状況の変化
人夫は唾をごくりと飲み込んでから質問に答えた。
「はい。その……現在、広い領域にわたって地盤が少しずつ揺れています」
「揺れるんだと? 崩壊しないように支える魔法が地盤の動きを防いでいるはずだぞ。効果が弱くなったのか?」
侯爵は坑道の天井を見上げた。
目には見えないが、かすかな魔力が坑道全体に流れていた。パメラの護衛が感知したその魔力だった。
それは坑道のさらなる崩壊を防ぎ、地盤を堅く強化する魔法。地盤の揺れなどは本来ならその魔法の力で予防されるはずだった。
人夫は困った顔で首を横に振った。
「魔法には引き続き魔力を供給しています。稼働に異常は見られませんでした。ですが魔法をくぐって動くように、少しですが地盤がぐらついているのが感じられました」
「範囲は?」
「崩壊した地点付近は少しずつですが揺れ続けています。そして……たまにの頻度なら、遠く離れた部分でも発生することを確認しました。最悪の場合、鉱山全体がまた崩壊するかと」
「いつからそんな現象が起きたのか?」
「発見したのはつい最近ですが、現象が発生したのは数時間前と推定されます。崩壊した地点付近は再崩壊の可能性が高いと見て作業員たちを撤収させたところでした」
侯爵は人夫の肩に手を当てて微笑んだ。
「よくやった。全員に知らせて鉱山の外に出るように伝え。しばらく鉱山を閉鎖して外部から魔法で綿密に検討した方がいいだろう」
侯爵はパメラの方へ走った。その一方で、パメラの前に到着する前に声を上げて叫んだ。
「急を要する事案ですので無礼を承知の上で急に申し上げます! 坑道が再び崩壊する可能性があります。早く立ち退きを――」
パメラと侯爵の視線の間。
侯爵が叫んでいた途中に小さな土ぼこりが落ちてその間を切った。
パメラと侯爵は同時に天井を見上げた。
そして……。
「殿下!!」
その後は多くのことが同時多発的に起こった。
アレクシスはパメラの肩を引き寄せた。天井が揺れ、石ころがぽたりと落ち、まるでそれが合図になったかのように巨大な亀裂と共に天井が崩れ始めた。
ガラガラと音を立てて降り注ぐ石の山があっという間に皆を飲み込んだ。
***
「殿下、大丈夫なのですか?」
「ええ。……はい」
何も見えない暗黒の中でアレクシスの声だけが聞こえた。パメラはそれに安堵しながら小さな声で答えた。
肌に触れる石の感触は床の他にはなかった。崩れた残骸が体を壊してはいないという意味だろう。しかし崩れながら坑道の魔道具が壊れたり隠れたりしたのか、光源が消えた。
でもパメラはしばらくまともに話せなかった。石ではない他の感触が全身から感じられ、それが何かをとっくに知っていたから。
パメラは手の中に明かりを作った。照明を作る簡単な魔法だった。
「……ッ」
ぼんやりとした明かりの下で現れたのは、パメラが感触を通じて確信した姿そのままだった。
「ありがとうございます。周辺が確認でき……」
アレクシスはパメラを振り返り、感謝の意を表して、……固まった。
視界を埋め尽くしたのはパメラの赤い頭頂部。よりによって頭頂部であるのはパメラが頭を下げているためだったが、こんなに近くにいるとは思わなかった。
やっとアレクシスは今の状態に気づいた。残骸が崩れる瞬間反射的にパメラを守るために彼女を引き寄せ、……今は片腕で彼女をぎゅっと抱きしめた状態だということを。
「も、申し訳ありません」
アレクシスは急いで離れようとしたが突然離れるとパメラが倒れるかもしれないと思い、彼女の肩をつかんで慎重に距離を広げた。
パメラは両足でしっかりと立っていたが、アレクシスと離れるとさらに頭を下げた。
「……ち」
小さな舌打ちが聞こえたが、アレクシスは慌ててその意味を考える暇がなかった。
「ま、まずは他の人と連絡してみます」
アレクシスはその困惑を和らげるために魔法を使った。護衛たちと事前に連結しておいて、いつでも連絡できるようにした通信魔法だった。
しかし連絡を取っていたアレクシスはすぐに眉をひそめた。
「どうしたんですの?」
「通信ができません。魔法の線が切れたようには見えませんが、邪魔があるようです」
「邪魔? 意図的なんですの?」
パメラも澄ました表情から一変し、真剣な顔となった。
彼女がここに来た根本的な目的は坑道崩壊を侯爵が何らかの目的で利用するのではないか調査するためだった。もし今の崩壊や通信遮断が故意に起きたのであれば、疑いが確信に変わるきっかけになるだろう。
アレクシスはそれを正しく理解しているので、パメラが誤解しないように慎重に言葉を選んだ。
「確言することはできません。通信遮断自体が本来の用途ではないはずです」
「どういう意味ですの?」
「坑道の地盤を支えるためにかかっていた魔法は固く支え安定化する魔法でした。性能は強力ですが、外部の干渉を遮断するために魔法の力を弾き飛ばす機能もあります。その機能の副作用で通信が遮られたのです」
「ふぅん」
パメラはあごに手を当てて物思いにふけった。
もしこの状況が意図されたのであれば、通信遮断まで考慮してそのような魔法を使ったのだろう。崩壊しないように支持するための魔法をかけておいたにもかかわらず突然崩壊が発生したことや、まだ魔法が維持され通信だけを遮断しているということは疑わしい。
だが魔法というものも結局完璧ではなく、事故を予防するための魔法がまともに作動しない場合も珍しいだがある。魔法そのものが不完全であることもあるし、術師の能力が十分ではないこともある。
少なくとも今結論を下せる事案ではない――パメラはそう判断して顔を上げた。
「まずは今どうするか考えてみましょう」
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