情報と推測
もちろん具体的な物証は存在しない。心証というにも曖昧なほどの疑いに過ぎないだろう。
しかし人々の行跡がしばらく妙になることとハゴールの適性、そしてゲームでの歩みを考えると、つながりがあるという気がしきりにした。
そもそもハゴールは人を〝消耗〟するのではない。『精神操作』の魔法で洗脳し、自分の手足として使うだけ。疑いを避けるためにしばらく家族や知人のもとに送り、時間が経てばまた戻るように洗脳するのも容易なことだ。実際、そのような形で疑いを避けてきたというのがセイラの説明だった。
むしろ多くの人を操るハゴールにとって、一部の人員をしばらく離脱させることはただ面倒なだけの単純作業に過ぎないだろう。面倒くさささえ甘受すればできない理由がない。
パメラとアレクシスがそのことを考えている間に、客たちのやり取りの話題も変わり続けた。
誰かと誰かが付き合ってるとか、誰かが結婚をするとか、お店が最近調子悪いとか。そのような日常の悲喜がほとんどだったが、その間にも気になることが時々割り込んできた。
たとえば「他の領地への派遣募集がまた始まったそうだ」とか「侯爵様が新しい留学支援プログラムを発案されたみたいだね」といったものだった。
アレクシスは眉間にしわを寄せた。
「妙なほど外に出ることが多いです」
「そうですね。いざ領地内での教育や仕事のような政策はほとんど出てこないのに」
パメラは頬杖を突いてしばらく考えた。そうするうちにテーブルを指でトントンと叩いた。そこを起点に密かに魔力が広がり、音の流出を遮断する防音結界が展開された。
パメラは店員が来るかどうかを視線でチェックしながら話を続けた。
「領民は領地の財産そのものです。彼らの税金こそ領地を運営する基礎になり、領主には収入になりますから。そんな領民の生活の質を高める政策自体は不思議ではありません。ただ……そのため領民の流出には敏感な方です」
「支援を受けて外に出た領民がそのまま帰ってこない場合があります。いくら努力してもそれを完璧に封鎖することは不可能です。それでも内需政策が貧弱なのは確かにおかしいですね」
教育であれ仕事であれ、話で聞こえるのはすべて侯爵領の外に出ることだけ。それなりの内需政策も先の坑道復旧作業や特定場所への集合教育など、一般的な領民が詳しい情報を入手しにくいものばかりだった。
パメラは苦笑いした。
「わかってからまた聞くと不審なことだらけですわね」
「……流出した人員を侯爵の令息が洗脳して使っているという証拠はありません。それに侯爵領息が彼らを〝使用〟しているとしても、具体的にどのような分野でどのように利用するのかも明らかになっていないのです」
当然だが、セイラの前世の記憶を証拠にすることはできない。今のところ、糾弾どころかハゴールが本当に非難されるほどの行動をしているかどうかは不明だ。
しかしパメラはニッコリ笑った。
「まぁ、ヒントは得たから大丈夫でしょう。怪しい要素があるなら調査すればそれでいいですもの。その結果疑いが確信に変われば良いことですし、実際に何の問題もなかったらさらに良いことですの」
「取り調べを受ける側は不快に思うと思いますが」
「裏で密かにあれこれ工作をするのはこの界ではよくあることですの。基本素養と言ってもいいくらいでしょうね。代々の武人であるタルマン伯爵家はそれとは少し距離を置く方ですのでよく分からないようですわね」
実の息子ではない養子だとしても、アレクシスは物心がつく前からタルマン伯爵の息子として生きてきた。その上、彼自身が外部にあまり関心を持たない方なので、社交界や貴族界のあれこれには暗い方だった。
アレクシス自身もそれを自覚してはいるが、露骨に指摘されて渋い気持ちになった。
しかしパメラは気持ちよさそうに笑って防音結界を解除した。
「来たようですね」
パメラは視線を横に向けた。ちょうど店員が食べ物や飲み物を持ってきていた。
アレクシスはその量を見て呆気に取られた。
「今日の正式の食事はされないおつもりですか?」
「大丈夫ですわ。全部入るんですので!」
パメラは自信を持って言ったが、お菓子とケーキの量がとてもおやつのレベルではなかった。一応は紅茶も一緒に出たようだが、これではお茶にお菓子を添えるのではなくお菓子パーティーに口直しの紅茶を乗せた格好になる。
本来の計画通りならもうすぐ昼なのに――と思うアレクシスの前で、パメラはニコニコしながらお菓子を手に取った。
「美味しそうですね。食べてみましょう!」
やありというか。パメラは限界に達した。
「うぅっ……多すぎたんでしょうかしら」
「十回は警告したはずですが」
アレクシスは小さなため息をついた。
カフェで思う存分食べて飲んだ後、二人は食後の運動を兼ねて街を歩いていた。
アレクシスもパメラに流されてたくさん食べたせいでお腹がいっぱいだったが、顔が青くなったままお腹をつかんでいるパメラの傍で目立ちたくはなかった。そもそもパメラのせいでもあるし、ここではツンとした顔で少し怒らせてもいいだろう。
パメラは平然と見えるアレクシスを恨めしいという目で睨んだが、そもそも自業自得だったので何とも言えなかった。
「ふう……結構ですわ。美味しかったからいいことにしましょう」
「午後はどうなさるおつもりですか? 予定は特に決まっていないのですが」
「どうせ最初から特別な予定なしに出てきたのですから、もう少し歩き回ってみましょう。調査員たちもまだ仕事が終わっていないでしょうし。それに……」
パメラはニヤリと笑った。
茶目っ気のある、その一方でどこか少し冷たい表情。先ほどまでおやつで暴走した満腹感で苦しんでいた人というのが信じられないほどの豹変だった。
出る声も少し冷たかった。
「今ではありませんけれど、今日以降の予定は頭の中に立ててありますからね。今日は心置きなく楽しみましょう」
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