちが帰っていくと、私は静かに窓の外を見つめた。クラリッサにお茶会の招待状が届いた頃だろうか。
(あなたがどれほど努力しても、この社交界の本当の掟を超えられるわけがありませんわ)
グラスを持ち上げ、淡く揺れる中身を眺めながら、私は微笑んだ。
「楽しみですわね、クラリッサ様。次はどんな顔を見せてくださるのかしら」