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雉を撃つ

作者: 遠野なつめ

Z市にはいくつかの中学校があり、治安の悪さで知られている学区があった。


もちろん真面目な生徒もいるのだが、一部の生徒による非行が、学区全体のイメージを悪化させていた。体育館の裏にたばこの吸い殻が捨てられたり、窓ガラスが割られたり、他校の生徒との喧嘩沙汰が発生したりと、様々な問題が生じていた。


そんな中、非行のひとつとして「(きじ)撃ち」が広まっていた。

雉撃ちといっても、山に分け入って銃で雉を撃つわけではない。不良少年の中の隠語だったが、それを止めさせる側の教員も使うようになった。内容を直接的に口にするのがはばかられるうえ、外に広く知られてしまえば共同体の評判を損なうため、内輪だけに伝わる言葉を選んでいたのだ。


勇敢さの証明や度胸試し、社会への反抗を示すものとされ、教職員にとって頭の痛い問題であった。


少年Aは、雉撃ちを行った生徒のひとりである。

学業に真面目に取り組んでおり、美化委員として公園の清掃に参加するなど、目立った問題のない生徒であった。職員室に授業の質問をしに来たり、休み時間に塾のテキストを開いたりする姿がみられた。


非行には表立って関心を示さなかったが、交友関係の悩みや高校受験のストレスが引き金になり、中学3年生の夏に雉撃ちをした。始業式の前日、8月31日の夜のことだ。


雉撃ちは軽率に行われる例が多いが、彼は前もって計画を立てていた。

他者の目を引く場所を選びたいが、実行している最中に目撃されたり、邪魔が入ったりするのは好ましくない。雉撃ちを完遂するために、図書館の視聴覚コーナーでパソコンを使い、社会福祉協議会の広報誌のバックナンバーを閲覧して、警察や地域のボランティアが巡回するルートを調査した。


そのついでに、住民の安全を守るための取り組みをノートにまとめ、家に帰ってから模造紙に書き写した。夏休みが明けたら社会科の自由研究として提出するつもりだった。


いくつかの情報を集めて、夏休みの最終日に、通っている学校の門の前で行うことにした。


8月31日の夜。

塾で自習をすると嘘をついて家を出た。川べりにある学校の門を目指して歩いたが、学校の近くの公園で少年少女がたむろして喋っているのを見かけた。高校生の集団らしい。


少年Aは結局、彼らが去るまでの時間をつぶすため、歩いて数分の塾に入った。携帯は高校生からというのが家の決まりだったし、財布を家に置いてきたから、時間をつぶせる場所が塾しかなかったのだ。空いている席で自習をしたいと伝えると、塾の講師は少年の心がけを褒めた。


数学の問題を小一時間解いてから、塾を出て学校の門に足を運んだ。


静かな晩だった。近くに人影はなく、ところどころに街灯が白く照っていた。人のいない校舎は暗く、予想通りに門には鍵がかかっている。門の中には人がいないことを確かめて、前にある銅像の足元にしゃがみ込んだ。ここは街灯が当たらないうえ、朝になれば教師が立って見張り番をするのだ。雉を撃つには最適の場所だった。


黒いパーカーが暗闇に溶け込む。

靴ひもを結び直すと、その場で目を閉じて、腰のベルトに手をかけた。

少年Aは、夜に紛れて雉を撃つ。


夜が明けて、9月1日。

彼が登校すると、銅像の前で生活指導の教師が立ち番をしており、門を通る生徒を睨みつけていた。この目つきはいつものことで、彼だけを睨んでいるわけではない。昨夜の痕跡が全く残っていないことに気づいて、制服姿のAは、忘れ物を探すように足を止めた。


教師に「どうした」と問われて、大丈夫ですと答えて玄関に向かう。

始業式で訓示を聞きながら、なんで誰も気づかない、と口元を歪めていた。


その日も、次の日も。Aの行為は全く話題にならず、闇から闇に葬られた。始業式の朝早くに来た教師が形跡に気づき、生徒が来る前に黙って始末したことをAは知らない。犯人が誰であれ、表立って話題にすれば調子に乗るだけだ、と教師は判断したのだ。


Aは今までのように授業を受け、放課後には塾に通った。

秋には自由研究が優秀賞に選ばれて、全校生徒の前で賞状を手渡された。


雉撃ちの記憶は意識の底に沈んでいき、彼は中学校を卒業する。


────


Aは第一志望の高校に合格した。

この高校はZ市から離れていて、電車とバスを乗り継いで通うことになる。出身の中学校からここに進んだのは彼ひとりだった。周りの顔ぶれが入れ替わり、新しい生活にもしだいに馴染んで、高校2年になった頃。


昼休みに数人の友人と話をしていて、中学時代のことが話題になった。リレーでアンカーを務めたとか、合唱コンクールで指揮をしたとか、その種の自慢話がいくつか披露された。


Aが「夏休みの終わりに雉撃ちをした」と口にすると、友人が真剣な顔で、雉撃ちとはなにかと尋ねた。他の中学校から来た者は、その言葉を聞いたこともなかったのだ。その話題を出したことを悔やみつつ、外で排便することだと説明すると、友人のひとりが「汚いなあ」と呆れていた。


その瞬間、少年Aは自分の過ちに気づいて目を覚ました。幸い、友人たちとの関係はその後も続いたが、Aにとってその記憶は、夜に布団の中で思い出してはのたうち回るものになったという。

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