鉱山の入り口
「こちらです。要請されたので一応ご案内したのですが……本当に入場なさるのですか?」
「ええ。皇女として目に留めておくべきたという気もしますし、個人的にも見学したいんですわ」
パメラの話を聞いてアルニム侯爵は困惑したように眉を垂らしながら笑った。
パメラがアレクシスと数人の護衛を連れてきた場所は坑道が崩壊したという鉱山の前だった。
名目上は皇女として事故現場の状態および復旧作業状況を視察するという名分だった。諸侯の領地内の事に対して皇族が介入するのは一般的なことではないが、今度は皇女として勉強をしたいという名目で押し通した。
パメラは苦笑いした。
「申し訳ありません。私が訳もなく意地を張ったせいで仕事が多くなってしまいましたよね?」
いくら皇女の護衛があるとしても、侯爵領内でどこかに行くとすれば侯爵としても気を使わなければならない。まして坑道が崩壊した鉱山など危険な場所ならなおさら。
押し通した当事者に配慮も何もないかもしれないが、とにかくパメラとしてはそれなりに配慮した言葉だった。
アルニム侯爵は苦笑いをしながらも首を横に振った。
「いずれにせよ、私が直接鉱山の現状を視察する予定でした。せっかくですので予定を少し早めるくらいで終えられて良かったのです」
「ふふ、ありがとうございます」
パメラは無邪気なふりをして微笑みながら対応する一方、こっそりと魔法で周辺一帯を透視し状況を確認した。
パメラの同行はアレクシスと護衛騎士たち、そして護衛兵数人。場所が場所なので人数は少数に制限したが、その代わりに動員可能な最高の精鋭で構成した。
侯爵の護衛は二人。すでにパメラたちがいるため、追加人数をできるだけ制限した。皇女の頼もしい護衛がいるので信じて任せるという名目だった。
一方、鉱山内部の状況は――確かに崩壊自体は嘘ではなかった。
かなり巨大な規模の鉱山だったが、中間あたりから大きな領域にわたって坑道が崩れていた。それを修復するために瓦礫を取り除き、坑道を補強する作業が真っ最中だった。
パメラはその工事の規模に注目した。
総人数は三十人程度。崩壊した坑道の規模に比べるとかなり少数だった。しかし魔法と魔道具の力で崩れた残骸や坑道を補強する資材を効率的に運んでいた。その動作と速度は熟練者のものだった。
パメラは自分が見たことを映像の形でアレクシスに伝えた。同時に魔法で密かな思念通信を開いた。
[どうやら専門訓練された人材のようですわね?]
[自分の目でもそう見えます。この程度なら領民を募集する必要が全くないと思います。いいえ、それ以前に募集されたという領民のような人が全くいません。あの専門引力が領民を高効率に訓練させた結果なら話が違うと思いますが]
「パメラ第一皇女殿下。大丈夫なのですか?」
パメラが笑みを浮かべたままじっとしていることを不思議に思ったのだろうか。アルニム侯爵が声をかけた。
パメラは眉をひそめた。
「ごめんなさい、ちょっと緊張して」
「理解しています。できるだけ安全を期して工事していますが、坑道が崩れた危険地域というのは変わりませんからね」
アルニム侯爵は何の疑いもなく微笑んで対応した。
彼女たちは鉱山の入り口に向かった。入口自体は大丈夫だったが、中から外に運ばれた残骸や今後持ち込む復旧用資材が入口周辺に積まれていた。そして二人の人夫が内側の人々と疎通しながら作業をしており、工事を総括する監督官がいろいろな指示を下していた。
アルニム侯爵が監督官に近づくと、監督官が深く頭を下げた。
「いらっしゃいましたか」
「ご苦労だ。進捗は?」
「作業自体は順調です。ただし速度は少し遅いです。どうしても安全を最優先にしていますので」
監督官の表情は暗くはなかった。仕事のスピードが遅いと言いながらも、それは大したことではないと思っているようだった。
その理由は侯爵の返事にあった。
「焦って被害が出れば本末転倒だ。最初の崩壊の時、鉱夫の被害が出なかったのはただ運が良かったからだけだ。復旧が遅れるよりも、人夫の被害を予防することを優先しなさい」
監督官はすでに予想したかのように微笑んだ。侯爵のそのような対応に慣れているのだろう。
「肝に銘じます。ところで、先日お話しいただいた追加人員のことは……?」
「領民の中から志願者を募集して訓練中だ。坑道の崩壊という状況に対応するには不要な多数よりは有能な少数の方がいいだろう。訓練の結果、十分に現場に投入してもよさそうな者を選別して派遣する予定だ」
「ご賢明です」
パメラはあごに指を当ててやり取りを注意深く見守った。
つまり募集された領民はまだ訓練段階で、現場に投入されていないということだろう。そういうことなら現場の人数が少ないのも納得できる。
[訓練の結果、不適格と判断された領民は戻ってくるのでしょうか?]
アレクシスは思念通信で尋ねた。
パメラは少し考えて返信を送った。
[曖昧ですね。その部分は実際に訓練がある程度済んだ後になって分かるでしょう。ただ変な点がありますわ]
[途中で帰ってきた領民のことですか?]
パメラは微笑んだ。よく聞き取れる話し相手というのは本当に楽だ。
[ええ。街で聞いたところでは、坑道復旧工事のために募集された領民の中にはしばらく家族の元に戻ってきてから再派遣に行ったケースもありましたの。ところが彼らの証言は現場投入の経験談でした]
工事が大変だったとか、ケガをしそうになったのに現場の人たちの助けで無事だったとか。証言の種類は様々であったが、共通点はすでに現場に投入され工事業務に従事したということであった。
ところが、侯爵と監督官の話通りなら募集された人々はまだ現場に投入すらされていない。露骨な矛盾だった。
あまりにもあからさまで、パメラは眉をひそめた。
[私が先に坑道崩壊の話を切り出したのですから、街で噂を聞いたということは侯爵も気づいたのでしょう。それでもあえて明らかに見える矛盾を先に話しました。露骨すぎてかえって怪しいですわ]
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